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「まさか、一樹がこてつ会長にこっちの世界に呼び戻されるとはね」
礼似は驚き、あきれながら席についた。
「そう、言わないでくれよ。俺だってばつが悪いんだ」一樹もそう言って視線を外す。
それはそうだろう。昔、礼似が命懸けで一樹の足を洗わせたのだから。本当なら、顔を合わせたくないはずだ。
「身内が会長のお世話になったって。妹さんの事?」一樹には失明した妹がいる筈だ。
「俺は他に身内はいない。妹が通っていた障害者施設が、こてつ組の会長に昔から世話になっている所なんだ。国や役所のトロい対応を待っていたら、ああいう施設はすぐに立ちいかなくなる。表向きは地元企業が協力している事になっているが、実際はその企業の名前で会長が支援しているのさ」
「通っていたって、妹さん、今は?」
「結婚して、点字の翻訳やってるよ。俺がいなかった頃に妹の面倒を見ていた担当者が、妹の失明するような病状に気付けなかった事を気にしていたんだ。で、失明後も何かと妹の世話を焼いていて、訓練施設も紹介してくれた。今の仕事に就く時も色々助けてくれた。それで結局そいつと一緒になったんだ」
「その訓練施設が、会長のお世話になっていたのね?」それでは断りにくかっただろう。
途中失明は精神的にも、日常生活的にも、かなりきついと聞く。施設での訓練が、妹の今の幸せの基盤となった事は間違いないだろう。事実上、一樹の身も空いた事だし会長に協力するのも自然の流れか。
「ま、個人的な事情説明はこれでいいだろう? 仕事の話に入りたいんだが」
一樹が会話の内容を切り替えた。
礼似はこれまでの経緯をかいつまんで説明した。麗愛会が吸収されてから組内部に、不満の噂が頻繁に流れていた事。真柴組の後継者が襲われた事。反会長派と呼ばれるグループが形成されつつある事。大谷という男が殺し屋を集めている事。西岡という男が反会長派グループに深く関わっていそうだという事。
「やっぱり大谷が反会長派の黒幕かなって思うんだけど」最後に礼似は自分の感想を添えた。
「ありえなくはないな。あせらずじっくりと、状況判断をしながら欲に任せないやり口はいかにも古株らしい。噂の利用のしかたも巧みだ。だが、真柴の後継者を狙ったところが腑に落ちない。組長ではなく、後継者を狙うあたりは腰を据えていて大谷のやり口に似ているが、プロを使わずにノコノコと命を取りに行くのは雑すぎる。大谷はプロの殺し屋を集めているんだろう?」
言われてみればその通り。大谷らしくもない効率の悪さだ。
「西岡が、そこは暴走したとか……」西岡ならやりかねない。根が単純で、功をあせりそうだ。
「それはない。西岡は所詮、旗振り役だ。西岡自身も麗愛会出身組が追い出せればいいくらいの気でいるんだろう。わざわざ真柴の後継者を狙うような、まどろっこしいやり方を単純な男がする訳がない。それより、最近幹部達の地位が軽く見られているらしいな」
「幹部の数が増えたり、麗愛会出身組からも幹部入りしたりしたからね。ありがたみが薄れて見えるみたい」
「その中でも特に目立たない人物がいないか?あまり特徴がない人物というか……」
特徴がない。そう言う人物はなかなか頭に浮かんでこない。礼似は記憶を手繰り寄せようとする。
「田中って奴はどうだ?」
少し間をおいて一樹が聞いてきた。だったら最初からそう聞いてくれればいいのに。
「礼似がすぐに思い浮かぶか試したんだ。田中はとっさに聞かれて本当に思い浮かばない地味な奴なんだな。田中はマークした方がいい。地味でも幹部になれるような奴は怖いぞ」