11
もう二十年ほど前に礼似は一樹と組んでいた。個人的にも付き合いがあった。
ただし、元、恋人と言うには状況が複雑すぎたし、ただの相棒というには深入りしすぎている。
会長の切羽詰まった事情も分かってはいるが、古い話とはいえ、こんなややこしい関係があった相手とこれから情報交換しなければならないのか。礼似は思わずため息が出た。
大谷はビルの地下の店へと入って行った。ハルオはそこに香を連れていく事をためらった。狭い店の中で香に勘づかれないようにするのはまず、無理だろう。
「こ、ここで、ま、待っててもらうしか、あ、ありませんね」
香も無理を言って付いて来ているのだから、同意した。
ハルオは大谷が間違いなく店の中に入ったのを確認してから、地下への階段を下りて行った。店の中に入った途端に男達に囲まれた。しまった。罠だ。
「香さん! 逃げろ!」戸を開いて大声で叫んだが
「遅いよ、礼似のおまけなら、捕まえた」香はすでに男二人がかりで腕を押さえられていた。
「勘違いしないでくれ。俺は別に会長に仇なす気はないんだ。ただ、どちらが上かよく見極めておきたいだけさ」
店の奥に香とハルオを座らせて、取り囲みながら大谷は言う。
「礼似がかぎまわったという翌日に、おまけで付いている娘によく似た背格好の娘が財布をスったんだ。怪しんで当然だろう? 心配するな。俺は会長が西岡に押されるとは思わんよ」
さすがにカンがいい。あの時点で香の見当がついていたのか。長年この世界にいるのは伊達ではないようだ。
「じゃあ、なんで私達を捕まえたりするのよ」香がかみつきそうな顔で聞く。
「そりゃあ、尾行されていい気分な訳はないだろう? ここは余計な事は聞かずに、おとなしく礼似のところへ帰ってもらうのが一番だ。その代わり、二度と俺のあとをつけてほしくはないがね」
どうやら、盗聴されていた事には気付いていないらしい。それともそういうふりをしているだけだろうか?
「そら、お客人のお帰りだ。見送ってやれ」
そう言われて二人の前に現れたのは関口だった。脅しだろうか?
二人は店の外に出されて、地上に出た。関口は後ろからついてくる。
「ハルオさん」香が小声で、こっそりナイフを渡してきた。
「さっき、スったの。私も持ってる。あいつが襲ってきたら、同時にこれで切りつけるのよ」
「む、無茶です。あ、相手はプロです」ハルオは目を丸くした。
「だから、襲われたらよ。こっちから仕掛ける訳じゃ……きゃあ!」
香の悲鳴とともに、ナイフが刀に跳ね上げられた。慌ててハルオもナイフを握る。
「お穣ちゃん。いたずらはやめときな」
関口が香に刀を向ける。思わずハルオは関口に向かって行った。
「わああああ!」
意味もなく叫びながら両手で握りしめたナイフを振り回す。関口もそのナイフを刀で受けとめた。
そのまま関口に突き飛ばされる。それを見て関口は刀を鞘におさめた。
「あんた達を斬るようには言われてねえよ。そんな持ちなれない物、振り回すだけ損だぜ。素人は手を出すな」
そう言って関口は背中を向けて去っていった。ハルオはナイフを握ったまま、がたがたと震えている。
「ねえ、ちょっと大丈夫?」
香に手伝われてようやくハルオは立ち上がったが、かなり足元がおぼつかなかった。
やっぱりね。こいつはこんなもんか。ちょっと買い被りすぎたかしら? でも、ちょっとほっとしたような。
香はハルオの情けない姿にがっかりしながら、度胸では自分が上であることを確認できてほっとするという、器用な感想をいっぺんに感じていた。