学校の怪談
気づいた者から、絵は完成していく。
美術室に、一枚の油絵が掲げられている。
青く暗い海と、それに溶け込む闇夜。月の光だけが、冷たく一点を射している。
その光に誘われるように、二十五匹の蝙蝠が、静かに、しかし狂おしく飛んでいく。
美しさの極みに、何かが潜んでいる。見る者の胸の奥に、言葉にならない恐れを残す絵だ。
作者は雨森零。戦前、この学校にいた美術教師である。彼の名は、校内に伝わる怪談と、常にセットで語られる。
「雨森先生は、二十五人の女生徒を使って作品を残した」
「その少女たちの顔が、肖像画として美術室に残されている」
よくある学校の怖い話だ。誰もが一度は耳にし、誰もが半ば笑い飛ばす。
だが美術室の壁には、ゴッホをはじめとする著名な画家たちの肖像ばかりが並んでいる。男の顔ばかりだ。怪談はそこで、破綻する。
作り話だと、誰もが思っていた。それが、一つの地震で崩れた。
ゴッホの肖像画が壁から落ちたとき、目の周辺の絵の具に細かな亀裂が走った。
剥がれ落ちた下から、覗いていたのは、男のものではない。少女の、澄んだ眼だった。
丁寧に、崩れた部分を払っていくと、下には完全な少女の顔が描かれていた。誰の手によるものか、判然としない。
だが、部屋のすべての肖像画の下に、同じように女生徒の顔が隠されていた。二十五人分。
その事実に気づいた瞬間、視線は自然と、高々と掲げられた蝙蝠の絵に吸い寄せられた。二十五匹。
近づいてよく見れば、それは絵の具だけで描かれたものではない。何かを貼り付けて、形作られていた。骨だ。
人の頭蓋骨を形作る骨の中に、蝶形骨というものがある。蝶のようでもあり、蝙蝠のようでもある、小さく複雑な骨だ。
月光に誘われて飛ぶあの蝙蝠たちは、女生徒たちの、それであった。調べるまでもなく、私は理解した。
そして同時に、口外してはならないことも――
この学校の怪談には、続きがある。
「その事実に気づいた者は、作品の一部となる」
私は今、美術室の奥で、静かに筆を執っている。
壁の肖像画の下地にあらわになった少女の顔が、数日前と違って見えた。
絵の具の欠けた縁が、いつのまにか滑らかに均されている。
だれも触れていないのに、色が戻っていく。
その瞬間、私は気づいた。
――だれかの手によって、修復が進んでいることを。
読んで頂き有り難う御座います。




