最高の席で、断罪を。
苦労をかけることになる。
だが、君の望みは必ず叶える。
あの人はそう言った。
だから、「ついてきてくれるか」なんて、聞かれるまでもなかった。
卒業パーティーで、王子は筆頭侯爵家の令嬢に婚約破棄を突きつけ、私を選ばれるおつもりらしい。
断罪劇を、私は特等席で味わえるらしかった。
†
「ルイーゼ・フォン・グライナー! 貴様との婚約を破棄する!」
学園のダンスホールは、豪華なシャンデリアで煌々と照らされていた。
フロアでは、昼に卒業証書を授与された先輩たちが、思い思いにドレスアップしてたむろっている。
そこに殿下の声は響き渡った。
ホールの中央近く。まさに大きなシャンデリアの下で殿下は婚約者様の名を呼びつけた。
断罪が始まったのだ。
私は殿下の斜め後ろに控えている。
本来はこのパーティーの主役になれるはずもない下級生だが、できるだけ清楚に見せた、それでいて胸のあたりを微妙に強調するようなシルエットのドレスをまとって。
その彩りは、しがない騎士の娘から男爵家の養女になった私などには、到底手の届かない光沢ある生地でできている。
殿下が叫ぶのに合わせて、あたかも驚いたかのように瞬きし、視線を彷徨わせてから不安げな表情を作った。
そんな私の様子が見えていたわけではないだろうが、王子はこちらを気遣うような台詞を挟む。
「案じるなロッテ、お前は俺が守るからな」
そして傲然と笑った。
「悪辣なルイーゼとは違ってな、ロッテはいつも俺の傍で、愛らしい笑顔で癒やしてくれる。俺の話には素直にじっと耳を傾け、頷くのだ。王者の妃にふさわしいのはどちらか、言うまでもないだろう!」
そう見えていたとしたら、私の演技もなかなかのものだ。
まあ、単に王子の目が節穴だった可能性も否定できないが。
「悪辣?」
婚約者、ルイーゼ様は手に持った扇をぱしりと閉じて小首を傾げた。
すかさず、王子が彼女に指を突きつける。
「ああ! 貴様は俺の婚約者であることを笠に着て、学園内で横暴に振る舞っていた! 取り巻きの令嬢たちを集めてロッテをいじめていたそうだな!」
それまで固唾をのんでいたパーティーの参加者たちが、そろり、とざわめいた。
そんな中、ルイーゼ様はあくまでも毅然と声を放つ。
「恐れながら殿下。わたくしが彼女をいじめていたという、その証拠はございますの?」
「証拠など、ふてぶてしい!」
王子は憤懣やるかたないといった風情で、被せるように彼女の発言を遮った。
「ロッテは教科書やせっかく仕上げた課題を破られ、靴や筆入れを盗まれ、果ては庭園の池に突き落とされて体調を崩しているのだぞ! いじめられていたのは明白ではないか!!」
体を張った甲斐がある。
しかし、ルイーゼ様は平然と反論した。
「ですから、それをどうしてわたくしの仕業だと?」
「この期に及んでしらを切る気か!? 俺が見つけた時ロッテは、びしょ濡れのまま貴様の名を告げたのだぞ!! この証言だけで十分ではないか」
確かに言った。
ルイーゼ様が……とつぶやき、あとはどうとでも取れるように、言い淀んで黙ったのだけれど。
「お話になりませんわ」
当然、彼女は鼻で笑う。
「仰るとおり、ロッテは、他の学生たちから遠巻きにされていました。けれど、それがご自身の振る舞いのせいだとはお考えになりませんの?」
「貴様、何を言うか!」
食って掛かる王子だが、侯爵令嬢はつらつらと続けた。
「一年前にロッテが入学して以来、顔が気に入ったのか何なのか存じませんが、休み時間ごとに教室に押しかけては話の相手を強要する。授業の準備も、クラスメイトとの交流もままならないはずですわ。さらに放課後は、拉致同然に馬車に押し込めて、街に繰り出しては遊興三昧。その間、生徒会の仕事は放りっぱなし。まあもっとも、そちらのほうは、いらっしゃっても引っ掻き回されるだけですのでむしろ助かりましたけれど」
そういえばルイーゼ様は生徒会副会長でもあった。その言葉にはなんとも言えない説得力がある。
周囲の生徒たちの顔をちらりと見ると、首をかしげている者もいるが、かなりの数がそうだそうだと頷いたり納得のいった顔をしていた。
風向きが変わってきたのだろうか。
「彼女が孤立し、その学園生活が厳しいものになったのは殿下、あなたのせいです。それだけではありません」
糾弾の言葉は止まらない。
「本来、わたくしに使用されるはずの王子妃予算を、ご自分の遊興費として着服しておいででしたわね。のみならず、それを財務局にとがめられ、使途を厳しく制限されてからは、街での支払いを渋るようになったと。飲食費は王子が食べに来たことが宣伝になるだろうなどと踏み倒し、衣服や装飾品のたぐいは際限ない、払う当てもないツケ」
「なっ……それをどこで……、いや、そのどこが悪い!!」
「残念ながら、悲痛な訴えが我が家に届くのですよ。グライナー侯爵家は、形式上殿下の後見でございますから」
「あいつら……告げ口などして恥ずかしいと思わんのか!?」
侯爵令嬢は肩をすくめた。
「殿下は基本的なことをご存じないようですので、老婆心ながらお教えして差し上げますが、食事を用意する者、針子や職人、品を販売する者は皆、生業としてそれを行っておりますのよ。文字通り、生きるための仕事です。……その支払いを拒否するということは、その者たちに死ねとおっしゃっているのと違いございません」
生徒たちは今や、それぞれに顔をしかめたり汚いものを見るような目で王子を見ている。
もはや私など、ただの空気だった。
「……横暴、でしたかしら? 下の者が逆らえないのをいいことに、おもちゃにしていたのはどなたでしょうか。あまつさえ婚約者に濡れ衣を着せ、王命である婚約を踏みにじって我欲を通そうとするとは。わたくし、全身が映るような、大きな鏡を献上すべきでしょうか」
「うるさい! 黙れ黙れ! 俺に逆らうなど……本性を現したな、とんでもない悪女だ!! 衛兵、この女を反逆罪でひっ捕らえろ!」
主演女優の嫣然とした笑みの前に、ついに相手は醜態をさらす。警備のために置かれていた兵たちに怒鳴り散らすが、誰一人として動く様子はなかった。
代わりに、疲れたような声が響いた。
「──もうよい」
広間の上座にある、壮麗な扉がゆっくりと開く。
国王陛下の入場だ。
その顔は、声のとおりにくたびれきっていた。
「ルイーゼ。かくなる上は、致し方あるまい。王子の婚約者の任を解こう」
王はまず、場の中央に立つ侯爵令嬢に声をかけた。彼女は美しい淑女礼で応える。
「仰せのままに」
この流れに、なぜか色めき立ったのは王子である。
「では父上! ロッテを妃に迎えてもよろしゅうございますね!」
そしてぴしゃりと叱責された。
「愚か者。迎えてなんとなる」
「え? それはもちろん、王妃に……」
「そなたは廃嫡じゃ」
「……は?」
いつものように、己に甘い父親がなあなあで収めてくれると、疑いもしなかったのだろう。
王子は中途半端な喜色を浮かべた顔のまま固まった。
「確かにそなたは、王太子の位に一番近い王子であった。グライナー侯爵家の後ろ盾あってのことだ」
そう、王者がどうのとほざいていたが、この王子、立太子すら迎えていなかったのである。
今に至っても何を言われているのか理解できていないようで、顔中に疑問符を浮かべて突っ立っている。
「侯爵家の顔に泥を投げつけおって、この上その力を頼みにするつもりか? 今やそなたは後ろ盾のない、悪評まみれの王子にしか過ぎぬと言うに」
王子はあっ、という顔になった。ようやく理解したのか、慌てて口走る。
「待ってください、悪評とは何のことですか!?」
「ルイーゼの話を何も聞いておらなんだか。ここまで救いようがないとは……。はあ、もうよい、そこな娘とどこへなりとも消えてしまえ」
「お断り申し上げます」
大仰にため息をついてこちらを指す男に、私は吐き捨てた。
勢いがつきすぎて、やや食い気味になってしまったことは否めない。
「このような、害悪ばかりで何の益ももたらさない人間、世に放っては要らぬ波乱のもとですわ。さっさと断種なさって、塔なりなんなりに幽閉されるのが、製造者の責任というものではないでしょうか」
王はあんぐりと口を開けた。
横の王子もそっくり丸写しにしたような顔をしている。
「ロ、ロッテ……? お前は私を愛していたのではなかったのか?」
「そんなこと、一度でも申し上げたことがありましたっけ?」
これでも言質には気をつけていたのだ。
王子のお粗末な頭では都合よく解釈されるだろうとは思ったが、周りには常に側近や使用人がいたので。
「……でも、いい機会ですから、はっきり申し上げておきますわね。わたくし、始終やにさがった、なよっちい男は好みじゃありませんの」
王子の目を見て言ってやると、相手はがんと、衝撃を受けたような顔をした。へなへなとその場に崩れ落ちる。
「特にそれが、人を平気でお前呼ばわりし、仕事もろくにできずに思いつきと欲望だけで周囲を振り回し、女の尻を追い回すことだけは一人前で」
この程度で悲壮な顔をされても困る。私には何も響かないし、腹が立つだけなので。
「その上、両親の仇であるともなれば」
王子は何のことか、心当たりもないようだったが、王は目を剥いた。
私の元の身分を思い出したのだろう。
嵐の日だった。
周囲が止めるのも聞かず、風の強くなる中、狩りを強行した王子がいたという。
捜索に駆り出された兵士たちと、指揮官である父は、崖崩れに巻き込まれ戻らなかった。
当の王子たちはぴんぴんして帰還したというのに。
王室からはろくな補償もなく、騎士爵家の我が家はもとより、兵士たちの遺族は瞬く間に苦境に立たされた。
母は心労で、父の後を追うようにして亡くなった。
悲しみと憤りで、動けなくなっていた私に手を差し伸べてくれたのが、ルイーゼ様とグライナー侯爵家だった。
婚約者のわがままが引き起こしたことを知り、何の責任もないのに駆けつけてくれた。
遅くなってすまなかったと謝って、頭まで下げてくれた。雲の上の人である侯爵様が。
侯爵家ゆかりの男爵家に養子の口を見つけ、教養をつけて良縁に恵まれるよう、学園への入学も世話してくださった。
天国の父母のためにも、前を向いて精一杯頑張ろう。
そう気持ちを切り替えた時、目の前に現れたのが、畜生王子だった。
「その場で、喉笛を食いちぎってやろうかと思いましたわ。でもそれでは、侯爵家の皆様にご迷惑がかかります。そう考えていたら、ルイーゼ様が、もっといい方法を教えてくださいましたの」
侯爵家としても、これ以上王子の尻を拭い続けたくはない。
だが、王に縁切りを持ちかけても、のらりくらりと躱されるだけ。
兵士が幾人も犠牲になっても、息子を庇うような王だ。
誰の目にも明らかな瑕疵が必要だった。
それも、そこから大きな亀裂を作って砕けるくらいの。
「いつも笑顔? 素直で愛らしい? そんなもの、父母の仇を討つためでしたら、いくらでもお見せできますわ」
私は床の上の男を全力でせせら笑う。
「王者の妃に不適格な娘で、申し訳ございません。……まあ、殿下ももう、王者への道は閉ざされておしまいのようですけれど。あら、私たち、お揃いですわね? ──吐き気がするわ」
歪んだ視界の外から、二本の腕が伸びてきて、私の体を強く抱きしめた。
「……ロッテ、もういいわ、もういいの。終わったのよ」
いつの間にかすぐ傍まで来ていたルイーゼ様だった。
私の頭を、ご自分の肩口に押し付ける。
私の着ているようなのとは比較にならない、高級なドレスの生地が濡れてしまった。
それで初めて、涙が流れていたことを知った。
†
王子は幽閉になった。
はからずも、小娘の進言が通ってしまった形になる。
その私はといえば、王の前であれだけの不敬をはたらいたのである。即刻首を刎ねられてもおかしくないと思っていたが、なぜかそうはならなかった。
代わりに、養家が男爵家からグライナー侯爵家に交代した。あまり前例のない大出世だが、王宮の混乱のどさくさに紛れて通したと当主様は笑っておられた。
全力で私を守ってくださる、との意思表示だと理解している。
王宮は混乱していた。
王は此度の一件で気落ちして引きこもりがちだという。
そんなもの、民が舐めた辛酸に比べたらなんだというのだろう。
……最高権力者による贔屓は是正されるとしても、次の王太子候補たちも一長一短で、貴族たちは腹を探り合いながら筆頭侯爵家の動向を気にしている、そんな状態だそうだ。
たとえば、婚約者のいない王子にグライナーの娘が縁づいたりしたら、一気に形勢が傾くのだろう。
それは養女の私であっても、だ。
しかし、この家の人たちはこう言う。
「いつまでも、好きなだけ家にいていいのよ」
「学園に通わなくたって、最高の教育が用意できるからね」
婚約者としての長年の務めを終えたルイーゼ様も、似たようなことを父君から言い渡されている。
今は新たな婚約のことなど気にせず、自由に過ごせばいいと。
「いいわね。わたくしももっと勉強して、女官吏でも目指そうかしら」
確かに、ルイーゼ様の才能は実務者向きだ。
準王族である公爵家を除けば、貴族の頂点であるグライナー侯爵家。
そこの総領娘が官吏となるなんて、なかなか愉快な未来に思えた。
「ロッテもいかが? あなた、監察官なんか向いていると思うの」
……両親のことを思って、まだ気がふさぐ日もある。
戦い続けたこの一年が抜けきらず、うまく寝付けない夜もあった。
だが。
今この時は。
「ええ、お義姉さま。お供しましょう」
私は演技ではない、心からの笑みを浮かべた。
烈女仇討伝って、いいですよね。




