第30話 勝ち方は、カードの外にあった ――おっさん、ルールの外で賭けに勝つ――
本戦《倫理層カジノ》、ダブルブラックジャック決着編。
ナツの存在抹消率が、じわじわ上がっていく。
ルステラの途切れたヒントで、俺は“ディーラーの不正”に気づく。
第30話 おじさん、勝ち方はカードじゃないことに気づいた件 ――あとだしジャンケンは許しません!
ギルド地下、医療区画。
白い棺みたいなダイブカプセルが、等間隔に並ぶ。
壁一面の大型モニターには、赤い警告と青いシステムログが交互に流れていた。
【ETHICS_LAYER_CASINO / DIRECT ACCESS】
【MODE:DOUBLE BLACKJACK】
【PAIR SYSTEM:ENABLED】
観客席は、ここだ。
俺たちはカプセルの中で賭ける。
みんなは画面越しに覗き込む。
覗かれている。
品定めされている。
そして――“削られている”。
画面の端に、赤い表示が点滅していた。
【SUPPORT ERASE PROBABILITY:42%】
その数字を見た瞬間、喉が乾いたような感覚があった――ダイブ中なのにだ。
ナツは脱落者だ。
なのに今は、補佐として俺に紐づいている。
負ければ、彼女の“存在”が消える可能性がある。
カケル・テンドーが、腕を組んだままモニターを睨む。
片手のコインが、指の間でひらりと舞う。
「……いいねぇ。数字で首を締めてくる。胴元らしい」
タニシが淡々と続ける。
「抹消率上昇。ベット量と敗北回数に比例でござる」
ムーニャンが猫耳を逆立てた。
「笑ってる場合じゃないにゃ! ナツが消えるにゃ!」
ミツキが端末を叩く。瞳だけが冷たい。
「観測度が上がっています。……“良いデータ”ほど、削減優先に」
イツキは、軽い口調のまま“ド正論”を投げた。
「負けなきゃいいじゃん。……って言いたいけど、相手が不正なら話は別」
そのとき。
カウンター奥でシーシャをふかしていたフー子が、細い煙を輪にして吐いた。
「ふぅ……。ほら、また“嫌な間”があるよ」
コハクが尻尾をぶんぶん振りながら、画面を指差す。
「ワン! あの女、絶対にズルしてるでござる! 顔がズルい!」
「顔は関係ないだろ」
カケルが肩をすくめた。
「いや、関係ある。ギャンブルの顔ってのはな、“勝つ顔”じゃねぇ。
“負ける瞬間を見たい顔”だ」
俺はカプセルの中で、手を握りしめた。
次のラウンド。
卓の向こうには、ジャクラ・ミコト。
柔らかい笑み。赤い唇。目が、笑っていない。
「さぁ、続けましょう?」
カードが回転し、落ちる。
俺の手札は――10と8。合計18。
ナツは7。
【MASTER:18】
【SUPPORT:7】
【PAIR SUM:25】
……ペア合計は、すでにアウト圏。
ここで焦って動けば、さらに削られる。
ジャクラのオープンカードは9。
笑みが深くなる。
「ヒット、なさいますか?」
モニター越し、観客が息を呑んだ。
ムーニャンが爪を握る。
「先輩……」
ナツの声が、カプセル越しに震えた。
俺はヒットした。
引いたカードは2。
合計20。
悪くない。
これなら勝てる。
……普通なら。
ジャクラは、わずかに“待った”。
0.3秒。
たったそれだけの“間”。
そして、ディーラーはカードをめくる。
12。
さらにヒット。
――9。
21。
負け。
画面の端の赤い数字が、音もなく跳ね上がる。
【SUPPORT ERASE PROBABILITY:48%】
ナツが、息を呑んだ。
俺の胸の奥が、冷えていく。
ジャクラは優しく言う。
「惜しい。……でも、賭けが足りませんねぇ?」
煽りが、肌にまとわりつく。
次のラウンド。
俺は17で止めた。
ディーラーは、ぴたりと20で止めた。
また負け。
【SUPPORT ERASE PROBABILITY:56%】
ムーニャンが叫ぶ。
「上がってるにゃ!!」
ミツキが短く呟く。
「削減閾値、加速……」
イツキが、目を細めた。
「……勝ち方が、毎回ちょうど良すぎる」
カケルは、コインを止めた。
「“後出し”の匂いがするな」
その言葉が、胸に刺さる。
でも、証拠がない。
次。
俺が20を作る。
ディーラー21。
俺が19で止める。
ディーラー20。
俺が21を狙う気配を見せる。
ディーラーも21。
勝てない。
勝たせてもらえない。
【SUPPORT ERASE PROBABILITY:63%】
ナツの指先が、ほんの少し透けた。
ノイズが走る。
彼女は笑おうとして、失敗した。
「だ、大丈夫です。先輩……まだ……」
俺は、歯を食いしばった。
焦るな。焦ったら負ける。
でも焦る。
数字が、彼女を削っていく。
そのとき、耳の奥にノイズ混じりの声が割り込んだ。
『……プレイヤー……サイシュウ値……カクテイ後……』
ルステラ。
途切れ途切れだ。いつもの冷静さがない。
『……ヒョウジ値……カクテイト同義……』
『……ディーラー側……サイエンザン……』
ぷつり、と切れた。
俺の思考が、そこで止まった。
「……表示値が、確定?」
ジャクラが首を傾げる。
「どうしました? 考え事ですか?」
その笑みが、いやらしい。
まるで“気づけ”と言っているみたいに。
タニシが言った。
「応答遅延、確認。0.4秒。
ディーラー側に演算負荷がある可能性」
イツキが続ける。
「ねぇこれ、ディーラーってさ――
こっちの最終値を見てから“勝つ手”に調整してない?」
ムーニャンが息を呑む。
「……後出しにゃ?」
カケルが、低く笑った。
「ギャンブルで一番ムカつくやつだな」
俺は、胸の奥から言葉を引きずり出した。
「……あとだしじゃんけんじゃねえか」
医療区画が、一瞬静まり返った。
モニター越しの観客まで、息を止めたのが分かった。
ジャクラは微笑んだまま、否定しない。
「倫理層では、“最適応答”と呼びます。
人間が最も“揺らぐ”瞬間を観測するために」
フー子が煙を吐き、ぽつり。
「……嫌だねぇ。勝負じゃなくて、観察だ」
コハクが唸る。
「卑怯でござる! 忍者でも、もう少し手加減するでござる!」
【SUPPORT ERASE PROBABILITY:68%】
ナツの輪郭が、また薄くなった。
俺の焦りが、限界を叩く。
ここで勝て。
勝たないと、ナツが消える。
でも、普通にやっても無理だ。
最終値を見られた瞬間、向こうが勝つ。
――なら。
最終値を、見せなければいい。
ルステラの言葉が繋がった。
(表示値が確定と同義)
(確定後に再演算)
つまり。
表示しなければ、確定しない。
俺は深く息を吸う。
そして、宣言した。
「ダブルダウン」
ナツが目を見開く。
「先輩!?」
カードを引く。
――伏せた。
開かない。
ジャクラの笑みが、ほんの一瞬だけ“止まった”。
「……確定させないのですか?」
俺は低く言う。
「確定してねぇんだろ?
お前は俺の“確定値”を見てから、勝てる札に変えてる」
ムーニャンが叫ぶ。
「先輩、気づいたにゃ!!」
タニシが続ける。
「表示がない=未確定。
ディーラー最適応答、対象不明でござる」
イツキが、笑った。
「詰ませに行ってる」
ミツキは静かに頷く。
「……先輩、勝てます」
【SUPPORT ERASE PROBABILITY:79%】
ナツの腕が、ほぼ半透明になった。
彼女は震えながらも、笑った。
「……先輩、信じます」
胸が痛い。
時間がない。
ジャクラが、甘い声で煽る。
「確定しなければ、勝敗も確定しませんよ?
このままなら――補佐のログは、削減優先に」
その言葉で、腹の底が決まった。
俺は、全チップを中央へ置いた。
「ベット変更」
観客がどよめく。
カケルが、ニヤリとする。
「さぁ来た。ここがギャンブルだ」
俺は言った。
「俺は――“ディーラーが先に開く”に賭ける」
一瞬、空気が凍った。
ジャクラの目が、揺れた。
初めて、感情が滲む。
「……それは、規定外です」
「規定違反か?」
沈黙。
倫理層は“宣言”をルール化する。
ここは試験場だ。穴も、仕様だ。
【BET ACCEPTED】
モニター越し、フー子が小さく笑った。
「……おじさん、やるねぇ」
コハクが尻尾を振る。
「ご主人様ぁぁ! かっこいいでござる!」
ムーニャンが涙目で拳を握る。
「勝て……勝つにゃ……!」
ジャクラは、笑おうとして、失敗した。
そして――カードを開いた。
20。
その瞬間、ディーラー側の数値が固定される。
タニシ。
「確定ログ、固定。再演算不可」
イツキ。
「はい詰み」
俺は、ゆっくり伏せ札を開いた。
――3。
合計21。
【RESULT:CLEAR】
【SUPPORT ERASE PROBABILITY:0%】
ナツの輪郭が、戻った。
ノイズが消える。
呼吸が整う。
医療区画の観客席で、歓声が爆発した。
ムーニャンが泣きながら吠える。
「やったにゃあああ!」
コハクが跳ねる。
「勝ったでござる! 泥船じゃなかったでござる!」
フー子は煙を吐き、目を細めた。
「……“守りたいもの”があると、人は賭け方が変わる」
ジャクラは、黙っていた。
笑みが、完全に崩れている。
ほんの一瞬――試験官の目になった。
「……あなたは“表示”を疑った」
俺は短く言う。
「勝てない勝負を、勝てる勝負に戻しただけだ」
耳の奥で、ルステラが小さく囁く。
『……ケンショウ……完了』
俺は息を吐き、言葉を落とした。
『救出未完了……まだ、途中だ』
ジャクラの視線の奥で、影がわずかに歪んだ。
どこかで、ロキが低く笑った気がした。
そして、画面には次の表示が滲む。
【NEXT:ETHICS_LAYER_CASINO / PHASE-2】
終わってない。
――まだ、途中だ。
第30話までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は
【RESULT:CLEAR】
そしてナツの実体復元という、大きな転換点の回でした。
勝利はしましたが、物語としてはまだ“途中”です。
ここから管理側の動きも変わっていきます。
■今回の登場キャラクター
マスター(NO NAME)
ギルド酒場るすとのマスター。
今回も静かに盤面をひっくり返す側。
ナツ
前衛系冒険者。体育会系の健康担当。
削減候補からの実体復元という前例のない現象を起こした存在。
ジャクラ
管理側寄りの対戦者。
理屈と確率を信じる男。今回はその前提を崩された。
第1章終盤です。これからさらに盛り上がっていきます。次回もよろしく!




