第29話 ダブルブラックジャック 世界ごと賭けてきた ――おっさん、話が違うにもほどがある――
本戦、開幕。なお今回は「命」を張るゲームです。
笑えない賭けが、始まります。脱落したナツが補佐としてまたパートナーに。
第29話 おじさん、ダブルブラックジャックって聞いてたんだが。 ―ディーラーが世界ごと賭けてきた件
ギルド地下、医療区画。
白い棺みたいなダイブカプセルが、等間隔に並んでいた。
壁一面の大型モニターには、赤い警告と青いシステムログが交互に流れている。
【ETHICS_LAYER_CASINO / DIRECT ACCESS】
【MODE:DOUBLE BLACKJACK】
【PAIR SYSTEM:ENABLED】
観客は、ここで“画面越し”に観戦する。
現地に席はない。
倫理層のカジノは、覗かれている。覗き込まれている。
ムーニャンが、猫耳をピクリと動かして腕を組んだ。
「……にゃ。あそこは、笑いながら削る場所にゃ」
ミツキが、端末を叩く。視線だけが冷たい。
「観測度が上がっています。
削減処理の閾値、本戦仕様」
そこへ、遅れて入ってくる男がいた。
浅くかぶったドクロ付きキャプテン帽。
赤ら顔、無精ひげ。首にはメカゴーグル。
ボロボロのツギハギだらけのトレンチコートが、歩くたびに布鳴りを立てる。
カケル・テンドー。
片手でサイコロを転がし、もう片手で特別なコインを指の間で弾いた。
「――賭け事の匂いがした。そんで来た」
ムーニャンが警戒した目を向ける。
「……うさんくさいにゃ」
カケルは笑って、モニターの赤文字を見上げた。
「うさんくさくないギャンブルなんて、ただの遊びだろ?」
タニシが淡々と告げる。
「本戦。オンラインカジノ侵入。補佐抹消率二十七%でござる。」
カケルはコインを止め、低く言った。
「……へぇ。胴元が“命”をチップにしたか。
いいねぇ。これ、普通にやったら誰か死ぬ」
カプセルの前で、ナツが姿勢を正した。
彼女は予選で――すでに脱落している。
なのに、ここにいる。
「先輩。補佐でいいなら、私、やります」
周囲がざわつく。
“脱落者が、本戦へ?”
常識的にはありえない。だが――この世界は、常識をゲームで上書きしてくる。
ロキが、マイクを唇に寄せた。
おネェ口調、軽い。けれど、次の瞬間、声が一段落ちる。
「補佐ペアとしての参加は可能。――ただし」
モニターに赤字。
【SUPPORT ERASE PROBABILITY:27%】
ムーニャンが低くうなる。
「存在抹消……」
ロキは笑ったまま、目だけ笑っていない。
「負けたら、補佐の“存在”ごと削れる可能性があるの。
脱落者はね、守りが薄い。ログが軽いから」
カケルがサイコロを掌に落とした。
「ロキ。お前、説明が雑だ。ここは大事だろ」
ロキが笑う。
「なぁに? カケルちゃんも観戦したいの?」
カケルはモニターを指で叩く。
「“脱落者補佐”は、言い換えると――
存在を担保にしたサイドベットだ」
ムーニャンが耳を立てる。
「サイド……べっと?」
「そう。勝負の外側で、もう一個ゲームが走ってる。
マスターが負けたら――ナツの“存在”そのものが清算される」
カケルはコインをひっくり返し、ニヤリとした。
「ギャンブルはな、胴元が二重三重に取れるように作る。
今回は――そういう台だ」
ナツはそのやりとりを聞いても、即答した。
「覚悟はできてます」
マスターは、何も言わずカプセルへ横たわる。
胸の奥に、嫌な感覚が沈む。
“勝つ”と“守る”が、最初から衝突している。
ダイブマシンの透明な蓋が閉まる。
【DIVE START】
白い光。
耳の奥で、コインが転がるみたいな音がした。
視界がひっくり返る。
巨大な円形テーブル。
観客席はない。
天井には無数のレンズ。まるで目玉の群れが、こちらを品定めしている。
外部モニター越しに、観客は覗く。
つまりここは――“見世物”だ。
ディーラー席に、少女が座っていた。
黒髪。赤い唇。甘い笑み。
彼女は静かに一礼する。
「ようこそ、倫理層オンラインカジノへ」
指先が宙をなぞる。
黒いカードが、空中で整列し、ゆっくり回転した。
「本日のディーラーを務めます――」
視線が、マスターを射抜く。
「ジャクラ・ミコトと申します」
声は柔らかい。
だが、その奥に、底のない暗さが潜む。
名前の響きだけで、背中が粟立つ。
外部モニター側、ムーニャンが眉を顰めた。
「……ミコト? いやな名前にゃ」
タニシの指が止まる。
「識別ログ不一致。
別レイヤー波形、検出」
ロキが、くるくるとマイクを回した。
「偶然よ、偶然。名前なんてただのラベル」
ジャクラは、にこりと笑う。
「本戦種目は――ダブルブラックジャック」
空間に、三つの数値枠が浮かぶ。
①プレイヤー個人得点
②補佐得点
③ペア合計得点
「あなた方は二人一組。
それぞれがカードを引き、二十一を目指します。
ヒット、スタンド、ダブルダウン可」
白いチップが、卓上に出現した。
雪のように白い。なのに、重い。
「ただし――」
ジャクラがチップを一枚、指先で弾く。
かすかな声。
――たすけて
外部モニター側が凍る。
ナツの呼吸が一瞬止まった。
ジャクラは、言い換えない。
“人間”とは言わない。
淡々と、仕組みだけを告げる。
「ベットに使用されるのは、低優先度観測意識ログ。削減対象です」
彼女は身を乗り出す。
笑みが深くなる。
「あなたがBET(賭け)れば、補佐も同じ運命を辿ります」
ナツのHUDに赤い表示。
【SUPPORT LINK ACTIVE】
【SUPPORT ERASE PROBABILITY:27%】
ジャクラの声が、熱を帯びた。
「さぁ……もっとBETに酔いしれましょう?」
外部モニター側。
カケルが、思わず小さく拍手した。
「いいねぇ。台詞が最高だ。
ああいうディーラーは、“負ける瞬間”を見たい」
ムーニャンが睨む。
「性格悪いにゃ」
「褒め言葉だ。
でも――」
カケルは笑みを消す。
「この“ジャクラ・ミコト”。
笑ってるのに、目が見てない。
人間に興味がない目だ。
……いや、人間を“札”としてしか見てない目だ」
イツキが続ける。
「識別ログ不一致。別レイヤー波形」
カケルはコインを指で弾き、落ちる音を聞いた。
「……ロキの匂いがする。
こういう時は、胴元の“裏口座”がある」
オンラインカジノ側――
カードがゆっくり回転する。
「命を張る瞬間こそ、あなた方が最も“人間らしい”時間なのですから」とジャクラが言う。
ロキが外で拍手する。
「そうそう、それよぉ!」
ムーニャンが歯を噛みしめる。
「狂ってるにゃ……」
イツキは短く言った。
「娯楽化された削減」。
マスターの対面に立つ男が、肩をすくめた。
やせた頬。目の下の影。笑う癖。
この男はカイロ・ジンと名乗った。ギャンブルで借金を作りすぎて、削減対象を免れるために、
このゲームに参加させられたそうだ。
「単純だろ。勝てば救われる。負ければ削除。
……だから、勝つ」
カイロはチップを掴み、中央へ滑らせる。
「倍プッシュだ」
チップが震え、声が重なる。
――やめて
――いやだ
ナツが、拳を握りしめる。
「先輩……」
マスターは、息を吐く。
酔えない。酔ったら終わる。
このゲームは、賭け方に“思想”が出る。
配られたカード。
マスター:10 と 8。
合計18。
ナツ(補佐):5。
合計枠が不気味に光る。
【MASTER:18】
【SUPPORT:5】
【PAIR SUM:23】
カイロ:9 と 9。
合計18。
「さぁ、どうぞ?」
ジャクラが、目を細める。
外部モニター側、ロキが煽る。
「張ってぇ! 張ってぇぇ!
少ないベットは、観客が泣くわよ?」
ムーニャンがボソリ。
「泣くのはチップにゃ」
タニシは数字を読み上げる。
「ベット量と削減量は比例。
ただし……勝利時の回収優先度も比例でござるよ」
つまり。
張れば勝てる可能性は上がる。
同時に、負けたときの死に方も増える。
マスターは最小ベット――一枚だけ置いた。
外部モニター側、ブーイングが起きる。
「しょぼ!」
「本戦でそれかよ!」
ロキが笑う。
「保守的ねぇ。酔えてないわよ?」
ジャクラが、くすりと笑った。
「酔えない方ほど、最後に深く沈むのです」
観客がブーイングする中、カケルだけは笑わなかった。
「……違うな。あれは臆してるんじゃない」
タニシが問う。
「評価でござるか?」
「“賭けない”ことで、別の勝ち筋を探してる」
カケルは、モニターの表示を指差した。
「このゲームは、ベットを増やすほど“回収優先度”が上がる。
つまり、勝っても胴元に記録される」
ムーニャンが目を細める。
「じゃあ……少なく張るのは正しいアル?」
「正しいかどうかは知らねぇ。
でも――」
カケルは低く笑った。
「胴元に“名前”を覚えさせない賭け方だ。
あいつ、ギャンブル慣れしてる」
カイロがヒット。
引いたカードは 2。
20。
カイロが歯を見せる。
「ほらな。踏み込めば、世界は応える」
ナツが叫ぶ。
「先輩! ヒットしましょう!」
マスターの18。
引けば20の可能性。
バーストの可能性もある。
その瞬間、HUDの端が、ちらついた。
――ノイズ。
ルステラの声が、耳の奥に割り込む。
『ケンショウ……チュウ……オススメ……シマセン』
言葉が、途切れ途切れ。
いつもの冷静さがない。
『……イジョウ……ログ……』
外部モニター側のタニシが目を細める。
「補助AI側の遅延。
演算が、追いついていない?」
ムーニャンが耳を立てる。
「ルステラ、変にゃ」
マスターは、手を止めた。
そして――スタンド。
「止める」
観客席がざわつく。
カイロが笑う。
「守って勝てるか? 守るほど削られるのが、この世界だろ」
ジャクラが、指を鳴らす。
「では、カイロ様。
次の選択を」
カイロは、残りのチップを――全部、中央へ。
外のロキが叫ぶ。
「全部張りぃぃぃ!」
外部モニター側。
カケルがサイコロを止めた。
「……あいつ(カイロ)、勝ち方を間違えてる」
ムーニャンが息を呑む。
「止められないのかにゃ!」
「止まらねぇよ。
賭けに酔ってる奴は、負けに行く」
カケルは苦笑して、コインを掌に隠した。
「でもな――
ああいう奴ほど、胴元に“回収”される。
……残るのは“使い道のある欠片”だけだ」
ムーニャンが青ざめる。
「正気じゃないにゃ……!」
イツキが淡々と告げた。
「全損確率、急上昇」
カイロは、笑ったまま、目だけが死んでいる。
「終わらせる。
犠牲が必要なら……俺でいい」
ジャクラが、カードをめくる。
――5。
25。
バースト。
静寂。
チップが砕けた。
光が漏れ、悲鳴が走る。
【DELETE PROCESS:EXECUTE】
カイロの身体が粒子化する。
胸から崩れ、腕が解け、顔が崩れていく。
「……これで、楽に……」
外部モニター側、誰も言葉が出ない。
ムーニャンが小さく息を吸った。
だが、その瞬間。
削除ログが――一瞬、止まった。
【LOG STATUS:UNCONFIRMED】
ジャクラの背後の影が、ゆらりと歪む。
空気が“別のもの”に変わる。
ロキの声が、低く重なる。
観客席のロキと、同じ声。けれど、どこか近い。
「もったいないわね」
外部モニター側のロキは、笑って拍手したまま。
――二重。
マスターの視界の隅で、カイロの粒子が“横”へ滑る。
削除ではなく、転送。
だが転送先は表示されない。
カイロのログは歪み、欠ける。
記憶が削れ、人格が裂ける。
“完全”ではないまま、どこかへ。
ルステラが、また乱れる。
『……テイギ……フカノウ……』
『……ケイサン……ホカン……?』
マスターは、喉が乾くのを感じた。
――今、何が起きた?
次の瞬間、Z.E.U.S側の表示は平然と結論を出す。
【TARGET ERASED】
外から見れば、カイロはロスト。
削除された。終わった。
だが、マスターのHUDだけが、薄くノイズを残した。
【削減ログ:未確定】
ジャクラが、何事もなかったように微笑む。
「さぁ。続けましょう?」
ナツの存在抹消率が跳ね上がる。
【SUPPORT ERASE PROBABILITY:42%】
外部モニター側、ムーニャンが低く唸る。
「ロキ……何を集めてるにゃ」
イツキが短く言った。
「ロストログ、保管疑惑」
ロキは、楽しそうに肩をすくめる。
「さぁ? コレクションは趣味よ?」
マスターは、静かに息を吐いた。
「……救出未完了……まだ、途中だ」
ジャクラが、カードを配り直す。
白いチップが、また震える。
ダブルブラックジャック、本戦。
決着は――次の話。
今回もお読みいただきありがとうございました。
ついに《倫理層カジノ》――
そして“ダブルブラックジャック”が本格的に動き出しました。
■今回の主要人物
ジャクラ・ミコト
オンラインディーラーを務める存在。
コードネーム《J-0》。
あくまで「ディーラー」として振る舞っていますが、彼女は観測者でもあり、煽動者でもあり、試験官でもあります。
本名の匂わせはありますが、現時点では確定情報ではありません。
倫理層において彼女は「賭けの進行役」であり、「破滅の触媒」です。
カケル・テンドー
賭け事といえばこの男。
サイコロとコインを握る姿はギルドでも異質。
今回の彼の立ち位置は“博打師”でありながら、どこか冷静な観測者でもあります。
彼は単なるギャンブラーではありません。
「BET」という概念そのものを理解している人間です。
ムーニャン
観客席側の感情代表。
戦闘ではなく、今回は「見守る者」としての立ち位置。
倫理層では戦う者と見ている者の差が、残酷なまでに明確になります。
タニシおよびイツキ
状況分析と皮肉担当。
彼と彼女の実況は軽く見えて、世界構造の本質に触れています。
ルステラ
今回、明確に“揺らぎ”を見せました。
倫理層との接続は、彼女の演算コアに負荷を与えています。
■今回のテーマ
「賭ける」という行為は、選択の拡張です。
倫理層では、
・勝敗
・記憶
・存在価値
・観測優先度
それらが“チップ”として扱われます。
この世界において最も危険なのは、
「命を賭けること」ではなく、
「意味を賭けること」です。
ダブルブラックジャックはまだ途中。
第30話で決着を書き切ります。
■現在のマスターのステータス(一般表示)
名前:NO NAME(通称:マスター)
等級:黒曜相当
職業:ギルドマスター(仮)
HP:安定
MP:微減(倫理層接続負荷)
状態異常:なし(※軽度観測干渉ログあり)
観測度:上昇中
所持アイテム
・ギルドキー
・コアストーン連結タグ
・簡易回復ポーション×2
・未確定チップ(倫理層)
装備
・現実持ち込み腕時計(再定義済)
・軽量演算補助リング
第30話、
“ダブルブラックジャック”の結末。
勝利とは何か。
敗北とは何か。
そして、誰がディーラーだったのか。
次回――決着。
それではまた、
ギルド酒場でお会いしましょう。




