幕間 地上では、賭けずに空を見ていた ――おっさん以外、予選の外で起きていたこと――
これは、塔を登らなかった者たちの物語。
地上で英雄を決める予選が始まるその裏で、
地下では、別の選別が進んでいた。
幕間:おじさん以外、地上の予選中 ――守る者は賭けない。賭ける者は空を見る――
マスターたちのグループが、
第二次予選――《バベルの塔》へ挑もうとした、そのころ。
ギルド地下演算ホールでは、
別会場の第二次予選が静かに開始されていた。
華やかな歓声はない。
観客席もない。
並ぶのは――
依頼書の山。
素材箱。
制限時間を刻む水晶。
淡々と光る記録端末。
試されるのは戦闘力ではない。
《効率》。
《安定》。
《再現性》。
「はいはい、受注九十秒。迷ってると減点ねー」
受付嬢イツキが軽く言う。
だが、彼女自身も今回は“参加者”だった。
受付管理処理、依頼配分最適化、資材割り振り。
それらすべてが“管理運営クエスト”として評価対象。
ミツキも同様だ。
「配分、三番と七番逆だよ。全体遅延出る」
「修正。ネムリの移動速度考慮してルート再計算」
戦わない者もまた、試されている。
Z.E.U.Sは、戦闘職だけを測らない。
掲示板に十枚の依頼が同時出現した。
高額報酬。
高危険度。
長時間拘束。
低報酬。
短時間。
成功率極大。
ざわめきが広がる。
一般女性ギルド員の一人が言う。
「これ……三倍報酬って、やばくない?」
ミーナは、迷わず三枚だけ抜いた。
低報酬。
短時間。
失敗率ほぼゼロ。
「それだけ?」
一般ギルド女性がミーナにそう尋ねる。
「うん。失敗しなきゃ、足りる」
彼女は“勝とう”としない。
《落ちない》ことを選ぶ。
そこに、迷いはなかった。
生産試験。
素材一式支給。
規定品質以上を制限時間内に量産せよ。
赤い表示が浮かぶ。
【成功率30%:高性能強化オプション】
ざわつく。
「三割だよ……?」
誰もが躊躇する中、迷わず押した男がいた。
その男の名は――カケル・テンドー。
酒、女、ばくち。
人生の優先順位があまりにも分かりやすい男。
「30%? 高ぇな」
強化発動。
成功。
品質値が跳ね上がる。
ざわめき。
だが今回は、それだけでは終わらなかった。
カケルの目が、変わる。
無駄な笑いが消えた。
素材を指で叩く。
「……位相ずれてんだよ」
誰も意味が分からない。
「これ、三次圧縮の《共鳴閾値》越えてねぇ。ほら、内部の《逆位相渦》が死んでるだろ?」
ギルド員たちは固まる。
イツキが端末を再演算させる。
表示が揺れる。
カケルは続ける。
「炉温下げろ。いや、違ぇ。《縦軸共振》抜け。横から削れ。結晶配列ひっくり返せ」
ミツキが小声でイツキの耳にささやく。
「カケルさん……何言ってるの?」
「気にするな、アイツはああいうやつ。」
そうこうするうちに、素材が、彼の手の中で再構築される。
圧縮。
再配列。
微調整。
完成。
規定品質を遥かに超える値。
端末表示:
【結果偏差:+大】
シンが低く笑う。
「……面白い」
一般女性がぽつり。
「え、すご……」
一瞬、本物。こんなすごい人がギルドにいたんだ!というムードに包まれる。
だが――
次の素材で、カケルはまたためらいもせず、30%を押した。
案の定――失敗。
素材爆散。
「クソっ!30%なら3回は絶対通るはずなんだがな――」
イツキが額を押さえる。
「……すごいのに、酒飲むとダメだわこいつ」
カケルは手持ちのお酒を飲みながら高らかに笑う。
「ゼロじゃねぇなら……そこにベットするぜ」
本気は一瞬。
次の瞬間。
「酒! とりあえず酒!」
やっぱりクズ。
でも、さっきの技術は本物だった。それは間違いのない真実。このときはまだ目の前の失敗を見ていたが――。
――――
並列処理試験。
配送。
駆除。
倉庫整理。
ネムリがふらつく。
小型魔物が死角から飛び出す。
同時に、イツキの端末が赤く点滅。
【保護対象:再識別】
【回収候補:一時昇格】
イツキの表情が消える。
「……これ、なに?」
ミツキがネムリを抱き上げる。
ミーナが盾に入る。
動きは速い。
慣れている。
それが重い。
ミーナの脳裏に、過去がよぎる。
高額依頼。
「大丈夫、俺がついてる」
笑っていた仲間。
崩れた塔。
光。
静かな回収音。
【適合率:高】
【回収実行】
血も残らなかった。
勝ったはずだった。
評価された。
観測された。
分類された。
そして、奪われた。
ミーナはそれ以来、《賭けない》。
「……勝つと、見られるんだよ」
小さく呟く。
ネムリの頭を撫でる。
「期待されるってさ、重いんだ」
守るほうが、楽だ。
弱いからではない。
知っているから。
酒場区画。
フー子がキセルを弾く。
「……数えるのは好きだろうけどねぇ」
ふー……
煙が揺れる。
【対象座標取得失敗】
【原因:不明】
Z.E.U.Sは記録する。
《原因不明》。
保留。
壁際。
子供に見える小柄な影。
無表情。
塔の方向を見る。
「……同類か」
マスターを見抜いている。
だが動かない。
関与しない。
ただ観る。
騒ぎが収まり、試験再開。
カケルは天井を見上げる。
「……地上は窮屈だな」
誰も反応しない。
「空はまだ管理されてねぇだろ」
一瞬だけ、目が鋭くなる。
そして。
「俺が欲しいのはな、《未加工の原石》だ。削る前のやつ。あれの《初期共鳴波》、あれが要るんだよ……あれさえあれば、《外周演算》抜けられんのに……」
誰も意味が分からない。
イツキがぽつり。
「……ほんと、何言ってんのか分かんないけど、すごいのは分かる」
ミツキが苦笑する。
「でも飲むとダメ」
カケル。
「酒! 酒だ!はやくもってこい!」
やっぱりクズ。
そのころ。
バベルの塔内部。
マスターのHUDが一瞬揺れる。
観測度:+0.2%
そして、-0.1%。
守る者。
賭ける者。
煙を吹く魔女。
影の旧式。
塔を登る男。
すべてが、同時に動き始めていた。
―――――――
試験終了。
カケル、規定ギリギリ通過。
素材損失多数。
「よっしゃああ!」
「―今日はBETに勝った!――酒だ! 今日は俺のおごりだ! ……ツケで!」
イツキが笑う。
「ほんと、才能の無駄遣い」
ミーナが、酒をカケルに運びながら、わずかに笑った。
「でもカケルさん、そろそろお風呂に入ってください…ちょっと、においますよ。」
ミツキがそういうと、ギルド内は一時的に笑いに包まれた。
守る者は賭けない。
賭ける者は空を見る。
そして、この世界はまだ”空”を管理しきれていない。
幕間、了。
■幕間 後書き
地下予選編でした。
戦わない者も、測られている。
Z.E.U.Sは戦闘力だけを評価しません。
効率、安定、再現性、そして――逸脱。
◆今回の焦点
◇ミーナ
彼女は「勝とう」としません。
《落ちない》ことを選ぶ。
なぜなら、
彼女は知っているから。
勝ちすぎると、
評価される。
観測される。
分類される。
そして――回収される可能性があることを。
「勝つと、見られる」
この一言が、彼女のすべてです。
◇カケル・テンドー
酒と賭けの男。
30%を“高い”と言い切る胆力。
一瞬だけ見せた、本物の演算技術。
彼は偶然ではありません。
だが――制御できない。
ゼロでない限りベットする。
だが守らない。
“空”を見ている数少ない男。
しかし、
飲むとダメ。
ほんとにダメ。
◇イツキ&ミツキ
管理職もまた評価対象。
地下演算ホールは、
Z.E.U.Sの最も好む試験形式です。
戦闘よりも、
管理の方が“世界を動かす”から。
◇フー子
煙の魔女。
今回もまた、
“原因不明”を作りました。
Z.E.U.Sのログに残ったのは、
《対象座標取得失敗》。
これがどれほど異常なことかは、
まだ語られません。
◇子供に見える影
同類。
だが動かない。
関与しない。
観るだけ。
“観測者の外側”に立つ存在が、
ひとつ、地下にいました。
◆テーマ整理
守る者は賭けない。
賭ける者は空を見る。
守る者は観測を避ける。
賭ける者は管理外を欲する。
そして――
この世界はまだ、
“空”を完全には管理できていない。
地下も地上も、同時に動いています。
次は塔の続き。
ですが――
地下の選別も、終わっていません。
ここ、かなり重要な分岐点。
空を見ているのは、誰か。
見られているのは、誰か。




