第19話 大会予選① 離れたら死ぬペアレース ――走るだけ、の意味を信用してはいけない――
ついに大会が始まりました。
物語は観測される側にシフトしていきます。
第19話 おっさん、走らされる
―離れたら死ぬペアレースと、三人目のバグ―
朝の荒野は、妙に澄み切っていた。
砂は流れている。風は吹いている。
それなのに――音が薄い。
地平線の向こうに浮かぶ巨大な観測リングが、淡く脈打つ。
まるで、空そのものが瞬きしているかのようだった。
見られている。
仮設ゲート前。
各ギルドの代表者が整列させられている。
ナツが肩を回し、深呼吸する。
「先輩、走るだけッスよね? 走るだけなら負けません!」
強がりの奥に、わずかな震え。
足元に半透明の文字が浮かぶ。
大会予選:第1種目
形式:耐久荒野ペアレース
死亡許容:あり
“死亡許容”。
ルステラのHUDが重なる。
PRIMARY:公式観測イベント
SECONDARY:危険度 上昇
観測度:67%
「オススメ、シマセン」
AIの声は淡々としている。
だが、わずかなノイズが混じる。
そのとき。
空間がぱちん、と弾けた。
トランプの模様が裂け目から舞い落ち、紙吹雪が回転する。
「はぁ〜い♡ 人類代表のみなさぁ〜ん♡」
くるりと宙返り。
派手な道化衣装、細い腰、長い指。
「MC兼〜♡ 大会進行係ぃの〜♡」
ウィンク。
「ロキよぉ〜♡ 気軽にロッキュンって呼んでねぇ〜?♡」
にっこり。
沈黙。
誰も呼ばない。
「え? 呼ばないの?♡」
ロキ、と名乗ったその男は、耳に大きく手を当てていたが、首をかしげる。
低音が混じる。
「……呼ばなくても、構わない。」
再び甘い声。
「今日の選別はねぇ〜♡ “絆”がテーマなのぉ〜♡」
指を鳴らす。
足元に赤いリングが浮かぶ。
LINK DISTANCE:3〜5m
逸脱時間:30sec
段階制神経損傷
HP0=死亡
ゴール=30㎞
最低時速許容 時速12km
「ペアで走るのぉ〜♡」
笑顔のまま、言葉だけが落ちる。
「でもね。遅すぎたり、離れたら、死ぬわよ?♡」
にやり。
「これ、冗談じゃないのよぉ〜?♡マ・ジ・だ・か・ら♡」
くすくす笑う。
「ほんとに、死ぬの♡」
その頃、ギルド地下医療区画。
薄暗いラボの奥で、古びた演算モニターが光っている。
ドクター・ジンは、丸眼鏡をずらしながら鼻を鳴らした。
「ふむ……神経接続型リンクか」
スカウター型の医療ゴーグルが淡く点灯する。
画面には各参加者のバイタル。
神経負荷率:上昇
同期誤差:許容範囲
死亡確率:12.4%
「ほっほ。
ほんとに殺す気じゃな、あやつら」
口元は笑っている。
だが、目は笑っていない。
「これは娯楽ではないのぅ……
選別じゃ」
杖の先端で演算ログを拡大する。
「神経焼損、段階式。
上手い作りよ。倫理ギリギリを突いておる」
そして、小さく呟く。
「……エティの匂いがする」
――ロキの低音が重なる。
「本当に、死亡。慈悲はない。」
会場全体の空気が凍る。
「三十秒逸脱で神経損傷♡
段階的にHP削減♡
ゼロでぇ〜?」
両手を広げる。
「終了♡」
甘い声で残酷な宣告。
そして、さらりと続ける。
「でもねぇ〜♡ “保護待機状態”になった子は、他の子と再接続できるわよぉ〜?♡」
つまり。
生き残ればいい。
ロキが微笑む。
「ペアはあなたの近くにいる人に自動的に決まるわ♡ さぁ、走りましょ♡ レッツ・ランニング――」
周囲でも、それぞれの緊張が走っていた。
ヘラクレスは、腕を組みながら静かに立っている。
筋肉は揺るがない。だがその視線は真剣だった。
「耐久レースか……悪くない。努力が試されるな」
低く、だが穏やかに呟く。
その背後で、ムーニャンが尻尾を逆立てている。
「こんなクエスト、聞いてナイアル!距離制限なんて、ズルいアル!」
だが、目は笑っていない。 完全に戦闘前の猫だ。
コハクは両手を合わせて震えている。
「ぬぅ……泥船に乗ったつもりで安心めされよ……ワン……いや全然安心できぬでござるワン……」
耳がぺたんと倒れる。
ノエルは白磁等級のタグを握りしめている。
「ほんとに……死ぬんですよね……?」
声が小さい。
シンだけが、静かに腕を組んでいた。
「……ああ。これは試合じゃない。
“選別”だ」
その言葉が、やけに重く響いた。
■観客席
半透明の観客席が展開していた。
そこに座る三つの影。後ろには多くのエンジェル兵と天使たちが立っている。
棒キャンディをくわえた少女。
無表情で俯く細身の影。
退屈そうに足をぶらぶらさせる少年。
アマテラス。
ツクヨミ。
スサノオ。
アマテラスが笑う。
「面白ぇじゃん」
キャンディを噛み砕く。
「離れたら死ぬ? 最高だろ」
ツクヨミがぼそり。
「非効率……でも、興味深い」
スサノオが笑う。
「おいおい、死ぬのかよ! 派手じゃねぇか!」
アマテラスの瞳が光る。
「どこまでやるか、見せてみろよ」
観客は《・》、楽し《・》ん《・》で《・》い《・》た《・》。
■スタート
スタートの合図、光槍が空を裂く。
砂嵐。冒険者たちが一斉に走りだしたので、ものすごい砂煙だ。
俺はナツと組むことになった。俺とナツの足元に青いリング。
LINK STAGE:1
「いきます!」
ナツが飛ばす。
LINK DISTANCE:5.6m
警告音。
電撃が神経を焼く。
「っ……!」
「ペース守れ」
遠くで悲鳴。銅等級のペア二人が早速脱落――してしまったようだ。
白い閃光。
ロキの声。
「ざぁ〜んねん♡銅のお二人、さっそくロストねぇ~♡」
低音。
「回収。」 その直後二人の存在は、最初からまるでそこにいなかったのように、消えた。
ドクターのラボ――
ジン老は、画面の数値がゼロに落ちる瞬間を見ていた。
HP:0
神経接続:断絶
生命活動:停止
「……即死処理か」
カタ、と椅子を鳴らす。
「回収まで0.8秒。
速い。実に速い」
白髭を撫でる。
「死体は残らん。
資源化ルート直送じゃな」
そして、ぽつり。
「わしの若い頃より、冷たい世界になったものよ」
その言葉には、ほんのわずかに後悔が混じる。
本当に死ぬ。
これは演出ではない。
観客席では、スサノオが身を乗り出す。
「おいおい、マジで消えたぞ!?」
アマテラスは退屈そうに片肘をつく。
「だから言ったでしょ。“本番”だって」
ツクヨミは目を細める。
「ログ更新……
死亡確率、想定内」
アマテラスの瞳が、わずかに愉悦で光る。
「――いいわぁ。壊れるか、耐えるか。――どっち?」
完全に、娯楽として見ている。
■タニシ
別の警告音。
HP:低
逸脱:15…
タニシが俺たちのすぐそばを走っていた。彼はもともと走るのが得意ではない(それはそうだろう?)が、すでにパートナーは脱落しているようで、そばにおらず、かなりダメージを受けている様子だ。
「拙者……まだ……やれるでご、ざる...」
タニシがふらつく。
ヘラクレスが拳を握る。
「走れ……! まだだ! 特訓を思い出せ!!」
だが、彼は助けるためには動けない。応援するのみだ。
ルールは絶対。破ったら何が起こるかわからない――。
ムーニャンが歯を食いしばる。
「助けられないアル……!」
コハクが目を覆う。
「いやでござる……いやでござる……」
ノエルは動けないまま立ち尽くす。
シンだけが、静かに呟く。
「……ここで誰かが“逸脱”する」
そして視線が、俺に向いた。
ロキが笑う。
「は~い、失格ぅ〜♡」
低音。
「終了。」
その瞬間。
俺はタニシのすぐそばに近づき、手を彼に伸ばした。
■三人目
「……繋げ」
理屈はなかった。ルステラに直感的にそう命じたのだ。
ERROR
BRIDGE MODE - UNKNOWN
三角形のリング。
ナツ ── マスター ── タニシ
ロキが止まる。
「なにそれぇ〜♡」
低音。
『未定義接続。』
ヘラクレスの目が細くなる。
「……それが、努力の形か」
ムーニャンが叫ぶ。
「マスター、やるアル!」
コハクの耳がぴんと立つ。
「ご主人様……!」
ノエルは震えながらも前を見る。
「離れないで……ください……」
シンは、ただ一言。
「……なるほど」
その目は、冷静だった。
ジン老のモニターが激しくノイズを吐き出す。
LINK STRUCTURE:ERROR
再構成:BRIDGE
WORLD LOAD:上昇
「……なんじゃと?」
身を乗り出す。
ゴーグルの演算表示が赤く染まる。
「三点接続……?
そんな仕様はないはずじゃ」
杖を強く叩く。
「誰が書いた、このコード……?」
画面に浮かぶ解析ログ。
ノイズ補正:外部因子
ジンの目が細くなる。
「外部……?」
そして、低く笑う。
「ほっほ……
これは“事故”ではないの」
小さく呟く。
「……誰かが、橋を架けた」
観客席。
アマテラスが立ち上がる。
「へぇ」
スサノオの口角が上がる。
「なんだあれ!三角形かよ!おもしれぇ」
ツクヨミが小さく息を吸う。
「例外……記録」
スサノオが笑う。
「――あいつ、やるじゃねぇか!」
アマテラスが呟く。
「バグ?めんどくさ――」
スサノオがすぐに返す。「人間の進化だ」
■三人疾走
二人との距離はそれぞれ三メートル。 三メートル。
ルステラに演算補助をしてもらいながら慎重かつ大胆に走りを続けていく。
負荷集中:中心
俺がブリッジになる。
このモードは相当の負荷があり、俺には激痛が走る。
ナツが叫ぶ。
「先輩――。みんなでゴールしましょう!もう離れません!」
タニシが震える。
「死にたくないでござる!」
ルステラの声が揺れる。
「演算、限界……」
だが、繋がる。
ゴールが見える。
離れない。
■命名
そして―― 3人で一斉にゴール。
俺はその場に倒れ込む。ナツも息が絶え絶え、タニシも突っ伏したまま息だけしてるような状態だ――
そんな俺たちを見て、ロキが拍手。大げさなリアクションで手をゆっくりパチ、パチ、とたたく。
疲れすぎていて気にならなかったが、普段ならこの動作にイラついていただろう。
「きゃは♡」
パチン、とロキが指を鳴らす。
命名:TRINITY BUG
(トリニティ・バグ)
「今日からあんたたちそれねぇ〜♡」
「ロッキュン命名よぉ〜?♡」
低音に切り替わりこうロキが告げる。
「未許可構造。」
ロキが微笑む。
「バグはねぇ〜♡ 消すか、育てるか、なのよぉ〜♡」
モニターに表示される文字。
TRINITY BUG
例外観測対象:登録
ジン老はゆっくりと背もたれに体を預ける。
「バグ、とな」
くく、と喉を鳴らす。
「ほっほ……
バグとはな、本来“設計者の想定外”のことじゃ」
丸眼鏡の奥の目が鋭く光る。
「想定外を生む者は、
世界を壊すか、救うか――」
わずかに間を置き、
「……両方じゃな」
そして、最後に小さく。
「マスターよ。
お前さんは、どこへ行く?」
モニターの光が、静かに揺れた。
場面は変わって観客席。
アマテラスが飴をなめながらにんまりと笑う。
「――育ててみれば?」
その瞳は、明らかに楽しんでいた。
観測は娯楽に《・》変わ《・》る《・》。
■代償
WORLD LOAD:+1
例外観測対象:登録
耳鳴り。
記憶が一部、抜け落ちる。
ナツが震える声で言う。
「先輩……何を……?」
俺は答えられない。
「……覚えてない」
ロキが上空で笑う。
「この大会は、ほんとに死ぬのよぉ〜?♡ あんたたち、次も生き残れるかしらぁ〜?♡」
低音。
「観測継続。」
荒野の風が、重くなる。
第一予選は終わり、俺たちはなんとかクリアすることができた。
だが――
楽しまれている。
神々は、面白がっている。
それが、いちばん厄介だった。
つづく
今回は予選第一種目「地獄の耐久荒野ペアレース」。
脱落=即死ではないものの、死亡相当ダメージが入る本気仕様。
娯楽の皮を被った選別です。
■登場人物補足(修正版)
マスター(NO NAME)
黒曜等級。ナツとペアで走破。
極限状態でも冷静に速度維持と負荷分散を選択。
観測値がじわりと上昇中。
ナツ(なつみ)
黒曜等級・前衛。
神経接続リンクが外れかけながらも走破。
努力型人間代表。
タニシ(田螺)
白磁等級。補助リンク要員として介入。
情けないが、今回“死ななかった”ことが重要。
ルステラ
補助AI。リンク制御と演算分散を実行。
観測負荷が高まりつつある。
■走破組
ヘラクレス
神権AI個体。参戦側。
圧倒的な出力で安定走破。
だが演算ログは常に人類側を観測している。
「努力は裏切らない」と本気で信じている存在。
ムーニャン
軽口を叩きながらも正確な速度維持で走破。
無駄に器用。
コハク
暴発せず奇跡的に安定。
自信満々のままゴール。
たぶん運も強い。
シン
余裕を残して走破。
走りながらも“構造”を見ている。
この男、やはりただ者ではない。
ノエル
白磁の新人。
死の気配を体験しながらも走破。
この経験は今後大きく影響します。
■観客席側
アマテラス(AMATERASU / DAY-CORE)
観客席から観測。
人間の限界に“面白さ”を感じ始めている。
だがそれは慈悲ではない。
ツクヨミ(TSUKUYOMI / NIGHT-CORE)
静観。
ログ削除・非観測領域を管理。
誰かの“消えた可能性”を見ているかもしれない。
スサノオ(SUSANOO / WEATHER-CORE)
退屈そうに見えて、興味はある。
環境変動ログを細かく取得。
制御不能の風は、まだ吹いていない。
■今回の構図
・人間側=命を削る走者
・神権側=観測する存在
・大会=娯楽と選別の融合装置
そしてロキは、その“境界の道化”。
次回、第二種目へ。
走りきった者たちの疲労と、
観測者たちの興味。
物語はさらに加速します。
引き続きよろしくお願いいたします。




