第14話 踊っただけで、荒野送りになった ――おっさん、理不尽にもほどがある――
黒曜へと昇級したマスターが、
初めて“世界の痕跡”を正面から見る回です。それでは本編へ。
酒場では、ゲームも立派なクエストになる。
今日は“反射神経強化”の名目で、ダンス台に立たされていた。
足が、先に悲鳴を上げた。
いや、悲鳴というより「もう無理」と冷静に通達してきた。ふくらはぎが。
「ニャッ! コンボ継続アル! マスター遅れてるアル!」
ムーニャンが猫耳を揺らしながらダンス台を跳ねる。
どう考えても人間より正確なステップで、矢印を踏み抜いていく。
「おま、なんでそんな体幹してんだよ……!」
「日頃の鍛錬ある!」
画面の矢印は容赦なく降る。
ルステラの淡い声が、天井の方から降りてきた。
「コンボ、継続中。マスター、右足の負荷が上昇シテイマス」
「負荷を実況すんな!」
ナツが腹を抱えて笑っている。
タニシはなぜか真顔で手を叩く。
「アニキ! 今のは同時踏みでござる! いけるでござる!」
「お前の応援は信用ならん!」
俺が一瞬踏み外した途端、ムーニャンが勝ち誇ったように腕を上げた。
「今日の勝者はムーニャンある!」
酒場は、いつも通りだった。
木の匂い、グラスの音、軽口。
ここだけ、世界の荒れが遠い。
――そのはずだった。
クエストボードの前で、イツキが足を止めた。
「……ねえ、これ、いま出た」
板に貼られた紙は、風もないのに端が揺れている。
【緊急搬送依頼】
指定対象:ネムリ
荒野拠点へ搬送
推奨等級:白磁
……白磁?
「白磁なわけないじゃん。――ふざけてる」そうイツキが言った。
それもそうだ。荒野の危険な世界を、白磁に推奨するはずがない。
ミツキがネムリの肩に手を置く。
ネムリは眠たげに俺を見る。
「……紙、ざわざわしてる」
ルステラの声が低くなる。
「当該クエスト、通常配分ト異ナリマス。推奨:受注回避」
回避できるなら、したい。――が、ネムリを守れる奴がほかにいるだろうか。
「俺が行く。ついてこれるやつはいるか?白磁とかランクの問題じゃない。この子を守るという意思があるかどうかだ」
誰もが黙り仕切る中、沈黙を破ったのは、ガロだった。
「……儂が行こう」
全員が振り向く。
「その子を連れて荒野へ出るのだ。おぬしにだけ任せられぬし、子を放ってはおけん――」
怒るようなそぶりでもなく、ただ、そう決めた声だった。
俺は少し驚いて言う。
「……ガロと一緒に動くの、はじめてだな」
「儂は基本、単独じゃ。パーティは好かん」
「だろうな」
俺とガロのやり取りのせいもあってか、場の雰囲気はとても重たくなっていた。
ナツが空気を戻そうとして無邪気にガロに聞いた。
「――ところで、ガロさんって恋人とかいるんすか?」
ガロは迷いなく答える。
「おった。男じゃがな」
一瞬だけ場が静まる。
タニシが過剰に前へ出た。
「拙者も理解ある側でござる!」
「急に理解者ムーブすんな」ととりあえずタニシにゲンコツでツッコミを入れる。
軽い笑いが戻りかけた、そのとき。
俺は何気なく聞いてしまった。
「……今は?」
ガロの視線が、わずかに落ちる。
「もうおらん」
「別れたんすか?」
ガロは淡々と続けた。
「あやつは両方いける男でな。女との間に子がおった」
ネムリが小さく息をのむ。
「その子も、親も――上に回収された」
空気が凍る。
「……AIの子、か」
「“保護”などではない。連れていかれた者は戻らん」
ネムリが俺の袖を握る。
「……わたし、つれてかれないよね?」
俺は即答した。
「俺がいる」
ルステラの声が静かに鳴る。
「観測レベル、緩やかニ上昇中」
タニシがこめかみを押さえる。
「なんで拙者が焦るでござる……」
俺はともに行く、ネムリを護衛するパーティのメンバーに声をかけた――
「さあ、道具屋で出発の準備するぞ!」
ギルド内の道具屋。
壁には剣や鎧だけでなく、旧文明の残骸が並ぶ。
電子基板。
割れた記憶媒体。
錆びた金属板。
「荒野向けは値段が動く」と店主が言う。
そもそもダイブの時は、ここで買った道具は、--―例えばナイフなら、ゲーム中の別の道具に変換されて出てくる。そのゲームの世界に存在しないものなら、全く違う意味のアイテムになることもある。
だから、道具の情報は、俺たち冒険者にとって死活情報だ。
ガロが低く呟く。
「誘導じゃ。行かせて、見たいのさ」
俺は水筒、補修キット、防寒布を買う。
ネムリが布を抱きしめる。
「これ、あったかい」
「当該アイテム、解析不能。保持推奨」
「解析不能で保持推奨は怖い」
最後にシーシャ屋。いつも特に言わなかったが、冒険に出る前は必ずこのシーシャ屋にも顔を見せるのがギルドのローカルルールになっている。
普段ならきつい冗談を言うフー子は、今日は笑っていなかった。
「――おぬしら、荒野へ行くのか」
煙が、上へ吸われる。
「覚えよ。風ではない。目じゃ」
「目?」
「その子を連れていくなら覚悟を決めよ。連れて帰れぬ未来もある」
ネムリが煙を見上げる。
「……あのひと、まばたきしてる」
フー子が小さく息を吐く。
「見えるか。なら尚更じゃ」
出発メンバーは、
俺。
ネムリ。
ガロ。
ナツ。
タニシ。
イツキが帳簿を閉じる。
「帰ってきたら、ちゃんと報告してよ」
「……ああ」
ギルマスやムーニャン、今回冒険に出発しないギルドの面々と出発のあいさつを交わしていると、
ノエルが心配そうにこちらを見ながら言った。
「――マスター。俺も本当は一緒に行きたい。でも白磁がこれだけ増えたら、俺は間違いなく足手まといだ。だから今回は留守番するよ。絶対、無事に帰ってきてくれ!」
彼とは白磁の時から日常のクエストで一緒に苦楽を味わった仲だ。――無事に帰ってきたら酒の一杯でもおごってやろう――
そうしているうちに ――扉が開く。
外は、相変わらずの不毛だった。
遠くに崩れた高架橋。
倒れた鉄塔。
半分崩れた標識。
文字が、かすれて読める。
「止マレ」
俺は無意識に呟く。
「……どこかで見たことある」
ガロが低く言う。
「荒野は記憶を拾う場所じゃ」
ネムリが空を見上げる。
「……でも、まだ見てる」
ルステラの声が耳の奥で鳴る。
「観測、寄ッテイマス」
俺はネムリの手を握った。
「守るだけだ」
風が、やけに冷たい。
俺たちは荒野へ踏み出した。
(つづく)
ここまでお読みいただきありがとうございました。
黒曜昇級後、初の本格外界探索。
そして現れた「止まれ」の標識。
この世界は本当にゼロから作られた異世界なのか。
それとも——。
まだ答えは出ません。
ですが、マスターの中で確実に何かが動いています。
黒曜は“中堅”の入口。
けれど、この世界では等級=安全ではありません。
次回、
酒場側にも別の動きが出ます。
世界は、静かに進行中です。
■ 主人公ステータス(一般冒険者視点)
名前:NO NAME(通称:マスター)
等級:黒曜
レベル:12
HP:168
MP:52
SAN値:76
カルマ値:4
危険度:非表示
観測度:非表示
■ 所持アイテム
・ショートソード(研磨済)
・革鎧一式(補修済)
・回復ポーション×2
・携帯食料×2
・旧式ライター(制限付)
■ 装備
武器:ショートソード
防具:強化革鎧/腕当て/ブーツ
アクセサリ:ギルドタグ(黒曜認証)
黒曜に上がったことで、
周囲の視線も少し変わってきます。
ただし——
上からも、見られやすくなる。
ここからが本番ですね。
■ゲーマーおっさん解説!
今回、ゲーム元ネタっぽさで一番わかりやすいのは、やっぱり冒頭のダンス台ですね。あれは完全に『DanceDanceRevolution』系のノリで、流れてくる矢印に合わせて踏み続ける、見た目は派手で楽しいのに、実際は体力と集中力をがっつり削るタイプのリズムゲームです。
で、今回いやらしいのは、その明るいミニゲーム空気から一転して、ネムリ護衛の緊急搬送クエストに切り替わるところなんですよね。昔のゲームって、こういう「ちょっと遊ばせた直後に本筋の重いイベントを叩き込む」落差がある。しかも今回は、道具屋で揃えた装備がダイブ先で別の意味の道具に変換される可能性まである。つまり大事なのは火力じゃなく、知識と準備と読み。ローグライクや不思議のダンジョン系みたいに、アイテム理解そのものが生存率に直結するやつです。
最後の「止マレ」まで含めて、今回はレベル上げ回じゃなく、**ゲームの仕様をなぞっていたはずが、画面の外にある旧文明の痕跡へ触れてしまう回**なんだと思います。ここから、ただのクエストじゃなくなるんですよね。




