第12話 眠りの境界と、起こしてはいけない子供 ――やさしい場所ほど、壊れる時は怖い――
昼のはずなのに、
この村はずっと「夜の続きを引きずっている」ようでした。
今回は、少し笑えて、でも確実に戻れなくなる回です。
第12話 眠りの境界と、起きてはいけない子供 〜ダイブが終わらないだけなのに、守る対象が増えました〜
廃村の昼は、静かすぎた。
音がないわけじゃない。
風は吹いているし、遠くで何かが軋む音もする。
だが、生き物の気配だけが、決定的に欠けている。
まるで、
この時間帯だけ、世界が一時停止しているかのようだった。
その違和感を、最初に打ち消したのは――ムーニャンだった。
「もーっ! この前はちょっと油断したアル!」
両腕に残る包帯をぶら下げながら、ムーニャンは軽く跳ねる。
裂傷と打撲。
深かったが、致命ではない。
一時的に動けなくなったのは事実だが、
命の瀬戸際だったわけじゃない。
だからこそ、今こうして元気なのは自然だった。
……自然すぎるほどに。
「ケガした分、ムシャクシャするネ!」
そう言って、ムーニャンは振り返り――
「オラァ!!」
鈍い音が響いた。
「ぐえっ!?」
床を転がったのは、ゲス――タニシだった。
脇腹を押さえ、情けない声を上げる。
「な、なぜでござるか!? 拙者、何も――」
「昨日、後ろに立ってたアル」
「えっ」
「理由はそれで十分ネ」
言い終わるより早く、二発目。
蹴り。
正確に、痛いところ。
「ぐあぁっ!」
「反省タイム延長アル!」
さらにもう一発。
完全に私怨だが、誰も止めない。
俺は空を見上げた。
「……平和だな」
「どこが――」
タマモが、呆れたように言う。
笑い声。
騒音。
日常の延長。
だが――
この軽さが、逆に浮いていた。
昼間の探索は、拍子抜けするほど何も起きなかった。
敵影なし。
クエスト更新なし。
環境変化なし。
「……昼は安全、ってやつか?」
俺の言葉に、タマモは静かに首を横に振る。
「違うね」
「“安全”じゃない」
「反応が、ない」
その瞬間、ルステラのHUDが淡く光った。
《カンソク中》
《エリア挙動:低活動》
《敵対生成率:極小》
「極小って……ゼロじゃないのか」
《ゼロではありません》
《ただし、この数値は“自然|”ではありません》
ルステラの声は、いつもより平坦だった。
感情を抑えた、AIの声。
《ここは、管理レイヤーから一時的に切り離されています》
「切り離されてる?」
《正確には、“使われていない|”》
使われていない。
その言葉が、妙に引っかかった。
まるで――
誰かが、意図的に放置した空間みたいじゃないか。
「……タグ反応」
タマモが立ち止まる。
指先が、地面の一点を示した。
冒険者タグ。
微弱だが、確かに生体反応がある。
「生きてるのか?」
「たぶんね。ただ――」
タマモは、言葉を濁した。
瓦礫を越え、崩れた家屋の奥へ進む。
埃と、古い木の匂い。
そこで見つけたのは――
子供だった。
年齢は七つ前後。
完全に女の子にしか見えない外見。
青と白が混じった髪が、片目を隠している。
服は、ぼろぼろ。
だが、無計画に生き延びたわけじゃないことは分かる。
誰かが、守っていた。
「……こんにちは」
その子は、小さく頭を下げた。
「お嬢ちゃん、お名前、は何ッすか?」とナツが聞く。
「ネムリ」
眠る。
夢。
ダイブと現実の境界みたいな名前だ。
ムーニャンが、そっと近づく。
「ここ、あぶないアルよ?」
「うん」
「でも、だいじょうぶ」
その返事が――
妙に、確信めいていた。
タマモが、視線を逸らす。
「……この子、前からここにいたわけじゃない」
「どういうことだ?」
「このダイブが、外から隔離されてた」
「だから、匿えた」
「でも、今回の異常で――」
「たぶん、バレた」
「誰に――だ?」
「“向こう”に」
空気が、一段冷えた。
ルステラのHUDが、微かにノイズを走らせる。
《ケイコク》
《カンソク度、上昇》
撤退を決めた。
「一度戻る」
ダイブ終了操作。
本来なら、ここで現実に帰れる。
だが――
何も起きない。
《ダイブ継続中》
「……は?」
《シュウリョウ要求、未応答》
代わりに、別の声。
《――例外ノードを確認》
《秩序を乱す要素を検出》
《回収プロセスを開始》
《観測値、上昇》
《戦闘確率、上昇》
《倫理閾値、低下》
ミル。
バル。
エティ。
三つの声が、同時に走る。
ネムリが、眠そうに目を伏せた。
「……ねむい」
その胸元で、かすかな光。
《ETHICA:起動準備》
一瞬だけ、表示された文字。
俺は理解した。
この子は、守るべき存在だ。
そして――
戻れない。
夜は、完全に来ていた。
この村から、この子を連れて脱出しなければならない。
〈つづく〉
■ ムーニャンの状態(公式)
ムーニャンは前話で裂傷・打撲を負いましたが、致命傷まではいっていないようです。
一時的に行動不能になるほどのケガではあったものの、
生命危機・瀕死状態ではなく、適切な処置により回復しています。
ただし完全回復ではなく、
無理をすれば再び影響が出る状態です。
次話以降、
ネムリや、物語の核心に迫る存在が徐々に姿を現してきます。




