幕間② 逃げた理由は正解だったはずだ ――そう思わないと立っていられない――
――息が、切れていた。
肺が焼けるみたいに痛い。
足はもつれ、石畳に何度も躓きそうになる。
それでも、止まれなかった。
タニシは、崩れかけた鳥居の影に身を滑り込ませ、
背中を石に預けたまま、その場に崩れ落ちた。
「……はぁ……はぁ……」
笑おうとして、失敗した。
「拙者……正解、だよな……?」
自分に言い聞かせるように、呟く。
助けに戻る?
あの場に残る?
――無理だ。
あれは、無理だ。
月明かりの下で見た光景が、脳裏に焼き付いている。
倒れたままのムーニャン。
抱きかかえるマスター。
そして、あの女――
武装した救出者の視線。
「……おかしいだろ」
声が、震えた。
「だってさ……」
「白磁だろ? あいつら」
白磁等級。
最低ランク。
使い捨て。
本来なら死ぬ側。
なのに。
「……なんで、生きてるんだよ……」
説明がつかない。
理解できない。
それは、タニシにとって
恐怖そのものだった。
彼は、胸元に手を伸ばす。
布の内側で、微かに温度を持つもの。
――コア。
淡い光が、布越しに滲む。
「……オレは、悪くない」
言い聞かせる。
「ちゃんと……選別しただけだ」
危ない場所から離れる。
死ぬ確率が高い集団を切る。
生き残る側に回る。
正しい判断。
……そう、設定されている。
なのに。
胸の奥が、ざらつく。
喉の奥に、異物が引っかかったまま、取れない。
「……くそ……」
誰に向けた言葉か、自分でも分からなかった。
そのとき。
チリ……
チリ……
耳鳴りにも似たノイズが、脳の奥を走る。
「――っ!」
思わず顔を上げる。
視界の端。
何もないはずの闇に、
一瞬だけ、数値のようなものが重なった。
ERROR
文字にならない文字。
意味を持たない表示。
「……今の、何だ?」
喉が鳴る。
知らない。
想定外。
タニシは、慌てて首を振った。
「違う、違う……」
オレは正しい。
役割を果たした。
余計なリスクを排除した。
それだけだ。
それなのに。
――あの背中が、脳裏から離れない。
倒れている仲間を、迷わず抱えた背中。
逃げなかった背中。
「……ああ、もう……」
タニシは立ち上がり、
闇の奥へ、さらに歩き出す。
今は距離を取る。
再接触は不要。
観測対象から外れば、問題は起きない。
……そうなっている。
なのに。
背後で、風が鳴った。
振り返らなかった。
振り返ってはいけない気がした。
闇の中、
彼の影だけが、わずかに歪んだ。
そのことに、
本人だけが、気づいていなかった。
【逃走判定:成功】/【生存率:上昇】/【観測度:上昇】
タニシが逃げたときの心境を描いています。この後いろいろと絡んでくるんですが、、それは別の話。
彼はこれから一体どうなってしまうのでしょうか。




