第11話 助けるつもりが、助けられていた ――おっさん、格好つけきれない――
※ホラー耐性が低い方は、明るい部屋での閲覧をおすすめします。
この世界はやさしくありません。
ですが、まだ“取り返しがつかない”ところまでは行っていない。
……たぶん。それでは、第11話です。
おじさん、助ける側だったのに助けられてました
〜弟分は、逃げる理由だけ一級品でした〜
夜の廃村は、静かすぎた。
瓦礫の外、月明|かりだけが白く地面を舐めている。
俺は、ムーニャンを腕の中に抱えたまま、膝をついていた。
温度がある。呼吸もある。……だから、まだ大丈夫だ。たぶん。
【HUD】
《状態: 生存》
《危険度: ??》
《観測度: ??》
《警告: “未許可領域”滞在ログ生成中》
……やめろ。ルステラ…今それは要らない。
「マスター……う、うごけるアル……」
ムーニャンが、強がるように口を開く。
でも腕の位置が不自然で、顔色もよくない。
夜の冷気の中で、浅い呼吸を繰り返している。
――助かった。
はずなのに。
腕の感覚だけが、どこか他人事だった。
俺は自分の手を見下ろす。
血も、震えも、痛みもない。
なのに胸の奥だけが、遅れて締めつけられてくる。
「……脱臼。打撲。命に別状はない」
乾いた声が横から落ちた。
リコーラー。
狐耳の女――カナエは、自分でそう名乗っていた。彼女は、もうそこにいた。
初対面のはずなのに、そういう気がまったくしない。
それだけ“現場の人間”だった。なぜかそれだけはわかった――
「骨は折れてない。ずれてるだけだ」
ムーニャンの腕を確かめながら、カナエは淡々と続ける。
「戻せば歩ける。
……でも、今日はもう無理。ここは冷える――」
ムーニャンが、弱く笑った。
【HUD】
《推奨行動: ①固定 ②保温 ③撤退》
《注: “救出者”の指示は優先度S》
その瞬間、頭の奥で、別の声がした。
『ケンショウ中。マスター、ソノ体勢ハ、ジコ率ガ上ガリマス』
ルステラの声。カタカナ交じりの、いつものAI的な敬語。
『M.I.R.-CORE: 観測ログ、過多。観測度、上昇傾向』
『B.A.L.-PROCESSOR: 戦闘介入、非推奨。生存優先』
『E.T.I.-CORE: “見捨て”の選択、倫理負荷……警告』
……黙れ。
今は、守|る。考えるのは後だ。
「フフ、失敗しちゃったネ。だいじょぶアル……ちょと、腕が変なだけ……」
ムーニャンがいつもは見せない弱気な態度をとっていると、カナエが、
「しゃべる余裕はある。なら問題ない」
希望も不安も足さない言い方だった。
「助かった……よかった……」
思わず漏れた俺の声に、カナエは一瞬だけ視線を寄こす。
「助かった、って顔しないで」
「え?」
「助かってた。最初から」
胸の奥が、少しだけ冷えた。
カナエはムーニャンから視線を外し、周囲を一度だけ見回す。
瓦礫、崩れた家屋、夜の静けさ。
静かすぎて、逆に耳が痛い。
「で。あんたら、ここで何してた」
「探索……です。廃村の」
「無謀」
評価は一語。
横で、タニシが小さく咳払いをした。
「え、ええと! 拙者がちゃんと安全管理を――」
「してない」
カナエは即答する。
タニシの言葉が、途中で折れた。
「……アタシの本命は別にいる」
カナエはそう言って、視線を村の奥へ向けた。
「この村の外れで、別のパーティが潰れかけてる。アンタらも知ってて来たんだろ?
そっちが本来の回収対象」
「じゃあ……俺たちは?」
「いうなら、巻き添え」
あっさり言われて、逆に納得した。
そうだ。
助けに来た、という顔はしていない。
「ただ、撤退ルートが同じだった。それだけ」
理由は効率。
情じゃない。
――そのとき。
カナエの動きが、ぴたりと止まった。
「……来る――」
「え?」
「足音がない。右から」
説明が短すぎる。
だが次の瞬間、背筋が粟立った。
村の路地の奥、暗がりが“動いた”。
人の形に近い。
でも歩いていない。
滑るように、距離だけが詰まってくる。
【HUD】
《エラー: 形状認識不安定》
《識別: UNKNOWN》
《危険度: 上昇》
《推奨: 逃走》
『B.A.L: 逃走』
『M.I.R: 逃走』
『E.T.I: 逃走』
『ルステラ: オススメしません。ココで戦うのは、シ亡に近いデス』
……全員が同じことを言うの、逆に怖いんですけど。
「っ……!」
俺は反射でムーニャンの前に立った。
「下がって」
カナエの声が鋭くなる。
「それ、助ける動きじゃない。事故るやつの動き」
胸を突かれたみたいに、動きが止まる。
その横で――
「え、ええと……! こ、ここは一旦距離を取るべきでござるな!」
タニシが、半歩後ろに下がった。
「安全圏から支援するでござる! 拙者、後方担当が適任で――」
口ではそう言いながら、足はもう逆方向を向いている。
「おい、タニシ――?」
名前を呼んだ。
タニシは一瞬だけ、こちらを見た。
そして――
逃げた。
迷いもなく。
声をかける暇もなく。
「マスターなら! マスターなら大丈夫でござるよ!」
そんな言葉を投げながら。
理解が、半拍遅れた。
――あ。
こいつ、助けない。
「……了解」
カナエが低く言った。
「敵前逃亡、確認」
「え」
「記録上は、そうなる」
淡々とした声。
怒りも、驚きもない。
ただの事実。
影が、距離を詰める。
「下がって。……邪魔」
カナエは前に出た。
救出専門職の動きじゃない。
でも、躊躇がない。
乾いた音。
何かが投げられ、影の動きが一瞬だけ鈍る。
「今。撤退」
「ムーニャンは――」
「問題ない。軽傷だ。運べ」
選択肢はなかった。
俺はムーニャンを抱え、走った。
背後で、骨を擦るような音。
心臓が喉までせり上がる。
遅れて、甲高い悲鳴。
「うわぁぁぁ! ま、待って! 拙者――!」
さっきまで逃げていた声だった。
振り返りたい衝動を、歯で噛み潰す。
今振り返ったら、全部終わる。
境界を越えた瞬間、空気が変わった。
「……ここまでこれば吉。」
カナエが足を止める。
「追ってこない。撤退成功」
その言葉で、膝が抜けた。
俺はその場に座り込み、ムーニャンを抱え直す。
少し遅れて、タニシが転がり込んできた。
「た、助かったでござる……! ほ、ほら! 結果オーライで――」
その声を、弱いくせにやけに芯のある声が遮った。――正直ぶん殴りたい。
「……あいつ、最低ネ」
そんな俺の気持ちを代弁してくれたのが、ムーニャンだった。
腕を押さえたまま、鼻を鳴らす。
「帰ったら、絶対100発はぶん殴るある」
俺が目を見開くと、ムーニャンは強がるように続けた。
「片腕でも、殴るある ――!」
カナエが一瞬だけ、視線を向ける。
「……利き腕じゃないなら、許可する」
「わかったアル!」
そして今まで黙っていたナツが、ようやく口を開いた。
「そうっスよ!あんなキモオタ、私も一緒になってやっつけてやりますから!」
その短いやり取りに、
場の空気がほんの一瞬だけ、緩んだ。
「オマエ、支援、した?」
カナエが改めて聞く。
「……え」
「支援。何を?」
タニシの口が開いたまま、閉じない。
言葉が、出てこない。
「生存しただけ」
カナエは淡々と続ける。
「正解じゃない。成功でもない」
視線が、俺に向く。
「助ける側だったつもり?」
胸が、きしんだ。
「……はい」
「違う」
即答。
「助けられてた。
それも、軽傷の事故を大事にしかけただけ」
俺はムーニャンの髪を撫でた。
小さな呼吸。
確かに生きている。
――助ける側だったのに。
助けられていた。
「本命の回収に行く」
カナエは立ち上がる。
「ついてくるなら、邪魔しないこと」
最後に、タニシを見る。
「次、逃げたら置いてく」
「り、了解でござる……!」
引きつった笑顔。
軽すぎる返事。
俺は思った。
こいつは、逃げる。
それが、こいつの正しさだ。
夜は、まだ終わらない。
(つづく)
後書き(第11話)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
タニシの裏切り行為について
・敵前逃亡
・助けない選択
・理由の説明もなく、背を向ける行動
この段階では、
彼はまだ「小物」で、「卑怯」で、「最低なやつ」です。
でもそれでいい、という設計になっています。
一方で、
リコーラーのカナエは“助けるために来たわけではない”立場であり、
それでも結果的に主人公たちを救う、という歪な関係性に置かれました。
また、
ルステラや三体の神権AIは、
この時点では「判断」ではなく「観測」と「違和感」の段階に留めています。
世界の方が、まだ答えを出していない状態です。
そしてナツ。
彼女は今回、戦力ではなく感情の基準点として配置しています。
普通の感覚、普通の怒り、普通の恐怖。
それがどれだけ貴重かを、少しずつ示していく役目です。
主人公・現在のステータス(第11話終了時点)
※一般冒険者視点/ギルド表示準拠
名前:NO NAME(通称:マスター)
等級:白磁
レベル:測定不能(表示抑制)
HP:低下中(応急処置済)
MP:不明
状態:疲労/精神負荷(中)
表示外パラメータ
SAN値:低下傾向
カルマ値:変動中(判定保留)
所持アイテム・装備
現代由来Tシャツ(AKIBA GAME PARADISE)
簡易治療具(残量少)
冒険者タグ
不明なログ断片(自動取得/内容未解析)
次回以降、
「逃げた代償」は必ず戻ってきます。
それが罰なのか、救いなのかは――まだ分かりません。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




