第6話 おじさん、ローグライクで安全確認しただけなのに ――人間のほうがよっぽどバグってる件 修行①
前書き
第6話です。
今回は全体的にコメディ寄り……に見えて、
**「人間のダメさ」「逃げ方の種類」**をかなり露骨に描いています。
ナツはこの話で初めてしっかり前に出ますが、
彼女はあくまで 読みやすさ担当。
難しいことは考えず、直感で「おかしいものはおかしい」と言う役です。
一方で、
無念・イツキ・フー子といった面々は、
それぞれ別の角度から「アウト」を突きつけます。
そして後半、
レイの一言で話の空気が変わります。
次回はいよいよ修行編本格スタート。
神権AI三体も、少しずつ無視できなくなっていきます。
それでは本編をどうぞ。
おじさん、ローグライクで安全確認しただけなのに
――人間のほうがよっぽどバグってる件
レイが《るすと》に来てから、数日が経った。
酒場はいつも通り騒がしく、冒険者たちはゲームと酒と雑談に興じている。表面だけを見れば、何も変わらない日常だ。
だが、俺には分かる。
どこかが、ズレている。
カウンターの端。
レイは今日も酒を口にせず、ただ静かに店内を眺めていた。視線は固定されない。誰か一人を見るでもなく、全体を、均等に、淡々と。
観測。
そんな言葉が、頭に浮かぶ。
その昼下がり。
酒場の扉が、勢いよく開いた。
「戻りましたー!」
やけに通る声だった。
振り向くと、軽装の前衛装備に身を包んだ女性冒険者が立っている。日に焼けた肌、無駄のない体つき。長く現場にいた人間特有の、余計な力の抜けた立ち方。
――ナツ。
その名前は、俺も知っていた。
ギルマスやイツキの帳簿、冒険者ログに何度か出てくる。
長期ダイブ専門。
外縁探索。
帰還まで情報遮断。
だが、顔を見るのは初めてだ。正直美しい、というのは違う気がするが、健康的でとても魅力がある。
多分自分が、ずっと引きこもりのような生活を送っていたから、ああいう健康的な女性にはどこか惹かれてしまうのだろう。と自問自答しているとナツが口を開いた。
「長期ダイブ、無事帰還っす!」
「外縁、地味にキツかったっすけど、生きて帰ってきました!」
周囲から、労いと冷やかしの声が飛ぶ。――それにしても長期ダイブとは。この前、不毛の大地に少し踏み出して萎えてしまった俺とは大違いだ。やはり彼女は尊敬できる。異性というより、人として。
「よく生きてたな」
「また世界の端見てきたのか」
ナツは笑いながら応じ、ふと、俺の方を見た。
「あ」
「もしかして……マスターっすか?」
不意に振られて、少し戸惑う。
「え、ああ……そうだけど」
「初対面、だよな?」
「はい!」
「噂は聞いてます、先輩!」
噂。
その言葉に、肩の奥がわずかに重くなる。
「長期ダイブ中は、ほぼ情報遮断なんで」
「戻ってきて、やっと最近の話をまとめて聞いた感じっす」
なるほど。
この世界では、珍しくない話だ。
だから――
「……あれ?」
ナツの視線が、酒場の一角で止まった。
そこにいたのは、ニヤついた顔で女性陣を眺めている男。
タニシ。
「……誰すか、あれ」
空気が、一拍遅れて固まる。
イツキが帳簿から目も上げずに答えた。
「最近入り浸ってる厄介枠」
「深く関わらないほうがいいよ」
ナツは数秒だけタニシを観察し、即座に顔をしかめた。
「……俺、こいつ無理っす」
「初対面ですけど、無理っす」
判断が、早すぎる。
「早くない?」
「早いっすけど」
「目と動きで分かります」
「距離感、おかしい人っす」
体育会系の直感は、だいたい正しい。
その直後。
「拙者、初めましてでござるな!」
タニシが、にじり寄ってきた。
だが、その動きを止めたのは、別の声だった。
「……ねえ」
無念が、腕を組んで立っている。
視線は真っ直ぐ、タニシ。
「こいつさ」
「さっきから、ワタシのおっぱいじろじろ見てくるね」
――空気が、落ちた。
「な、なにを言うでござるか!」
「拙者、そのような――」
「見てるよ」
「三回」
「……いや、四回」
無念は指を折り、淡々と続ける。
「目線、ここ」
「次、顔」
「また、ここ」
ナツが一歩引いた。
「……俺、やっぱ無理っす」
「先輩、これ無理っす」
ミツキが困ったように視線を逸らす。
その横で、イツキが深くため息をついた。
「……はぁ」
帳簿を閉じ、前に出る。
「ねえ」
「アンタさ」
声が、低い。
「見たいんなら、直接言ってこいや!」
言葉が、叩きつけられた。
「欲情するなとは言わない」
「それ、人間だし」
イツキは、はっきりと言う。
「でもね」
「隠れてやるな。堂々と断られろ」
タニシは、言葉を失った。ずっと土下座していてももはや誰も見ていない。あるのは女性陣の侮蔑の表情だけだ。
「安心しな」
「ログ、全部残ってる」
「角度」
「滞留時間」
「視線移動」
「見てた事実だけ、正確に」
その日の夕方。
洗濯物の枚数が合わないことが発覚した。
フー子が煙をくゆらせ、笑う。
「無念にも……」
「おぬし、まったく無念なやつじゃのう...」
事件はこれで終わらなかった。
翌日、盗撮未遂。
裁定。
監視。
接触禁止。
それらを、レイは何も言わず見ていた。
その背後で、見えないログが静かに更新される。これは、、3つのAIとかいうやつか?
――観測ノイズ:上昇。
――倫理判定:揺らぎ。
――戦闘介入:不要。
人間的すぎるコメディ現象。
だからこそ、介入しない。
ルステラがいう。
「マスター、ニンゲンの異常な行動に私の中のナニカが反応しているヨウです」
そういわれてもな。とりあえず俺は今日のノルマをどうするかしか考えていなかった。
その夜。
俺はノルマクエストとして、ローグライクを選んでいた。
「その選択は、合理的だ」
背後から、レイの声。
「だが」
「それで、何を測っている?」
沈黙。
「彼は、欲に逃げる」
「お前は、安全に逃げる」
胸が、少し痛んだ。
「結果は違うが」
「構造は同じだ」
「実力を見たい」
「……面を貸せ」
俺は深く息を吐いた。
そして、レイに導かれるまま、
酒場の裏口を抜け、荒れた不毛の大地へと足を踏み出す。
荒野に、細い杭が点々と立っていた。
白い布が絡まり、風に鳴る。
近づくと、金属の札が一枚、ぶら下がっていた。
レイは足を止めない。
「ここは、回収が遅れる」
それだけ言った。
遠く、修行用の隔離フィールドが、薄く光っていた。
ローグライクで済ませときゃよかった。
心の底から、そう思いながら。
今回は
**「人間的すぎるノイズ」**の回でした。
・欲に逃げる者
・安全に逃げる者
・正論で殴る者
・数字で断罪する者
どれもAI的に見れば非効率で、
だからこそ 今はまだ“介入しない”。
しかし、この「どうでもよさそうなコメディ現象」が、
次の段階では観測対象として無視できなくなっていきます。
次回、
レイとの修行が本格化し、
マスターは「安全に逃げる」という選択肢を奪われます。
そして――
ミル/バル/エティは、
同時稼働という“例外”に、少しずつ近づいていきます。
主人公の現在のステータス
名前:NO NAME(通称:マスター)
等級:白磁(はくじ|)
レベル:2
基本ステータス
・力:低
・守り:低
・速さ:普通
・賢さ:やや高
・運:不安定
特殊ステータス
・危険度:上昇中(※管理側のみ表示)
・観測度:微増(※イツキ・上位観測者のみ参照可)
スキル
・《オーバードライブ Lv.1》(未使用)
※観測/戦闘/倫理を同時最大稼働させる異常スキル
※次回以降、使用条件が揃い始める
制約
・《L.L.R.(Low Level Representative)制約》
低位成長固定/解除不可
装備・所持品
・特筆すべき戦闘装備なし
・ギルド酒場への自由出入り(非公式・黙認)
・ローグライク用簡易データログ




