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【短編小説】のび太 THE 世田谷線1994

掲載日:2025/12/16

 どうせ暇ならおれの話でも聞けよ。

 線路に置き石をしている少年がいたんだ。

 雨の降った次の日で、空は青く晴れ渡って穏やかな風が街を撫で転がしている日だったな。

 赤茶色い錆の浮いた音痴な遮断機の側で、灰色の敷石を拾っては積み上げる少年を見たおれがどんな言葉で彼を嗜めようか考えているうちに、鈍黄色の遮断機が降りて京王線特急が通過すると置き石を弾いて少年の頭を破裂させた。

 だからそれは別におれのせいじゃない。

 少年が死んだが別におれのせいではない。

 そいつが勝手に死んだだけだ。

 それに別に自殺と言うわけじゃない。

 おれは見ていただけだ。

 そして少年の頭を弾いた石を拾っただけだ。

 石は血まみれで赤い宝石のように輝いていたよ。

 持って帰ろうかと思ったけれど、家には置く場所が無いのでやめたんだ。

 血は鉄分が不足している味だったね。

 ベタつく指をスラックスに擦りつけたから、あとはどうでもよくなったよ。


 悲しいのは嫌いだ。

 だから気の狂れたフリをしてみた。そうしたら誰も誘ってくれなくなった。

 それは仕方がない。

 あの頃の世田谷線には気の狂れた奴らがいっぱい乗っていたけれど、そんなことはほとんどの客が忘れている。

 覚えている価値が無いと言うことだ。

 つまり彼らには生きている価値がなかったし、でもそれは痩せっぽちで眼鏡をかけていたおれが知らない気狂いに「のび太くん」と言われた逆恨みでもない。

 おれは狂っていないと思うけれど、もしかしたら間違っているかも知れない。

 じゃあどこから狂っていたのか、おれには知る由もない。

 アンタはどうだ?川の始まりを見たことは?


 いま考えてみると、おれをのび太くんと呼んだ気狂いはいまのおれかも知れない。

 人生最悪の日にはそんな気分になることもあるってだけで、実際に見ず知らずのガキにそんな事を言ったりはしない。

 少なくとも言った記憶はないが、おれが狂っていたのならその限りでは無いな。

 世田谷線はステップ式の車体も木の床も天井の扇風機も運賃回収箱も緑色の長椅子も全部やめてしまったし、おれも制服から平服に変わった。

 だが下高井戸駅の急なカーブは変わらず、夏場になると線路脇に設置されたスプリンクラーから放射状の水を出して鉄の車輪を迎え入れている。

 おれも8の字の先端から乳白色のオイルを飛ばしてはギシギシと音を立てているよ。


 別に何かに書き残さなくなってこんなことはずっと覚えているし、まぁ忘れる価値もないからこのままだろう。

 でもそれはおれの始まりだったかも知れない。

 それはおれが初めてひとりで乗った電車だから、たぶん間違い無い。

 おれは学校に辿り着けなかったし、なんなら学校の名前も分かってなかったんだ。

 そう言う意味ではとっくに狂っていたのかも知れない。

 おれは女学生に連れられてどうにか学校に辿り着いた。それは真希波だったかも知れない。

 でもそれは婢忌波だったのかも知れないんだ。

 なぜって、おれが挿絵の無い本を読んでいる事を面白がった男たちはみんな死んでしまったし、おれは木製の床に転がって腹痛に耐えながら空を見ていた。

 それは女学生のスカートで遮られていて、奥の方に白い月が見えたけれど、家に帰って「今日、電車で気狂いの男にのび太くんに似ているねと言われた」と話したら、両親は大きな声で笑って確かに似ていると言ったから、世界を破滅させようと思った。

 でもおれにはドラえもんがいないし、だから地球破戒爆弾も無い。

 その日の晩飯の味は覚えていない。


***


 女学生とはもう出会えない。


***



 下高井戸駅を通る京王線の遮断機の下にしゃがみ込んで、線路に敷石を積んでいる少年がいた。

 それを見た線路脇の踏切番のおじさんが軽い警笛を鳴らした。

 驚いた少年は石の山を崩して走り去った。

 少年の短い世界が終わった。

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