第9話 テスト終了①
「……やっと……」
最後の回答用紙が教壇に全員分集められたのを見届け、僕は肩の力を抜いた。
教室中にピンと張っていた空気も弛むのを感じる。
昨日今日と寝不足であることこの上なかったにもかかわらず、本番中は不思議と恐ろしく目が冴えていた。気が抜け、瞼をパチパチと開閉を繰り返す。
高校生になって初のテストは無事に……とは言い難いが、とりあえず終了した。
「麻人、お疲れ」
机に突っ伏していた顔をヨロヨロと上げると、悠生が僕の机の前に立っていた。
「お疲れ……。 いやもう、本当に感謝してる。 ありがと悠生」
「珍しく電話きたからどうしたのかと思って驚いたけど。 役に立ったならよかった」
「テスト二日前とかギリギリだし馬鹿すぎっていうね……。 悠生に教えてもらったところ、ちゃんと出てきた時声出そうになった」
「そんなに?」
ふっと笑う悠生につられて僕もへらりと笑う。
理数はほぼ諦めていたけれど、基礎問題すら手に負えない状態であるのはさすがに危機を感じたので、満遍なくこなす悠生に頼み込んだ。
悠生は自分の勉強があるだろうに二つ返事で引き受けてくれて、電話越しに解き方や出題されそうな問題などを丁寧に教えてくれた。
桜井たちのいる勉強会に再び誘われることもあったけれど、気まずさのあまり勉強どころではなくなると思い断っていた。
そうした手前、悠生に頼るのは躊躇われたし申し訳なさもあったのだが、快く頷いてくれた悠生には頭が上がらない。
「お疲れさま〜、一式くん。 川辺くんも」
声をかけてきた桜井に頭をぺこっと下げる。
当たり前のように藤浪と織田もいた。
「お疲れさまです。 一式くん、手応えのほうは……なんて聞かなくても問題はありませんよね。 あなたのことですから」
「まあ、大丈夫だと思う。 空欄は作らないようにした」
「おーすげー。 うちは穴ぼこ結構あったかも。 わべっちは?」
「へっ? ……あっぼっ僕、も空欄は目立つ、かも……です」
急に織田から話を振られ、ボソボソとした話し方になってしまう。
三人とも悠生が目当てなのだろうし、彼にだけ話しかければいいのでは……。
「てか、わべっち隈できてない? 目の下うっすらだけど黒いよ」
織田が僕の席に両手を乗せ、ぐっと身を寄せてきた。
僕の視界いっぱいにあどけなさの残る顔が広がって、思わず呼吸が止まる。
桜井の時は花のような香りだったけれど、織田は甘い香りがする。バニラだろうか。
「もしかして徹夜した? ギリギリまで勉強頑張ってたとか」
「……、………っ⁉︎」
「あはっ、口パクパクさせてんのウケる」
あ、う、といった声さえも出ず、ただ口を動かすだけになってしまう。
顔に熱を感じるから絶対赤くなっている。
僕の気など知らず、織田はカーディガンの袖から覗く細い指で僕の頬をつつく。
ここが人前だと知っての所業か?鬼か?
「織田、そろそろ離れてやってくれ。 その距離感が普通なのかもしれないが、麻人は耐性がない」
「ん、ごめーん」
「全く反省の色が見えませんね」
悪びれる風もない織田に藤浪があきれた目を向ける。
テスト勉強のことと言い、悠生にまた借りができてしまった。
今度何か奢ろう。
「ところで、二人はこの後もう帰るの?」
「俺はその予定だ。 麻人は?」
「同じく……です」
「そうなんだ。 私たち、これからお昼食べに行こうって話してたんだけど、二人もよかったらどう?」
テスト本番は午前のみで午後は授業がない。
あとは帰るだけ……と考えていたのだが。
「何の話してんの?」
気さくな声と共にやってきたのは真島だった。
一瞬悠生に向けた瞳が鋭利であることに気づいたのは、僕だけかもしれない。
「私たちと一式くんたちとでお昼食べに行かないかって話してたんだ」
「へえ、いいじゃん。 俺も混ざっちゃ駄目?」
「ううん、全然。 皆はどう?」
「私は構いませんが……」
「まー美礼以がいいなら。 うちもそれでいいよ〜」
「よっしゃ! んじゃよろしくぅ」
嬉しそうににっと笑う真島。
彼らが行く場所について話し始める中、僕と悠生は顔を見合わせる。
悠生と僕が参加するの、確定事項になってませんか?
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「麻人、本当によかったのか?」
道中コソッと悠生に聞かれて頷いたけど、あれは仕方ない。
真島が話に加わってから、完全に悠生と僕が参加する流れだった。
あの空気で断るのも駄目な気がした。
それに僕は一度、真島の裏の顔を見ている。
悠生をよく思っていない彼が参加することに一抹の不安があった。
僕たちはファストフードチェーン店に入り、それぞれが注文したバーガーセットを席へと運んだ。
テーブル席には桜井と藤浪、その向かいに悠生と真島。
近くの席がたまたま空いていたのでそこに座ると、向かい側に織田が座った。
桜井と藤浪は悠生と同じ席に、真島は桜井と同じ席になりたかったのだろう。
椅子取りゲームでだんだん人が減る中あぶれるわけにはいかないという、あの妙な緊張感に似たものが三人にはあった。
なんとなく別の席になったほうがいい気がして、ここを選んだのだが……。
「……あの、織田さん」
「んー?」
「桜井さんたちと一緒じゃなくて、いいんですか……?」
「三人で座ったら狭いじゃん」
それはそうなんですけれども‼︎
ポテトをつまむ織田に心の中で叫ぶ。
向こうからは談笑する男女の声。悠生のリアクションは控えめだから、三人だけ盛り上がっているように見える。
実際はというと、桜井と藤浪はときどき悠生に視線をやっていて、それに気づいた真島が別の話題を振って自分に意識を向かせているようだった。
「必死だよねー、あいつ」
僕が思っていたことが目の前から発せられて、ドキリとする。
織田はあちらをちらりとも見ず、バーガーの包みを開いた。
「美礼以も引いちゃってるし。 そんだけ美礼以に自分のほう向いてもらいたいってことなんだろーけど」
「……でも、あんなに話回せるのはすごい……と思います」
「うちは話聞いてばっかの身にもなったら、って思うけどね。 てかそう言うってことは、必死だとは思ってるんだ」
「あっ、えーと……」
あきれているようにも、なんとも思っていないようにもとれる声で言う織田におそるおそる返すと、悪戯っぽく笑われた。
どう返せばいいのか迷った挙句、ジュースに手を伸ばす。
ラブコメに出てきそうな美少女との一対一はどうしても緊張する。渇いた喉に白ぶどうの炭酸ジュースが流れていくのが心地良かった。
「わべっちはさ、こういうとこよく来る?」
口元についたソースを拭いながら織田が聞いてくる。
「えっと……たまに、ですかね」
「誰と来んの? やっぱイッシーか」
「いや、悠生とはあまり……。 いぶ……弟と」
「え、弟いんの? どんな子どんな子?」
織田は僕に弟がいるというところに興味を持ったらしく、瞳をキラッと光らせた。
やけにいろいろ質問してくる織田に戸惑いながら、僕は伊吹について話す。
弟のこととなるとするすると言葉が出てきて、自分でも驚くほど滑らかに喋っていた。
「中学入ってからちょっと冷たくなったんですけど、全然気にならないくらい良いとこばっかっていうか。 前にここ来た時は、僕が食べたいもの迷っていたら自分は片方頼むからこっちにしたら、とか言ってくれて」
「へ〜……。 仲良いんだ」
「はい、たぶん……。 あっちはそう思ってくれてるかわからないですけど」
「いや、仲良いって思ってなきゃ一緒に出かけるとかしないって。 すれ違ってるカップルか」
「ええ……?」
変なツッコミを入れられたのがおかしくて、つい笑ってしまう。
ふと、さっきよりもずっと楽な心持ちでいることに気づいた。
「……ね、わべっち。 弟くん以外に好きなものある?」
織田が瞳を細めて聞いてくる。
その声は心なしか先ほどよりも柔らかく、いいことでもあったような雰囲気だった。
「お、弟以外の好きなもの……?」
「何でもいいよ。 いろいろ喋ろーぜ〜。 あ、ちなみにうちの好きなものはー……」
そちらから聞いてきたというのに、僕より先に自分の好きなものを話し始める織田。
彼女の緩い空気感にはまだ慣れないが、不思議と胸が温かい。
僕はその後も織田と他愛ない話をした。
悠生や伊吹の時とちがって話し方はぎこちなさが目立ったが、それを気にするよりも楽しんでいる自分がいた。




