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第7話 悩める弟

 今日はある意味いろいろあったが、無事に放課後を迎えた。


 まさか陽キャから圧をかけられることになるとは思わなかった。




 生徒が散っていく中、悠生はまた桜井から声をかけられている。あとから藤浪もやってきていた。


 また勉強会に誘われたりしているのだろうか。




 来月がテストだという現実に気が重くなりながら教室を出る。


 現実逃避も兼ねて家で小説の続きでも書こうかと考えていると、スマホがピコンと鳴った。メッセージの通知音だ。


 ズボンのポケットから出したスマホを見ると、送り主は弟の伊吹だった。




〈今、兄さんの学校の近くにいる〉




 どうしたのだろうと思って文面で訊ねる。


 返事はすぐに来た。




〈あそこの図書館で借りた本、期限が今日までだったから〉




 僕の高校から歩いて十分もかからない距離には市立図書館がある。


 伊吹が以前、そこに本を借りにいったと話していたことを思い出した。


 直接書いてはいないが、ついでに一緒に帰ろうということだろうか。


 あいつのことだから、兄の高校近くを通ろうと用事を済ませたなら先に帰りそうだけど。




〈わかった。 これから出るとこだから、一緒に帰ろう〉




〈うん〉




 伊吹の短い返信を確認し、昇降口へ向かう。


 校門の外に出たところで弟の姿を見つけ、声をかけようとした。




「たぶん中学生……だよね、あの子。 すっごい美形じゃない?」


「クール系美少年とかガチでいるんだ……。 うちの校門前にいるけど、誰か待ってるのかな」


「もしかしてうちの学校に兄弟いるとか⁈」


「お兄さんかお姉さん……どっちも美形だったりして」




 二人の女子生徒が、そんな会話をしながら僕の前を通り過ぎていく。


 彼女らの他にも伊吹に視線をちらちらと向けている生徒がいた。


 忘れていたわけではないが、伊吹は整った容姿をしている。


 ただそこに立ってスマホを見ているだけで、少女漫画のワンシーンが出来上がってしまう。




 まさかこんなド陰キャ丸出しの奴が兄だなんて、通り過ぎる人々が思うわけがなく。


 非常に声をかけづらくなっている僕より先に、伊吹がこちらへやってきた。




「兄さん。 今来たんだ」


「えっ、ああ……うん。 待たせてごめん」


「別に、そんなに長くはなかったし。 ……その間にかなり人目に晒されたけど」




 低くぼそりと呟かれた言葉に、ちくりと胸が痛む。


 成長するにつれて人の視線を浴びるようになった伊吹だが、本人は煩わしく思っているようだった。「クラスでも常に誰かから見られていて疲れる。 慣れたけど」とこぼしていたこともある。




 僕はそこで、引っかかっていたものの正体に気づいた。


 人から視線が浴びることが嫌なら、わざわざ僕を待っている必要などない。近くまで来たから、なんていう連絡も寄越さないはずだ。


 それでも伊吹がそうしたのは……。




「じゃあ行こう。 ……兄さん?」




 歩き出そうとした伊吹を見つめ、僕は訊ねる。




「伊吹さ、今日何かあった? ……や、何もないなら僕の勘違いでいいんだけど」




 透明な長方形の窓の奥がぱちりと瞬く。


 伊吹は眼鏡のブリッジを押し上げながら、瞳を斜め下に向け「何も」と答えた。


 これは何かあった時の伊吹の癖だ。




 僕は敢えて聞かず「そう」とだけ言って伊吹と歩き出した。


 並ぶと弟の成長がはっきりとわかる。身長はギリギリ僕のほうが勝っているが、いつ追い越されるかわからない。


 ただでさえ兄らしさが足りていないという自覚はあるから、つい焦ってしまうのだ。




 学校からある程度離れると、伊吹がぼそっと言った。




「……学校出る前、さ」


「うん」


「クラスメイトの女子から、空き教室に呼び出されて。 「前からかっこいいと思ってた、付き合ってほしい」って……まあ告白だったんだけど。 特に関わったこともなくて断ったら、どうもその人自分の容姿に自信のある人らしくてさ。 なんで付き合ってくれないのか、って不思議そうに聞いてきて」




 伊吹は重く息を吐き出してから、言葉を続けた。




「たしかに可愛いほうだったと思う。 でも、それだけ。 話したこと一度もないし。 大方僕の見た目が良かったからってだけだろうと思って、そのまま返したんだ」


「お、おお……」




 僕に対してもそうだが、伊吹は思ったことをストレートに言う。


 遠慮なんてものは一切なく、他人だろうが身内だろうが関係なくぶつけてくるのだ。


 綺麗な顔立ちも相まって言葉の冷たさ、鋭さは二倍。とっつきにくい印象を与えるのもそれが要因だろう。




 告白してきた女子の反応をなんとなく予想しながら伊吹が話すのを待つ。




「その人、明らかに狼狽えたかと思ったら泣き出してさ。 冷たいとか、俺に人の心なんか一生わからないとか言いながら。 しかもそこに友達の女子まで来て、同じようなこと散々言われた」


「ああ……」


「図星突かれたら泣いて、こっちを集中砲火とか小学生かな。 どうせああやって守り守られの関係なんか、女子はすぐに崩れるくせに」




 喋り方は淡々としているのに、しっかり苛立っている。


 伊吹は冷静に見えて意外と沸点が低いから、少しでもストレスが溜まると言葉が強くなる。


 今日はそれを吐き出したくて僕の高校に寄ったのかな、と思っていると伊吹の足が止まった。




「……兄さんも」


「ん?」


「––––兄さんにも、そんなに冷たく見える? 俺って」




 先ほどよりも小さい声だった。


 震えてるわけでも、話し方が変わったわけでもない。


 でも、僕は伊吹を近くで見てきた。他の人よりはわかっているつもりだ。 




 伊吹が珍しく僕と帰ることにした理由を理解し、彼と向き合う。




「そんな風に見たこと、僕は一度もない。 思ったことちゃんと言えるのは伊吹の長所だし、すごいと思ってる。 無理に直す必要とかないよ」


「……」


「根っから冷たい人間なわけないのに。 そんなだったらこうして悩んでないじゃん」


「悩んではないから。 ちょっと気になった程度」


「……っ、ふ。 そうだな、ごめん」




 下に向いていた視線を上げてムッとしたように言う伊吹。


 強がっている様子が昔転んだ時の小さい姿と重なって、笑みがこぼれた。


 これならすぐにいつもの伊吹に戻るだろう。




 伊吹が早足で歩き出し、僕もそれに着いていく。


 隣に追いつくと伊吹が言った。




「ありがとう、兄さん」




 普段よりも幼く見えた横顔はすぐにそっぽを向かれてしまった。


 わずかだが身長差のある頭に手を置こうとすれば「今撫でるのなし」という声が返ってきて、苦笑しつつ引っ込める。


 今でなければ撫でることは許可するらしい。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「ねえ一式くん、テスト終わったら一緒に遊ばない? 都合のよさそうな日って……」


「みっ、美礼以? 一式くんに近づきすぎじゃないですか」


「そうかな? 理帆ちゃんだって他の人といる時より近いと思うけど」


「ちがいます! これは……並んで歩いているんだから仕方ないでしょう」




 校門から出てきたのは、前髪で目元を覆った背の高い男子と、彼の両隣を歩く美少女。これから帰るところである一式悠生、桜井美礼以、藤浪理帆だ。


 昨日に続いて彼女らから勉強会の誘いを受けた悠生だったが、今日は帰ると断るとそれなら途中まで一緒にと三人で下校することになったのだ。




 美礼以と理帆の会話を聞いていた悠生は、狭いのであれば自分が二人の後ろを歩くと言う。二人が慌てたようにそんなことをしなくていいと言うので、そのままでいた。


 麻人といる時はここまでにぎやかではないな、とここにはいない友人を思いながら前を向くと、少し離れた位置に並ぶ二人の男子が見えた。


 片方は学ラン、もう片方は悠生の高校の制服を着ている。




「……麻人?」




 悠生より先に学校を出た麻人が、中学生らしい相手と話していた。


 距離があるため会話内容はわからないが、親しげな雰囲気であることは悠生にはわかった。


 麻人が笑っているからだ。




「どうしたの、一式くん。 あ、川辺くんがいたのかあ」


「隣の方は中学生のようですが……。 一式くんの知っている方ですか?」


「……どうだろう」




 両隣からの声にぼんやりと返しながら、悠生は前方から目を離さない。


 麻人の横にいる人物に心当たりはあった。悠生以外と関わるところをあまり見ない彼が、自然に笑えるほど親しい間柄。




「––––一式くん、行こ?」




 ブレザーの袖を引かれたほうを向けば、美礼以がこちらを見上げていた。


 二人の足も止めてしまっていたことに気づき、謝れば首を横に振られる。


 良い友人たちに恵まれたと思い、悠生は歩き出した。


 胸に小さな(とげ)が刺さったような違和感は拭えないまま。






「……見てたなあ。 すごく」


「桜井? 何か言ったか?」


「ううん、何も!」

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