第3話 気のせい。そうであれ。
まさかモブであるべき人間が、ラブコメでお馴染みの場面に介入してしまうことになるなんて誰が思うだろうか。
僕は自分の席でラノベを開きながら、昨日の下校を思い出していた。
帰宅してから今まで、あれは夢だったんじゃないかといまだに疑っている。
藤浪と織田のオーラがすごすぎて、自ら存在を薄くする必要がないくらいだった。冗談抜きで消えそうになった。
桜井とは昼休み同席の件の間に少しだけ話したことがある程度だが、彼女たちとはゼロ。無理である。
救いだったのは彼女らの狙いが悠生だったことだ。
藤浪は悠生をずっと見つめているかと思えば、彼から視線を向けられると目を逸らしていた。織田もさりげなくボディタッチをしたり、話題に気になる相手がいるかを混ぜたりしていたし。
現段階では僕の予想でしかないが、ほぼ確定ではなかろうか。
ここ最近、やけに悠生に近づいてくる桜井も二人と同じなのだろう。
なんだこれは。見事にラブコメな矢印の向き方じゃないか。
「……マジですごいな」
ポロッとこぼれた言葉にはっとし、口を押さえた。
さっと周囲を確認する。朝に集まっているクラスメイトはまだ半分もおらず、各々で固まっていたり僕同様に読書をしていたりと、こちらの独り言に気付いた様子はない。
影が薄いことに自負はあるのに、人の目は気になるという矛盾。
まあいつの日か直るだろうと何の確証もない希望を抱き、今度こそラノベに集中した。
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悠生が相変わらずヒロイン格たちに囲まれたり、個人個人に話しかけられているのを見かけつつ学校生活を過ごすうちに放課後になった。
「今日は三人と勉強会をしようということになったんだ。 麻人もどうかと思って」
「川辺くんもよかったら一緒にやらない? 来月は定期テストがあるし、わからないところを教えあえたら理解も深まると思うの」
なんてことないように聞いてくる悠生の後ろには、昨日一緒に下校した藤浪と織田。そこにもうひとり––––桜井の姿があった。
いちモブでしかない野郎にまで親しみやすい態度で接してくれる桜井が眩しい。
「あ、えっと今日はちょっと、よ、用事が……」
「そうなのか?」
「残念。 じゃあまた今度ね」
「は、はい。 それでは……っ」
挙動不審全開でその場を後にする。
昨日消えかかっていたというのに、ヒロイン格が揃ったところに混ざってしまえば、あの時以上の場違い感に襲われて死ぬ。
あと陰キャに顔面SSR勢は眩しすぎます。ハイ。
小走り気味になりながら階段を降り、下駄箱から靴を出し履き替える。
昇降口、校門を過ぎたところで息を吐いた。
用事があるからと断ったものの、実際予定は何もない。部活にも入っていない。
この時間は悠生といることが普通だった。
近くのコンビニに寄って唐揚げや肉まんを買って歩きながら食べる時もあれば、教室に残ってお菓子をつまみつつのんびり駄弁るだけの時もあった。
それが最近減りつつある。
中学の頃から唯一の友人と呼べる存在に、春が訪れようとしているのだ。
それに桜井たちとの交流をきっかけに、悠生の人間関係が広まるかもしれない。悠生も彼女らと関わることに嫌がるような素振りは見せていないから。
ゆえにここは喜ぶべきところであって、寂しく思うところではない。
本来は日に当たる側の人々といるべきだとわかっているじゃないか。
足取りが重くなりかけ、音楽でも聴こうとポケットのスマホに手を伸ばす。
最近見たラノベ原作の異世界転移もののアニメが面白く、そのオープニングが特に気に入っている。
曲調に疾走感があってかっこいいんだよな……って。
「あれ……え、ない」
ポケットに入れたはずのスマホがなかった。
学校に忘れてしまったのか。
だけどいつ……と考えたところで、思い当たるものがすぐに出てきた。
悠生に一緒に帰らないかって言われたときだ……。
動揺しまくったせいでスマホを席に置いてきてしまった。
自分の愚かさにため息をつきつつ、来た道をUターンする。
まだ学校にいる悠生たちとすれ違うかもしれないことを思うと気まずいが、仕方ない。悠生に嘘をついた罰だ。
幸い学校からはそこまで離れていなかったため、すぐに着いた。
二階へと上がり、自分のクラスである一年二組の教室へと向かう。ほとんどの一年生は帰ったか、部活動に行ったかで人の気はあまりない。
戸の前まで来たところで話し声が聞こえてきた。
桜井たちの声だとわかり、さっきの今で顔を合わせると思うと気が重くなる。
さっさとスマホを回収して去ろうと、戸を少し横に動かしたときだった。
「––––私は一式くんのことが好き。 里帆ちゃんとせいらちゃんでもこれは譲れない」
はっきりとそう聞こえたのは桜井の声。
すわ告白か、と思わず覗くと、中には桜井、藤浪、織田の三人のみ。
教室の中央で席を固めたところに三人はいた。一人分空いているのは、悠生がどこかへ行ったためだろう。
彼女たち以外いない教室の空気は張り詰めていた。
「前に二人にも話したでしょ? 私が知らない男の人に絡まれて、それを一式くんに助けられたこと。 それまであまり喋ったこともなかったのに、一式くんは私を助けてくれた。 怖くてパニックになった私のそばに落ち着くまでいてくれて……」
懐かしむように語る桜井。
それを聞きながら僕は内心でやっぱり、と頷く。
ラブコメの主人公がヒロインと接点を持つのは、ヒロインが何かしらのピンチに遭いそれを助けるところが多い。
悠生も誰かが困っている場面に遭遇しがちだ。ゆえにワンチャン起きているのではないかとうっすら考えていたのだが……ビンゴだったとは。
「私も……一式くんに救われました。 中学時代、クラスで委員長を務めていた時です。 あの頃の私は今以上に気が強くて、クラスをまとめなければと思うあまりから回っていたりして。 そのせいで周りと馴染めず悩んでいた時に、一式くんが声をかけてくれたんです」
藤浪は悠生、僕と同じ中学だったな。
クラスで意見を出し合う機会があると、いつも藤浪が話し合いの進行を務めていた。
ひとりひとりに声がかかる中、僕だけ名前を呼ばれなかったこともあったっけ……。
「一式くんは私の話を聞いてくれて、優しい言葉をかけてくれました。 あの時から私は……。私だって譲れません」
桜井の想いのこもった強い視線に臆することなく見つめ返す藤浪。
それまで二人のやり取りを黙って眺めていた織田が口を開いた。
「二人ともイッシーにマジじゃんねー。 まあ実際、良いとこ尽くしみたいなとこあるしなあ。 うちは見た目ちっちゃいけどそれなりに経験あるし、隙あらば……ってこともあるかもよ?」
普段通り呑気そうな口調ながら、言葉は挑発的なものが含まれている。
織田は中学から交際経験があると噂で聞いたことがあったが、本当だったらしい。
計算なのか天然なのかわからないあざとさを持つギャルに、一体何人がやられたのか……。
織田の煽りに表情が桜井と藤浪の表情が険しくなる。
かと思えば、三人の笑い声が教室に響いた。
緊張感が高まった途端解けた空気に、様子を窺っていた僕も知らず入っていた力が抜けるのを感じた。
「ふふっ、負けないよ〜? 絶対に私が一式くんの彼女になって、妻の座も勝ち取って一生を共にするんだから」
「中学から面識のある私のほうに利はあるかと。 今後とも末永くいる相手というなら私のほうが相応しいという自負があります」
「おー、いいねいいね〜。 そう来なくちゃ」
…………うん?
僕の耳がおかしくなったんだろうか。
和やかな会話の中に、とんでもないものが紛れ込んでいたような。
両思いですらない相手との未来をさも当然のように望む言葉が美少女の口から出るとか、できれば気のせいであってほしい。そうであれ。
「麻人?」
「うぇっ⁈」
背後からの声に飛び上がる。
その勢いのまま振り向いたところに悠生が立っていた。
「何してるんだ、こんなところで」
「あっ、あー……ちょっとスマホ忘れて。 悠生は勉強会どうしたの」
「本を返すの忘れててさ。 さっき返して、また借りるものを選んでいたら時間がかかった」
片手の本を見せる悠生。
僕は目の前の友人を見ながら先ほど聞こえた会話を脳内でもう一度流し、内容を確認する。
……あれは知られないほうがいいやつかもしれない。




