第2話 ヒロイン格
昼休み。
入学から一ヶ月の間、悠生といつも昼食を食べている時間だった。
最近はそれが少し、いやだいぶ変わってきている。
「一式くん、ご飯一緒に食べない?」
僕が自分の弁当を持って悠生のところに行こうとした時だった。
淡いピンクのランチバックを片手に、桜井美礼以が悠生の席の前へ立つのを見た。花柄のピンを付けた左側の髪を耳にかける仕草にも上品さがある。
その後ろには彼女の友人であり、同じく注目を集める藤浪里帆と織田せいら。
あの二人が一緒に来るの、今日が初めてだな。
「い、一式くんが昼にひとりであることが多いと、美礼以から聞いたので。 クラスの委員長として、クラスメイトと親睦を深めておくのも悪くないですし」
「とか言って〜。 美礼以から誘われて目をキラッキラさせてたのは誰かなぁ」
「なっ……せいらっ!」
のんびりした口調で揶揄う織田のほうへ、真っ赤な顔を向ける藤浪。
そんな二人を見てクスッと笑った桜井が再び悠生を見る。
「今回は二人も誘ったんだ。 人数が多いほうが楽しいから」
悠生は桜井の誘いにまだ頷いてもいない。
断られるとは微塵も疑っていないように聞こえるが、気のせいだろうか。
「……藤浪と織田はともかくとして、桜井は俺と昼休みを過ごすことが多くないか? この二人や他の友達だっているだろう」
「里帆ちゃんやせいらちゃんたちとはいつも一緒にいるけど、一式くんとは最近話すようになったばかりでしょ? 友達のことはもっと知って、仲良くなりたいし」
「友達だったのか、俺たち」
「え⁈ 毎日挨拶するようになってお昼も一緒に食べたりして、それでも友達認定されてなかったの、私?」
今初めて知ったとばかりの悠生の返答に、桜井は驚きの声をあげる。
可哀想に、ショックで固まってしまっている。
しかし石化は案外すぐに解けた。
「……そうか。 ありがとう、桜井。 友達だと言ってくれて」
悠生のかすかに口角が上がる。声も心なしか柔らかい。
目の前の桜井、その後ろにいた藤浪の頬がほんのりと赤く染まる。
織田は珍しいものを見たように「おー」と声をあげた。
「おい、桜井のあの顔見ろよ……。あれって完全に、そういう」
「藤浪さんもだろ。 普段気が強いのに、あんなのギャップがエグすぎるって……」
「美少女の赤面を真正面から浴びてる陰キャが羨ましいとか思ってない、思わない、思うな」
周囲からは念仏のような呟きまで聞こえてくる。
彼らからしたら歯ぎしりするほど羨ましい展開であり、心の底から意味がわからない展開だろう。
哀しき男子たちよ、ラブコメとはそういうものだ。
僕は心の中で頷きながら、なるべく早歩きで教室の扉を目指す。
以前、桜井に何度めかの一緒の昼食に誘われた悠生が、あろうことか僕を同席させたことがある。
まさかの展開に動揺するあまり、全く話したことのない美少女を前にうまく言葉が出ず、突き刺さる周囲の視線にひたすら堪えるという一種の拷問のような時間を過ごした。
普段、ひとりの時間が落ち着くからぽつんとしているように見えてしまう悠生を「コミュ障根暗」と馬鹿にしている者たちよ。これが真のコミュ障だ。
幸い席は名簿順、悠生は廊下側一列目の前から二番目。
僕の席は三列目の後ろから数えたほうが早い。教室から出るところは気づかれなかった。入れ違いになったクラスメイト数人に微塵も見られることはなく通り過ぎ、空き教室へ向かう。
悠生がラブコメ主人公であるとするなら、友人ポジションである僕はそこそこ目立ってもいいのではないか。
それは僕自身に設定的に頷ける特徴があればの話だ。
ラブコメ主人公の友人ポジは大抵、主人公と同レベルのイケメンか気さくでフレンドリーと中身の良さが外面に表れているタイプに分かれる。僕が読んだラブコメもののラノベではその傾向があった。
基本的に何かしらの個性が付与されているのが友人ポジション。だが僕の見た目も中身も個性と呼べるほどのものはない。
影の薄さにはそこそこ自信がある。小学生時代、鬼ごっこやかくれんぼではいつも最後に見つかるか、見つからないまま放置されるかだった。
才能と呼ぶにはあまりにも悲しく、個性と呼ぶには弱すぎる。
今はそのおかげでモブらしく身を潜められるわけだが。
桜井たちに囲まれる悠生が今頃どんな話をしているのだろうかと思いを馳せつつ、空き教室の隅っこで弁当を味わうのだった。
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今日も何事もなく学校での一日が終わる。
その中でラブコメ的生活を送っている友人の様子を垣間見られるというのは、なかなか楽しい。
離れた位置から悠生とヒロイン格三人をひっそり窺う時、自分も物語の一部になれたような気分を味わえる。
「一式くん。 これから皆で遊びにいくんだけど、一緒にどう?」
HRを終わり生徒が散っていく中、桜井美礼以が悠生の席へ行くのが見えた。
藤浪と織田は別々に帰ったらしい。代わりにクラスで目立つ面々が桜井の後ろにいた。
朗らかで親しみやすい桜井は、常に人に囲まれている。
「ちょ、桜井さん? こいつも誘うの?」
「友達だから。 それに、これを機に仲を深められたらいいなって」
「いやあ、十分仲は深まってるっしょ。 クラスメイトなんだし」
制服のブレザーを着崩した整った顔立ちの男子・真島が、脱色した髪の後ろに手をやる。
笑ってはいるが、悠生を見る目は明らかに嫌そうだ。他の生徒も同様に悠生を見ては何かを囁きあっている。
雰囲気に悪いものを感じた。
これは、悠生のところへ行くべきか……。
「––––桜井。 俺は大丈夫だ。 皆と楽しんできてくれ」
陽キャの前に出たあとを想像し、僕の足が固まっていた時だった。
鞄を肩にかけた悠生が桜井にそう言った。
「え……えっ?」
「じゃあまた明日」
「あっ、一式くん……」
「一式がいいって言ってんだし、気にすんなって。 行こうぜ〜」
桜井たちに背を向けた悠生がこちらへ向かってくる。
その後ろに、状況が理解できないといった顔の桜井を促し陽キャ集団が廊下へ出ていくのが見えた。
「帰ろう、麻人」
「いやお前……よかったの? あっちと一緒に行かなくて」
「あっち? ああ……桜井に誘われたの、聞こえてたんだな。 特に強く一緒に遊びたいとは思わなかったし、他のクラスメイトたちは嫌そうだったから別にいい」
「曇りなき眼でそんなはっきり言う?」
「何か変だったか?」
「そういうのではなく……。 うん、悠生がいいならそれでいいんだけど」
首をほんの少し傾け、不思議そうにする悠生。
さっきのことについて本当になんとも思っていないらしい。
これもラブコメ主人公あるあるのひとつ『変なところで鈍感』というものだろうか。桜井が引き止めようとしていることにも気づいていないみたいだった。
まあ、気になっていたのは悠生に対する陽キャたちの態度に傷ついていないかだったから、本人が気にしていないのであればこれ以上言うこともない。
陽キャの前に立つ勇気も持てなかった僕が言えることでもないし。
僕はいつものように悠生と昇降口を出た。
校門付近まで歩いたところで、見知った顔がいるのを認める。彼女らの放つオーラのせいもあった。
その二人のうちひとりがこちらに気づくと、学校指定の黄色カーディガンから手を半分だけ覗かせ、手を振ってきた。
「よーっす、イッシー。 わべっちも」
「奇遇ですね。 ……その、これから帰るところですか?」
そこにいたのはヒロイン格のうちの二人、藤浪里帆と織田せいらであった。
わべっちって……え、まさか僕のこと?
「ああ。 二人は誰かを待っているのか?」
「そ……うだったのですが、つい先ほど都合がつかなくなって。 それで、その、あの」
「ほーらー、早く言いなさいな〜」
「わ、わかってますからっ」
三人が会話をしている間、僕は視線をあっちやこっちに彷徨わせていた。
近くを通り過ぎがてら僕たちを見ていく生徒たちがいるのだ。陰キャには到底耐えられない。
先に行ってしまうと変に思われてしまう。だから早く会話が終わってくれることを待つしかない。
目をキョロキョロさせている時点で十分怪しいのは百も承知だが。
「麻人もそれでいいか?」
「……え、あ、ごめん。 何……?」
突然話を振られ、びくりと肩を跳ねる。
聞き返した僕に悠生が言った。
「二人と途中まで一緒に帰るって話になったんだけど、麻人もいい?」
「うぇ、あ、……うん。 だいじょう、ぶ」
脳の処理が追いつかないまま、目の前の二人を見やりぼそぼそと答える。
普段はきりっとしている藤浪の顔がほんのり赤く、口元が緩みそうになっているのが見えた。
「んじゃ行こ〜」
織田の声と共に三人が歩き出す。
……いったい何故こんなことに。
ラブコメの主人公のような友人とヒロイン格な美少女たちとの下校という、ラノベのワンシーン的な状況。
そこに唯一の異物として紛れ込んでしまった罪悪感を覚えながら、自分の存在を極力薄くすることに専念するほかなかった。




