第10話 テスト終了②
彼の座る席から少し離れた席で、これといって目立った特徴のない男子と髪を二つに分けた可愛らしくも少々派手な少女が向かい合っている。
彼らの空気は和やかで、会話を楽しんでいる様子が窺えた。
「………きくん、……式くん?」
「………」
「おーい、一式くんっ」
耳が自分の名前を呼ぶ声を拾い、自然と移っていた視線を前へと戻る。
前髪越しの視界にこちらを心配そうに見つめる美礼以と理帆の顔が映った。
「……悪い、なんだ?」
「もしかしてどこか具合でも……? 先ほどからときどきボーッとしていますし」
「いや、体調は大丈夫だ。 ただ……昨日はテスト範囲を詰めようといつもより遅く起きてたから、眠気が若干あるのかもしれない」
「……そうだったんだ。 一式くん、焦ってる様子全然なかったのに」
悠生が適当な理由を話すと美礼以はくすりと笑ってから、子供を叱るような口調で言った。
「でも、真島くんには謝っておいたほうがいいよ? せっかく話振ってくれてたのに上の空状態だったから、つまらなさそうに見えたな」
「ああ……。 謝っておく。 その真島は?」
「真島くんはトイレに……あ、噂をすれば」
悠生が理帆の視線を辿ると、ちょうど真島が席へ戻ってくるところだった。
美礼以と理帆に「お待たせー」と笑みを向ける真島に頭を下げる。
「真島、さっきはすまなかった。 いろいろ話してくれていたのに……」
「は? ……あーね。 いや全然気にしてないから、んなマジで謝んなって」
「でも……」
「どうせつまんなかったんだろ? 一式みたいな奴が興味持つ話とか、俺もわかんなかったし」
口調は誰に対しても気さくで好感を持てるものだったが、棘が含まれていることに気づかないほど悠生も鈍感ではなかった。
自分に対する真島の態度が美礼以や理帆、他のクラスメイトらとはちがうものであることも、なんとなく知っている。
だが今回、悠生は余所見をしていた。
真島を咎める資格はないと理解しているし、彼と波風を立てる気もはなからない。
「真島くん、今のは……」
「てか、だいぶいい時間じゃね? そろっと出る?」
スマホで時間を確認した真島の声が美礼以の声に被さる。
彼の言う通り来店してからそれなりの時間が経っていたため、麻人とせいらにも声をかけ店を出ることになった。
店を出ることを告げると麻人は少し残念そうな顔をして、すぐに頷いた。
「織田とどんな話をしてたんだ?」
「え、何急に」
「いや、麻人が俺以外とオドオドせずに話しているのが珍しくて」
「悪かったな挙動不審で……。 お互いの好きなものとか、そういうの話してただけだよ」
ただそれだけと言うわりに、口元をほころばせる麻人。
せいらと話すのが楽しかったことが伝わると共に、ツキリと痛みが走った胸に悠生はそっと手を添えた。
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悠生たちから声をかけられ、僕たちは店を出た。
途中でひとりまたひとりと別れ、織田と僕、悠生が残った。
クラスでも目立つ美少女と並んで歩いているというのに、前よりも気まずさを感じない。
話している中でわかったことだが織田もラノベを読むらしく、好きなジャンルは僕と同じくラブコメだった。共通点を見つけられたこともあって、織田ともだいぶ打ち解けられたように思う。
真島と悠生の間に何かしらのトラブルが起こることもなかったようで、無事に終わってよかった。
「うちこっちだから。 じゃねー……っと、その前に」
こちらに手を振って家がある方向へ去っていったかと思えば、くるりと身体を半回転させて織田が戻ってくる。
どうしたのかと思っていると、織田はスマホを取り出した。
「わべっち、連絡先交換しよ」
「………僕?」
「……は」
目を見開き自分を指差す僕となぜか驚いている悠生の声が重なった。
「え、は、あのっ?」
「声どうなってんの。 めっちゃテンパってて草」
「だって、なんで僕……。 それってどんな意味が」
「どんな意味も何も、うちがわべっちと仲良くなりたいってだけだけど」
「……えぁ……」
思考がショートしかけている僕の顔を、織田が上目遣いで覗き込むようにして見てくる。
こてんと首を傾けるというオプション付きで。
「だめ?」
「……っ。 駄目、ではない……です」
「おっ。 よっしゃ〜」
本人の何も意図していなさそうな感じも含めてのあざと可愛さ。
それをもろに食らってしまい、頬が熱くなる。
あらぬ勘違いをするんじゃないと自分に言い聞かせ、ようやく熱が引いてきた頃にはラインの友だち欄に新しくアカウントが追加されたあとだった。
「これでよし、っと。 改めてよろしく〜」
スマホを見て満足そうに微笑むと、織田は今度こそ去っていった。
その直後、僕の脳内に様々な疑問が浮かぶ。
織田は悠生に気があるんじゃないのか?
だから桜井や藤浪と共に悠生に絡みに行くんじゃないのか?
そもそも、ついさっきまともに会話を交わせるようになった陰キャと仲良くなりたいだなんて思う要素はどこに?
ヒロイン格三人が悠生への想いを吐露していたあの放課後が脳裏をよぎる。
あの時の織田は悠生を褒め、隙があらばということも的なことを言っていた。
思考の海から浮上したのは、悠生に声をかけられてからだった。
「……かなり織田と親しくなったんだな」
「えっ。 ……親しくなった、のかな」
「仲良くなりたいからって織田も言っていただろ」
「ああー……まあ」
不思議でならないが、織田の中で僕は親しい人間の枠に入るらしい。
あと、さっきから悠生の声がどこか硬い気がする。
ちょっと拗ねているような、そんな感じだ。
「悠生って織田と連絡先交換してたっけ?」
「してないが……それがどうした?」
「いや、さっき交換しなくてよかったのかなと思って」
「……なんでそうなる」
「僕が織田さんと連絡先交換したあとから、なんか怒ってる気がしたんだけど。 そういうことじゃなかった?」
隣を歩く悠生の前髪が揺れる。
すぐに視線が逸らされた直後、小さくため息をついたのが聞こえた。
悠生も織田と連絡先を交換したかったのかと思ったのだが、どうやらちがったらしい。
「ごめん、勝手にそうだと思って」
「いや、変な態度だった俺が悪い。 ……なんでだろう」
それはこっちの台詞なんだが。
呟くような言葉へのツッコミは喉に仕舞い、分かれ道に差し掛かるまで僕たちは歩いた。
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「フンフーン、フフーン……♪」
鼻歌を口ずさむその表情は柔らかく、あどけなさの残る顔をより一層幼くさせていた。
その足取りは軽く、歩くごとに金メッシュの入ったツインテールが踊るように揺れる。
小柄な身体はスキップを踏んだだけで宙に浮かんでしまいそうだ。
明るく彩られた爪先がスマホの画面に触れる。
コミュニケーションアプリの「友だち」の欄に先ほど新しく追加されたアカウントを見つめた。
「あーやば。 めっちゃニヤける」
彼女––––織田せいらは自分の頬に片手を軽く押し付けた。
じんわりと伝わってくる熱がこれが夢ではないと教えてくれるようで、口角がますます上がる。
せいらはSNSを開き、鍵をかけてあるアカウントで文字を打ち始めた。
友人たちと繋がっているアカウントにしなかったのは、彼女らには到底見せることができない部分であるからだ。
【今日マジで運良すぎなんだけど!!!!!!】
【あの人といっぱい話せたし連絡先交換できたしもうヤバい】
【毎日連絡したい 絶対引かれる 嫌われたくない】
「我ながらテンションバグってて引くわー」
ツイートしたばかりの自身のツイートに苦笑をこぼし、せいらは再び歩き出した。




