第1話 ラブコメ主人公かもしれない友人
ラブコメはまあ、それなりに好きだ。
ライトノベルというものの存在を知り、多いとは言えないがある程度の冊数に手を伸ばし、その中でよく読む傾向にあったジャンルがラブコメだった。
こんなことあるか、と内心ツッコミを入れつつ現実世界を舞台にしたラブコメものを読み、この世にこんなキャラクターがいたら……なんて思いを馳せてみるなどしなかったわけではない。
そう、夢をうっすらと見ていた程度だ。
ゆえにアレが現実だなんて、僕こと川辺麻人は何度見ても信じ難いと思ってしまうわけで。
「一式くん、おはよう!」
「おはようございます、一式くん」
「イッシーおっは〜」
登校してきたひとりの男子生徒が机に鞄を置くなり、彼の周りを囲うように集う三人の女子生徒たち。
クラスメイトの視線が自然とそちらへ向く。
女子生徒三人が並ぶそこはキラキラのエフェクトがかかっているかのように眩しい。
そんな美少女たちの中心にいる席の主が、気力が抜けたような声で挨拶を返した。
「……ああ、おはよう。 桜井、藤浪、織田」
彼女らを見ている目は重たい前髪に覆われ、せっかくの長身をやや曲げている男子生徒。
表情もよくわからず、言い方もそっけない。
愛想がないと思われても仕方ない彼の挨拶に、三人––––特に明るい茶髪ロング女子の桜井美礼以と黒髪ポニーテール女子の藤浪里帆は口元をほころばせた。
金メッシュの入った髪をツインテールにした女子・織田せいらだけは、変わらずゆるりとした笑みを浮かべたままだ。
「いっつも思うんだけど、なんであいつが? ただの陰キャじゃん」
「あの三人に話しかけられても反応薄いの、どうかと思うわ」
「態度悪ぅー。 私だったらもう話しかけないかも」
耳をすませば、そこかしこから棘のある言葉が聞こえてくる。
男子生徒らからの視線は特に鋭いのは、彼に対する嫉妬があるからだろう。
見た目がもっさりした陰気な感じの奴が、明らかにそこらの女子とレベルが違う三人に話しかけられているのだ。しかも一度や二度じゃない。
自分も彼らと同じ男である。
しかし、注目を浴びる中にいる男子生徒を知る身としては彼らと同じような感情に襲われるということはない。
彼––––一式悠生がああなることに、納得できる理由がある。
だからこそ僕は毎度思うのだ。
––––こいつ、ラブコメの主人公では?
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「朝にさ、木から降りられなくなった猫がいたんだけど。 なんとなくその子に向かって両手をこう、キャッチする形とったら本当に降りてきたんだ」
ほらこの子、と友人は一枚の画像を映したスマホの画面を向けてくる。
友人のものであろう腕に抱えられている白い毛並みの猫を指し「可愛いだろ?」と言う彼。普段よりも少し明るく弾むような声音で、その表情は長い前髪のせいでわかりにくいが、口角がかすかに上がっていた。
今は一限が終わり、休憩時間である。
隣の席で嬉しそうにする悠生を見ながら、僕は朝の美少女三人との挨拶の場面を思い出す。
暗そうな雰囲気が今みたいに和らいでいれば、周囲に変な印象を抱かれないで済むというのに。
「麻人? ……えっと、俺の顔に何か付いてる?」
ついじっと見すぎてしまっていたらしい。
自分の顔を指差して聞く悠生に首を振る。
「ううん。 もったいないことしてるなーって思ってただけ」
「もったいない?」
「うん、いろいろと」
「いろいろ……?」
要領を得ない僕の言葉に、頭上の疑問符を増やしていく悠生。
本当なら僕のような本当の陰キャと付き合うような人間ではない。
それほど悠生には光る部分がたくさんある。
さっきの猫の話と同じようなことだって、悠生には何度も起こっている。
ある時は電車では他校の女子高生に痴漢を働いていた人間に声をかけて止め、またある時は母親とはぐれて泣いている子供に寄り添い、またまたある時はたちの悪い輩に絡まれていた人を見つけて輩を痛い目に遭わせ……。
そういったことが少なくとも月4回は発生しており、本人は「できることをしただけ」と大したことではないように言う。
ラブコメあるあるのひとつに『何かと人が困っている場面に主人公が遭遇、のち助けがち』が挙げられる。特にヒロインのことを助けがちだ。
それを悠生は毎度、平然とやっている。
十分すごいやつだというのに驕ることもなく、助けたエピソードを僕以外に話すところを見たことはない。そもそも誰かと親しげに話している悠生をあまり見ない。
中学時代になんとかひとりはまともに話せる相手を……とコミュ障なりに頑張って声をかけた僕が、高校にいってもこうして休み時間のたびに一緒にいるような間柄にまでなれるとは思わなかった。
「麻人のことだからそういう意図はないんだろうけど……。 一応聞くけど、マイナスな意味ではないんだよな?」
ほんのわずかに不安を滲ませて聞いてくる悠生。
僕が「いろいろ」と言ったことを気にしていたらしい。
「全然。 あー、悠生が自分の良いとこに気づかないのがもったいないなー的な」
「……そう、なんだ。 ありがとう」
人差し指で頬を掻く悠生の声は少し小さくなっていた。
一見わかりにくいが、これは照れているときの反応だ。
長い前髪を切って整えさえすれば、少し赤くなった綺麗な顔が現れることだろう。
もっさりとした髪に常に低めなトーンの声、僕といるとき以外は基本ひとりでいるスタイルから根暗陰キャ認定を受け、からかわれたり馬鹿にされたりということも少なくない。
そんな悠生が、あのヒロイン格三人––––桜井美礼以、藤浪理帆、織田せいらからほぼ毎日話しかけられている。
高校入学から一ヶ月の間には全く起きなかった。彼女たちに憧れる全ての男子が一度は夢見るであろうレアイベント。
これまでほとんど接触のなかった美少女が、突然絡んでくるようになる。
必ずしも当てはまるとは限らないけど、きっかけはおそらく……。
考えながら悠生と会話をしているうちに時間は過ぎ、二限がやってきた。




