4-07 かつての勇者のスローライフ 〜万屋始めました〜
魔王を討ち果たし、世界を救った勇者・アルトは、辺境の村で万屋を営みながら静かな日々を送っていた。
これは、安らぎを求める彼の、本人視点では穏やかなスローライフ。
なんの変哲もない朝日を浴びて目覚める。それが夢だった。
窓から差し込む柔らかな光が、まぶたの上から優しい刺激を与えてくる。窓を開ければまだ空が白み始めるほど朝早く、いつも通りの時間。
数人の人影は見えるけれど喧騒ではなく、辺境の村に流れる穏やかな空気。
そんな朝に、俺の家であり、店でもある「万屋・微睡み」の二階で目を覚ました。
そのままの足で台所まで向かい、朝食の準備。ちょっと良さげなパンを焼いて上にバターを塗る。
食後に着替えて、少し自慢の黒いショートカットの髪をセット、口を『光魔法:浄化』で綺麗にして朝の支度を済ませる。水を使わずに済むのは便利だ、なんて。
今まさにこの魔法を必死に覚えようとしている誰かが聞いたら「魔法の無駄遣いだ!」とでも言われそうだ。
二階から降りると、店の内装が視界に入る。
武器、ポーション、保存食、日用品。
冒険者向けと村人向けが混在した、少し雑多な店だ。
棚の位置を整え、カウンターを拭き、開店準備を始めたところで──
バン!と、扉が勢いよく開かれた。
「おはようございます!アルト様!」
赤いポニーテールを揺らし、太陽みたいな笑顔で立っている少女。
俺も身長が高いわけじゃないけど、それよりもっと小柄な彼女は、この店で手伝いをしている。
村周囲を散歩中にゴブリンに襲われていたところを偶然助け、その恩として店を手伝ってくれていた。
勿論お給料は支払っている。
「やあ、おはよう。それと、もう僕は〝様〟をつけるほど大層なモノじゃないから、気軽に接してって「いえアルト様は、いつまでも私の勇者様ですので!」……そっか。ありがとね」
食い気味に即答された。それなら否定するのも野暮だろう。
実際俺は勇者ではあったし、魔王も討伐したのだから。
開店してほどなくして、さっそく客が入ってくる。
「よっす、店長!今日は良いのある?」
ここ最近贔屓にしてくれている新人の冒険者の子だった。
先日までは肩や胴のみの鎧だったが、全身を覆うレザー装備に新調されている。
彼らのレベルなら……「毒蜘蛛の巣窟」にでも挑むつもりだろう。
あそこの小蜘蛛は攻撃力こそ低いが攻撃を受けすぎれば毒が回ってしまう。故に攻撃そのものを通さない装備かどうかの差が、そのまま生死に直結するダンジョンだ。
「良いところに来たね。今日はこの解毒ポーションがお勧めだよ。一緒にハイポーションもどう?」
「あ、すんません。毒消しはもう買っちゃったんすよ」
ショルダーバッグから紫の液体の入った、カランと小気味よい音を鳴らす瓶を見せてくれる。
見た所普通の毒消し。品も悪いわけじゃなさそうだし、事前準備をしていること自体は素晴らしい。ならここまで寄ってくれたお礼に、ちょっとおせっかいを焼かせてもらおうか。
「そっかぁ。ちなみに、どこに行くつもりなの?」
「「毒蜘蛛の巣窟」っすね。見てくださいよこの新装備!」
「うん、装備も似合ってるよ。ついでに一つ忠告。あそこ、レア個体が普通の『毒』だけじゃなく、『麻痺毒』も使ってくるって話、知ってる?」
彼の顔色が変わった。
「うちの解毒は、毒ならどれにも対応してる。あっても困らないだろうし、高いけど命よりは安いでしょ?」
「……ください」
商売は順調だ。
昼前、店を赤い髪の少女に任せ、俺は短剣を腰に下げて村の周辺を散歩兼巡回をする。
辺境とはいえ、魔物は出る。
この辺りならゴブリンやスライムといった初心者が狩るような魔物ばかりだが……子供もいる村だ。用心するに越したことはない。
「今日も巡回ありがとねぇ。これ、家でできた麦なの、持ってってちょうだい!」
「何でも屋の兄ちゃんだ!遊んで!」
「こないだ預けた剣、どれくらいで直りそうだ?」
そんな声を受け取りながら歩く。
歩いているといろんな人と──と言っても小さい村ゆえに見知った顔ばかりだが、顔を合わせることも多い。
彼彼女らと何気ない会話をする、それが何より心地よかった。
夕方、村外れで気配を察知する。
ゴブリンが三体。
周囲に人の気配はない。村の守衛もいるだろうから遠からず討伐されるだろうが、見つけたならば逃す道理もない。
魔力を指先に三つ集め、それぞれを圧縮。
そして回転も加えて威力の増した魔力弾が放たれ、音もなくゴブリンの心臓を撃ち抜いた。
そのまま放置する訳にもいかないため魔法『土魔法:陥没』で穴を開けて『火魔法:燃焼』で灰になるまで燃やし埋める。
土葬するといざという時に死霊にでもなられたら少し厄介だからだ。
対してスライムは核を潰すだけで周囲のゲルを埋めるだけでいいから楽な事は間違いない。
そうして数回戦いながらも大きな事件もなく、店へと帰る。
戦闘の有無はあれど、それがここ最近の日課だった。
皆が寝静まった夜更け。
営業時間を過ぎた店を閉め、店番の時以外に着るラフな格好へと着替える。靴はサンダル、どうせ誰も見ていない。
そのまま後片付けをしていると、ふと空気が揺らいだ気配。
窓に顔を向けると、フードを被った男が一人佇んでいた。
「──依頼だ」
「おや、これはこれは。珍しいお客さんだね」
顔に何度か見覚えがある。
国の王城で見た近衛兵の一人だったか。
「要件は?」
「竜の討伐依頼。知性はないものの、人を襲うようになった」
「竜かぁ。いいよ」
即答すると、相手は少し肩の力を抜いた。
武器は……これでいっか。
店に売り物として立てかけてあった、ただの鉄製の大剣。
店の鍵を閉め、彼を連れて走っていく道中、国の情勢を聞く。
お役御免となり離れて久しいとはいえ、守った場所がどうなっているか、たまには知りたくなるものだろう。
「最近は国の方はどうだい?」
「特に問題はない……と言いたいところだが、若干ではあるが魔物の動きが活発化している傾向が見られる。貴様には必要はないだろうが、忠告はしておく」
「はいはい」
要所に設置された、空間を繋ぐワープを数カ所経由し、ほどなく竜の巣へ。森の中で大きく切り拓かれ、月光に照らされて眠る姿は幻想的でさえあった。
真正面から歩いていくと竜の赤い相貌が見開かれ、大地を震わせる咆哮が轟く。
そのまま歩いていき、一閃。
溶けかけのバターのように鱗を切り裂く。
悲鳴。
気にせず、もう一撃。
戦士のアビリティ、『スラッシュ』で剣を斬り上げた。
竜は首から真っ二つになり、地に伏した。
大剣から血を振り落とし、丁寧に拭く。
満月の光が降り注ぐ。
魔王はもういない。
あれ以来、命を賭けるほどの事態は起こっていない。
これまでの魔王討伐を目的とした暮らしでは、ゆっくりと眠ることさえできなかった。
暖かい料理さえ食べられなかった。
物心付いた頃から一度だって安らぎを感じられなかった。
窓から眺める世界だけが「外」だった。
それ程に鍛えても、魔王だけは強敵だった。
俺は竜の頭の上に登り、本当に息絶えているか念のため確認。
ゆっくりと座り、空を見上げて呟いた。
「今日も平和だったなぁ」
これは、
かつての勇者が、スローライフを満喫する話だ。





