4-06 マーリンの娘、推し活が楽しすぎてアヴァロンに帰れない。
ニアは賢者マーリンと湖の貴婦人二ニーヴの娘。とある事情から、千五百年前に封印されたマーリンを解放するために旅を続け、日本にやってきた……はずだった。
「ダディ、見てこれ〝聖剣乱舞〟の〝エクスカリバー〟。かっこよくない?」
《エクスカリバーは人間じゃない! 剣だ!》
現代の日本文化はニアの心をくすぐって、ついつい寄り道が増えてしまう。そんな中、意気投合した推し活中の女性から、有益な情報を手に入れて――?
「ダディの封印を解いて、もう一度アーサー王をアヴァロンに連れ帰る。それが私の使命」
《その割にはアヴァロンに帰る気配がないではないか!》
「だってぇ! 次の〝聖剣乱舞〟の舞台に推しが出るってぇ! あと半年待ってぇ!」
千五百年も経ってるし、使命はあと数年くらい待ってもらってもいいですか?
駅の壁をハイジャックしているゲーム広告の巨大ポスターを見て、ニアはお腹を抱えて笑った。
「ダディ、すごいイケメーン。本物の百倍くらいイケてるんじゃない?」
《かっこよく描かれているのは嬉しいが、これはもう別物ではないかぁ! 私は金髪だ! 銀髪ではない!》
元気に反論する声はニアの右耳にかかっているイヤホンから聞こえた。通りがかる人々はイヤホンから盛大に音漏れしている少女に眉をひそめている。ニアは視線の意味に気がつくと唇を尖らせた。
「ダディ、声が大きい。Tone it down.」
《少しくらい良いではないか。これくらいの雑踏ならすぐまぎれるし。擬態だって完璧だ》
「まぁねー。昔と違って、こんな便利なもので誤魔化せちゃうんだから」
ニアはイヤホンを触りながらにへらと笑った。猫目石を埋め込んだようなイヤホンからは頷くかわりに《そうだとも》と声が響いた。
《とはいえだなぁ……なぁ、ニア。いい加減、アヴァロンに帰らないか》
「えぇー。まだマミィがダディにかけた封印を解く方法を見つけてないじゃん。帰れないよ」
ニアが答えると、イヤホンから深々としたため息が聞こえてくる。
《私の封印はもういい。ニアが持つ猫目石を媒介に遠視くらいはできる。それよりも、そろそろ戻るべきではないか。見つからないものは諦めたほうがいい》
「イーヤ。マミィのことが大好きなダディのために、封印を解く方法を探してるんだよ? なのにそんなこと言うんだ?」
《アッ!? おい、ニアっ》
ニアはイヤホンを耳から外すと、イヤホンケースの中にしまった。うるさいイヤホンはケースにしまうに限る。
それからポスターをもう一度眺めると、ゲームのタイトルと描かれたキャラクターの名前を読んだ。
「〝ブリテン無双より賢者マーリン〟ねぇ。ダディってば戦えないのにアクションゲームのキャラクターにされてるの、何回見ても笑う」
ニアが〝ダディ〟と呼ぶイヤホンの正体こそ、このポスターのキャラクターのモチーフになっている人物だ。今やアヴァロンのとある石の下に封印されているせいで人間の姿形なんて遠い記憶の彼方。その上、封印された当時から千五百年も経っているのでまともな絵姿も残ってやしない。
それでも人類の想像力の逞しさは底しれず、こんなにも美男に描ききるとは。そう思うと、またニアは一人でお腹を抱えて笑い出した。
一人でお腹を抱えて震える少女を、通りすがる人々がちらちらと横見しながら通り過ぎていく。駅に集まる人たちの大半は時間に追われるように移動しているので、様子のおかしい少女が気になってもそのまま通り過ぎていく。
そんな中、お腹を抱えて肩を震わせているニアに声をかける奇特な人が現れた。
「貴女、大丈夫? お腹痛いの?」
「ふぇ?」
ニアはびっくりして顔を上げた。ニアの肩を叩いて声をかけたのは、さっぱりとしたワンレンボブがよく似合う大人の女性。黒曜石のようなつるりとした目にニアのきょとんとした顔が映る。
「貴女、海外の人? 私の言葉通じるかしら……How are you?」
「あっ、ごめんなさい。すごく元気です。日本語話せます」
「あらやだ、恥ずかしい!」
女性はちょっと頬を赤らめた。それから咳払いして、じっくりとニアのことを見つめる。
「お腹を抱えていたけど、本当に大丈夫? 気分が悪かった? 無理しなくていいのよ?」
「あっ、いいえ! 本当に違います! ちょっと思い出し笑いしてただけです!」
「そうだったの。何もないなら良かったわ」
「はぁい」
女性は朗らかに笑うと、それだけ言って立ち去ろうとした。ニアはただ見送ろうとして――その女性が肩からかけているトートバッグに目を奪われる。
「ああぁっ!」
「えっ、どうしたのっ?」
「その痛バ! 〝聖剣乱舞〟の〝干将・莫耶〟!?」
「あら。貴女も〝聖剣乱舞〟好き?」
「もちろんです〜! 夫婦剣、最推しです……っ」
この瞬間、ニアと女性は心が通じ合った。そう、推しが同じ。あまりにも強い仲間意識が芽生えてしまった。
「お姉さん、これからどこかに行かれるんですか?」
「〝聖剣乱舞〟のアニカフェ抽選に当たったから、これから行ってくるの」
「え〜! 良いですね! 私も行きたかったんですけど、抽選落ちちゃったんです〜。楽しんできてくださいね」
親切にも声をかけてくれた女性に、ニアは今日一日幸あるように祈ることくらいしかできない。そもそもニアが紛らわしいことをしてしまったのが悪いけれど。
貴重な時間を奪ってしまったと気づいたニアがいってらっしゃいと促すと、女性はちょっと考えるような仕草をして。
「……今回のアニカフェ、枠一つで二人までいけるのよね」
「そうですね。お姉さんもどなたかと待ち合わせしているのでは? 急がないと間に合わなくなりませんか?」
オタクあるあるだけれど、アニメカフェ系ではメニューを一品頼むごとに一個何かしら特典が付く。特典はランダムなことが多いので、同伴者を連れて推しを出す確率を少しでもあげるパターンが多い。
この女性もそうだろうとニアが思っていると。
「私、同伴者が来れなくなっちゃって一人なのよ。時間があるなら一緒に来る?」
これはなんて僥倖!
ニアは目を輝かせた。
「行きます!」
こんなことをしているからアヴァロンに帰れないのだ、と小言をたれるダディの念が届いた気がした。が、ニアはせっかくの推し活チャンスを逃すつもりはなかった。
「アサミさん、今日はありがとうございましたー。いやー、声かけてもらえて良かったです!」
「私も嬉しいわ。カフェ限定のブラインドグッズ、ニアちゃんのおかげで、いつもなかなか当てられない推しがすんなり集まったもの……!」
推しの話に花を咲かせながらアニメカフェを出た二人は、帰路でお互いに感謝の気持ちを伝え合った。ニアは誘ってもらえたことにすごく感謝しているし、カフェに誘ってくれた女性こと、アサミもまた推しグッズの入手率がいつもより高かったことに大満足している。
ちなみに今回の引きの良さは、ニアがほんの少しばかり父親譲りの不思議な力を使ってアサミの欲しいグッズを狙い撃ちした結果だ。かなりのズルだけれど、人のために使ったのだからきっとダディも許してくれるはず。
「アサミさんは〝干将・莫耶〟だけじゃなくて〝エクスカリバー〟も好きなんですね」
「そうなのよー。やっぱり看板キャラは顔が良いし、声も良いし、なんたって供給もあるし……!」
〝聖剣乱舞〟においてアサミの最推しは〝干将・莫耶〟だが、今回のアニメカフェではピックアップキャラクターだった〝エクスカリバー〟も狙っていたようだった。アサミの満足げな表情に、ニアもそれは良かったとしきりに頷く。
「そういうニアちゃんも〝エクスカリバー〟のグッズを買っていたじゃない」
「これはダディ……お父さん用ですね。お父さんが推しています」
「まぁ、お父様も〝聖剣乱舞〟が好きなの?」
ニアはちらりとポケットにしまってあるイヤホンへ視線を向けた。イヤホンケースにしまわれているからか、静かなものだ。とはいえこのイヤホンは地獄耳の持ち主だから、ケース越しに会話を聞いているだろうけど。
「〝聖剣乱舞〟というより、アーサー王伝説が好きなんです。私もその関係でアーサー王伝説について調べてて、日本に来たんです」
アサミは感心したように頷いた。
「アーサー王伝説はイギリスのお話でしょう? 日本で調べることなんてある?」
「いやー、イギリスを探し回ってもなかったからあちこち旅をして、日本にたどり着いたって感じですねー」
本当に長い旅だったとニアは遠い目になる。イギリスを旅立って約千年。ニアの生まれは少々特殊なので長生きして当然だが、千年もの間に起きた目まぐるしい文明の変化はいつも付いていくのに難儀した。今はもう、だいぶ慣れたけれど。
「そうだったの。ねぇ、何を調べているのか聞いても良い? 私、そういうお話大好きなのよ」
「もちろんです」
ニアは大真面目に頷いた。人に話すことで、ニアの目的に近づけるならそれに越したことはない。
「私が調べているのはですね、〝賢者マーリンの封印の解き方〟です」
「マーリンの?」
アサミは意外そうに首をひねる。
「そういえばマーリンは石に閉じこめられたのだったかしら。〝ブリテン無双〟でそんな話があった気がするわ」
〝聖剣乱舞〟だけではなく、アサミは駅前の宣伝ポスターとして貼られていた〝ブリテン無双〟も嗜んでいるらしい。あのゲームはアーサー王伝説に基づくゲームなので、マーリンが封印されるシーンもある。それなら話しが早い。
「ちょっと家の事情で、マミィ……じゃない、湖の貴婦人によって封じられたマーリンを復活させたいんですよねー」
「それができたら貴女は魔法使いね。でも面白そうな試みだわ。まるで日本の天岩戸ね」
こういうお話が好きというのは伊達ではないのか、アサミの食いつきぶりがよい。ニアは話し甲斐があってついあれこれと話してしまう。
「そうなんです。日本の天岩戸伝説に似てるなって思って、調べに来たんです。まぁ、引きこもりが内側から開けるタイプだったんであては外れてしまったんですけど……」
アサミはニアの言い草が面白かったのか、声を上げて笑った。
「たしかに天岩戸はそうね。それなら、千引の石のほうがよっぽど参考になるかしら?」
アサミのなんてことのない一言。
それにニアは目を妖しく光らせた。





