4-03 スピル運河戦史記(N=11)
誰が、誰だ。
吟遊詩人が詠う詩は、
かつて起きてしまった戦争の真実の詩。
運河を挟んで西と東、
それぞれに獣人達の住む社会は、
誰の手で、何の企みで、
戦禍へ巻き込まれていったのか。
その中心にあった愛とは、一体何だったのか。
詠い上げられる後悔の詩。
その数、十一編。
詠う彼は、何れの、誰だ。
群像劇に覆われた謎を追う、
戦争ドラマ×ミステリー。
この愛さえ手に入れられるなら、国の争いなどもはやどうでも良かった。
ジェンナは――大陸の商人の娘は、断罪の前夜にそう宣っていた。
二つの国にぶら下がっていた一万の命と、たかが町娘一人の恋心の行方など比べるまでもないだろうに。私は彼女の言葉を聞いたとき、そんな風に思った。
ただ、ね。私は忘れられなかったんだよ。忘れることができない。裁きの朝を迎えるまでの一晩で、彼女の口から語られた一つ一つを。これから私が語る詩が彼女の懺悔の書き写しであるほどに、一言一句、言葉に乗せられた機微の一片まで、余すことなく語り継ぐことができる。彼女にはあの戦いの全容が見えていた。どうやって彼女がそれらを把握できたのか私には知る術も勇気もなかったが、一つだけ分かるのは、彼女は全てを抱えて罰を受けたということだ。世間は先の戦争の真実を何も分かってない。それは彼女が、ジェンナが全てを飲み込んだからに他ならない。
どうでも良いなどと言いながら、彼女は多くの命のために、全てを腹の内にしまったんだ。
彼女の言葉を反芻する内にいつしか、私も悔いねばならないと考えるようになった。あの戦いを。
だから私は私のために、私自身の気を晴らすためだけに詠うのだ。
ひょっとしたら、あの時の誰かがどこかで聞いているかも知れない。そうしたら、その者の悔いも惹き起こせたら。そう淡く願いながら詠うのだ。
だから――私がこれから語る詩は、おどろおどろしいそら言だ。彼女を裏切って世間に言いふらすつもりじゃない。ありもしない彼女の本心を汲み取るような真似でもない。
そうとも、この詩は壮大な作り話と受け取ってくれたまえ。
嘘で身を隠す吟遊詩人の、
十と一つの後悔の詩――
*
戦争は、運河を挟んだ平地と半島の間であった。
アンド平地とウォーグ半島の間に運河があって、それぞれ別な理由で長い孤立の歴史があった。東のウォーグは地理的な理由で、北の急峻な山々とそこから流れ込む運河、さらに南から東の端までは海に囲まれ、まさに陸の孤島と呼んで差し支えない土地だった。西のアンドも同じような理由があって、やはり北の山々と、南側はウォーグと違って海岸が少なく、切り立った岸壁が連なっていた。希少な海岸へ向かおうにもその前に広大な森が広がっていて、険しい自然と危険な原生物が人々の往来を阻んでいた。
アンドにはもう一つ、特別な事情があった。古い時代にあった侵略の陰である。アンドからウォーグにかけては他の地域では滅多に見られない、獣人達の繁栄があった。アンドでは哺乳類人種が、ウォーグでは海洋人種と鳥人種が、それぞれに種の繁栄を誇っていた。それらが持つ独自の文化、資源を付け狙うものが、アンドより更に西の国に居た。
侵略者の名は、人間であった。
アンドの民は古くから人間たちの侵攻に立ち向かってきた。多様な哺乳類人種は各々の持つ特性を活かし、戦に備えた。手先の器用なげっ歯目人は武器と防具と罠を作った。身体の大きな猛獣類や有蹄類(たとえばライオンやゾウ、トラだとか)はその力で武を発揮するだけでなく、強固な防衛拠点を建てるのに役立った。
アンドの民は二十数年かけて人間たちを追い払った。逆に言えば人間たちは二十数年の間、アンド平地に攻め入り続け、その後ぱったりと手を緩めたとも言える。民はこれを束の間の平和としか受け取ることができなかった。いつまた訪れるか分からぬ襲撃に備え、平地の民は軍事力を高めていった。その中で統率力を発揮した者が指導者の地位を確立し、かくしてアンドは軍を土台に王政国家としてのまとまりを得ていった。
一方でウォーグは対岸の戦いを認知していたものの、積極的には関わらなかった。当時のウォーグ側の関わり方は一方的で、つまり泳げる海洋人種は川を渡り、空を飛べる鳥人種は上空から川を越えて行くのが、唯一運河を越える手段だったのである。好奇心の高いワシやイルカが気まぐれにアンドの側へ渡り、そこで戦の話を持ち帰ってくる、ただそれだけのことだった。アンドの指導者は己の持つ力を誇り、対岸の助けなど不要と言い張ったが、川を渡れぬ故の虚勢だと噂する者もあった。戦とは関係なく多少の商いのやりとりはあったので、一方的でも平和的な、ささやかな交流であった。
そのささやかさは密やかさとなり、密やかさは隠密となった。かくして文化的にはアンドに劣るウォーグ半島の至る所で、諜報の陰がうごめくようになった。
件の人間の侵略を鎮めたその数十年後、運河には橋が架かった。話を持ちかけたのはウォーグの側で、架橋の陣頭指揮を執ったのはアンドの側だった。橋は三本、いずれも立派な石造りだった。橋の建設事業で両地域の交流は一挙に隆盛した。もとより姿形の違うもの同士が混ざり合う社会形態は共通していたので、受け入れも容易かった。
三つの橋は、あっという間に人々で賑わった。交易、観光、勉学のため、あるいはよりよい統治のために。橋上で商いを行う者も出始めた。お互いの種族の珍しさを利用して見世物で生計を立てる者もいた。
人々は大盛況の様子に浮かれ、橋を平和と発展の象徴と見なした。希望あふれるその水域を、いつかのアンド王は「スピル運河」と名付けた。
先の戦も忘れるほどに、この平和と発展は、枯れることなく永劫に続くものだと人々は信じた。
百年先も。
二百年先も。
アンド王朝 三〇一年
スピル運河の戦い 勃発
*
さて。
歴史の話ばかりでは退屈だろう。君がこのあと依頼を着実にこなしてくれるのなら、こんな座学など不要。嫌でもこの国の戦争の歴史が分かろうというものだ。
依頼。このような場所に辿り着いた、君のような者にしか達成不可能かと思われる、実に――「珍妙な」依頼。
冒頭に君に幻視させた吟遊詩人――幻視と言えど、ぼやけたようにあやふやだっただろう?
やつは小賢しくも私の幻視に気付いている。妨害の対抗術式をかけてくるなど、生意気な事よ。
しかしだ。あの戦争の真実を知る者がまだこの国に生きている。これは紛れもなく事実。
依頼主が欲しているのは、吟遊詩人の詩の内容だ。
吟遊詩人の行方を突き止め、追い、おそらく十一編あるであろう詩の内容を暗記し、書き留め、依頼主に渡すこと。これが依頼内容。
そう――依頼主から受けた内容は、以上。
ここからは、私の勝手な希望。
もしそれが叶えられなければ、依頼主側の内容も込みで君には全てを放棄してもらうことになる。
クフフフ。そう。全てをね。
それが嫌だというならば、私の望みを聞く前に今すぐ立ち去るがいい。
君にここの出口が分かるものならね。クフフフ。
まあ。君も大方、拾った命なのだろう?
少しばかし、私の戯れに付き合ってくれたって良いじゃないか。
そうとも。戯れ。
――良いのだね。よろしい。
吟遊詩人の十一の詩を聴いたなら。
そのいずれか一編は、吟遊詩人、彼自身のことを詠っているに違いない。
そう。君には彼の正体を、彼がどの詩であるのかを、明らかにして欲しいというわけだ。
もちろん。その究明に関しては君一人だけに預けるつもりはない。
詩を書き留めることができたなら、私に流してくれたまえ。
方法は、自ずと知れよう。
今の君であれば、そう難しい依頼ではないはずだ。
報酬。クフフフ。報酬。
聡いねえ君は。そんなもの、今しがた君自身に起きたことを考えれば容易に想像が付くだろうに。わざわざ、確認を取るのだね。クフフフ。
分かった。
くれぐれも、失敗は許さぬからね。
私の望みも含め、上手くいったあかつきには――
この『真化の宝石』を、君のものとしてやろう。
第一詩 橋の下のネズミ





