4-23 身代わり聖女の成り代わり
エリーザベト聖女殿下は二人いる。双子や同姓同名ではなく、同一人物が二人。
それはこの国では有名な話だ。
その聖女殿下の片方、王女ではないほうのリエは、ある日片思いの相手に王女として嫁げと言われた。
偽物として嫁いだ、そのはずだった。
エリーザベト聖女殿下は二人いる。
双子や同姓同名ではなく、同一人物が二人。
それはこの国では有名な話だ。
一般市民でも成立が難しいはずなのに、特定の血を繋ぎ、それを証明するのが仕事の一つであるはずの王侯貴族の、そのトップの王族の娘――王女殿下で何事もなく成立している。
……だけではなく、国の上層部ですら同一人物が二人であることを前提に運用している。
……おかしくない?
双方ともに聖女であること、どちらも王族教育に問題なく一人の王女として振舞えること、過去に暗殺を試みられたことから血のスペアの確保できること。
複数のメリットから何年も成立し続け、もはや普通となってしまったけれど。
それでも心の中でぐらいおかしくない? と言わせてほしい。
二人いる聖女殿下の片方――王女殿下じゃないほうなので。
わたしの名前はエリーザベト。
今後エリカと名乗れと言われた、十年前までの記憶を持たぬ孤児である。
一個人だったころの本当の名前は知らないが、ほんの一握り、聖女殿下やってないときに接点がある人達は、リエと呼んでくれている。
確かに神々の存在が明確に感じられるこの世界において、人と神を結ぶ、あるいは何らかの役目を持つ聖女・成人が増えることは純粋に喜ばれることである。
が、その性質故に爵位や人の事情より優先されるため、家によっては嫌がられることもある。
分かるけれど、わざわざ同一人物が二人でなければならないことではなくない? と、思う。
……聖女殿下をやってるときに余計なことを考えてて良いのかって?
その程度ではボロが出ないように所作は叩き込まれているし、今は馬車に揺られているだけだ。行き先が行き先なので、現実逃避しないとやってられないとも言う。
……やってられなくない?
|聖女殿下をしていないときのわたし《リエ》を知る好きな人に、聖女殿下の替え玉として嫁げ、だなんて。
嘘がバレることが見え透いている場所に、一番嘘をつきたくない相手に未来永劫嘘をつき続けなければならない、なんて。
――行きたくない。
言葉にしてしまえばたったこれだけだけれど、心がそろそろ悲鳴すら上げられなくなってきた。
……黒髪蒼眼、そしてこの顔は王女殿下に似すぎているため、市政に紛れて生きていくことが難しいらしく、彼女と共に聖女殿下をやることを受け入れた。
入れ替わるための王族教育。
本領である聖女教育。
自由を得るための変装や発音、演技の指導。
掃除や洗濯、料理など彼女の趣味と実益を兼ねたことまでなんでも学んだ。
教わった時には割と本気で首をかしげたが、侍女や下働きに混ざって働いたり会話に耳を傾けるのは楽しかった。
聖女であると同時に王女であるため、身の安全や経緯の代わりに、婚姻の自由はないとは聞かされていた。
だから愚かな初恋は沈めると決めたし、覚悟は決めていたつもり、だった。
当然のように砕け散ったし立て直せそうな気すらしない。
今 か ら で も 逃 げ た い 。
……そんなことを思ったところで、馬車は仕事を完遂した。目的地に着いたのである。
諦めて馬車から降りれば、教会が目に飛び込んでくる。
人間にしか通用しない、権威によって相手を叩きのめすための装飾ではなく、神に敬意を払うための装飾はいつだって美しい。自分が聖女であることは変わらないのだと言ってくれているような気がして、心が落ち着く。
王城にある礼拝堂より小さく、そちらを見慣れている人だと物足りなく感じるかもしれない。
が、ここは医療系の異邦の知識が見つかっており、解析が進んでいるので国内でも有数の格の高さだったりする。
わたしもここ以外で暗殺を試みられたら、命はなかっただろうと聞いている。記憶にはないけど。
いつもなら駆け出していきたいほどに大好きな場所だけど、今ばかりはそれが恨めしい。
「エリーザベト王女殿下」
わたしの到着を感知したように、教会から一人の騎士が出てきた。
銀髪紫眼の男の人。わたしの好きな人にして、聖女殿下の結婚相手である、カールだ。
正装とはまた違う装いは良く似合っていて、ときめかないほうが無理である。
もっとも。
偽物として嫁ぎに来たわたしに、それを享受する権利など、ない。
少しの雑談の後、彼のエスコートを受け、神々に婚姻の挨拶をする。
ここには女神様がいらっしゃることが多いので、女神様から他の神々に伝えてもらうことになる。
「騎士カールとエリーザベト・リエの婚姻を承認する」との言葉をいただき、挨拶を終えようとしたとき。
しれっと姿を現していた女神様が、人払いを行った。
……やはり神に噓を吐けるわけもないし許されるはずもなかったな、と身構えてしまったわたしに、女神様は全力でため息を吐いた。
「……まさか本当に一人で来させるとはね……」
「えぇ、本当に」
わたしの嘘をとがめるでもなく、わたしが一人で来たほうに嘆かれた。
カールにしみじみと同意されたことに驚いて「え?」という声が出てしまった。
「ロッテからかなりやばいことになってるとは聞いていましたが、まさか馬車で送りに来ないどころが、エリカの名前すら渡したとなると……。
リエを逃がすのが限界だった可能性が高いかと……」
頭が痛いにもほどがある、と頭を抱えだした二人に、何が正解かわからず、わたしはおろおろするしか出来ない。
「あの、女神さま、カール」
「あなたが思い悩むことではありませんよ、リエ。苦情ならロッテに言いますから」
「そうよ。ロッテの守りが固すぎたのが悪いわ、リエ」
とがめることもなく慰めっぽい言葉を口にされ、受け取りの言葉を口にしようとして――はたと気が付いた。
どうしてこの二人は、わたしがリエだと微塵も疑ってないんだろう。
どうして、と思っていると、カールが目元をとんとんと指さした。
「動揺してると視界を左右に結構な速度で動かす癖、抑えろって言われませんでしたか、リエ」
「ロッテはその癖の模倣、結構苦戦しているものね。
あなたは間違いなくリエ、エリーザベトだわ。本物のね」
……本物?
わたしは記憶のない孤児のほうで、王女じゃないほうだ。
どういうこと? と思っていると、いつもなら黒く佇む石が、青色の光を放つ。
びっくりしてブレスレットの目を向けると、いくつかの光景が脳に映し出される。
倒れる王女の姿、王女を助けようとする協会の人々、王女を助けるために聖女となった少女の姿。
……それは聞いていた話とは違うけれど、本能がこれを事実だと訴えてくる。
彼女が王女なのではなく、私が王女。
……それが事実だというのなら、だ。
わき上がった疑問が、口をついて出た。
「…カール。私が王女で、彼女が王女じゃないというなら。
彼女は一体、何?」
「彼女は。ここの孤児で、女神謹製の、あなたの囮だ」
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[さて、どこまで聞いただろうね?]
黒髪蒼眼――意図的に王女殿下と同じ外見になっているロッテは、心の中で手にしている本に問いかけた。
[さぁ?
とりあえずすごい量の苦情なら来てるよ]
返事も声がない。
声もなく交わされる会話に、気づくものはいない。
[まぁ、どんなに苦情が来たところで、王女様を逃がし切った時点で、私たちの勝ちだ。
でも、まだ終わらないでしょ?]
[…うん。これからも一緒に聖女をしてくれる?異邦の知識]
[もちろん。
君が聖女を引き受けた時点で、女神との願いも契約も更新されている。これからも、共にある。]
[……うん。じゃあ、聖女殿下の身代わり第二幕、始めよう]
これからは聖女殿下代理ではなく、聖女殿下に成り代わる。
誰も追わせない。囮となるために、エリカは聖女となったのだ。
王女様を守る。
それが、私の――私たちの、使命だ。





