4-21 親愛なるクソ勇者様へ、地獄より敵意を込めて。
元魔王の娘、ニュトスは悩んでいた。
勇者に国を滅ぼされ、地獄に追いやられ。何も変化のない日常が退屈で仕方がない。代り映えのしない風景、代り映えのしない面子、そして相変わらずくすぶる復讐心。
だがしかし、自分はこの地獄から抜け出せない。……ならば部下を送りこめばいいじゃない!
「というわけで。あなたに命令します。今すぐ荷物を片づけて、あのクソ野郎のいる地上へ行きなさい」
これは、異世界転移によって一つの国を滅ぼした勇者が、日本へ帰還した後のお話。
勇者への復讐を誓う魔王の娘の行動に巻き込まれる、部下のお話である。
果てしない荒野に、1つ、玉座がある。石造りの大きな椅子。周囲に生き物はおらず、植物もなく。空には晴れることのない雲がどんよりと滞留していた。そんな風景にぽつんと椅子が1つ。
その玉座には、少女が座っていた。頭に一対の大きな角を持つ小さな彼女は、大きくため息を吐くと、彼女の右手側へ立つ燕尾服の男へ声をかける。男は下半身が馬の形をしていた。
「ねぇ、タッタール。なんでここはこんなにさっぷうけいなのかしら」
「それはここが地獄と呼ばれるような場所、だからでしょうね」
「そんなことは知っているのだわ。分かり切ったことを言わないでちょうだい」
「失礼しました」
タッタールと呼ばれた男は表情を変えない。そのままただひたすら、じっと少女の側に立っている。
数刻経っただろうか。代り映えのしない景色を眺めながら、少女はまた口を開く。
「ねぇ、タッタール。つまらないわ」
「……はぁ」
「つまらないと言っているの。何かおもしろいことないかしら?」
「そんなのあるわけないですね。姫様ご自身でなにか面白いことをつくられてはいかがですか?」
「まぁ、いじわる」
タッタールは、自慢の尾をぱしんと打ち鳴らしながら答える。顔は無表情だが、どこか不服そうだ。
少女はぶすっと頬を膨らませながら彼を眺める。そしてくるりと体を翻し、今度は左手側に立つ女へ声をかける。彼女はふんわりと広がったメイド服の下から、蜘蛛のような八本足を覗かせていた。
「ねぇ、キャスリゼは? 何かないかしら?」
「はわっ!? えっ私ですか? そ、そうですねぇ……気晴らしになりそうなこと……うーん……あのクソ野郎へ復讐しにいくとかぁ……ですかねぇ?」
「あら良いわね。わたくしがここから出られればいいのだけど」
「そうですよねぇ……姫様、ここから出られないんですもんねぇ」
「そうね、いまいましいことだわ!」
キャスリゼは、不安そうに足を忙しなく動かしている。彼女の足とスカートとがこすれる。風もないのにカサカサと音が鳴った。
「わたくしはここから出られない……でもあの弱っちいユウシャに復讐したい……ううん、どうしようかしら」
少女はううんと頭を悩ませ……たかと思えばぱっと頭を上げてタッタールの方へ視線を向ける。
「そうだわ! タッタール。あなたはここから出られるわよね?」
「……」
「出 ら れ る わ よ ね ?」
「…………はい。いや姫様言わんとしてることは分かるんですがあれ疲れ」
「言い訳禁止! そもそもそうよ。あならくらいしか適任居ないじゃない。いい? わたくしはここから出られない。そしてキャスリゼ? あなたはうまくニンゲンに擬態できたかしら?」
「え、ええとぉ」
キャスリゼはぎゅっと身を縮こませてから、勢いよく伸びをする。と八本あった足が少しづつ二本に集約されていき。
最終的に、膝が2つある人間の足のようなものが完成した。
「「…………」」
「ひ、姫様ぁ……タッタールさぁん……何か言ってくださいぃ……」
見事に二人の冷たい目線にさらされていた。
「というわけで。ここから出られるタッタールに命を与えます。今すぐ荷物を片づけて、あのクソ野郎のいる地上へ行きなさい。なんていうんだっけ……ああ、そう。ニホンとやらね。んで、あいつの首を持ってくるように」
「……はい。承知いたしました。ニュトス様の仰せのままに」
タッタールからの返事を受け取り、彼女は満足気に、椅子へ座りなおす。
が、そこに納得のいっていないキャスリゼが声を上げる。
「ひ、姫様! いくら姫様でもそれは横暴では!?」
「なあに、キャスリゼ。他に何か案でもあるの?」
「い、いえ……無いんですがぁ……でもあの地上ですよ!? あんなに人間がいっぱいいるんですよ?!」
「タッタール。行けるわね?」
「はい」
頷くタッタールだったが、キャスリゼはまだ引き下がる。
「どこに行っても明るくて、空気が綺麗なんですよ?!」
タッタールが答える。
「そうですね」
「人間の善意に満ち溢れているという、あの地上ですよ?!」
「その地上です」
「か、かわいそう……タッタールさんが何したっていうんですか」
「何もしていませんね」
にべもなく、本人から返される言葉にがっくりと膝から崩れ落ちるキャスリゼ。それはもう、この世の終わりのような悲壮感を漂わせていた。
「……あのねぇキャスリゼ。タッタールには地上に行ってもらうけれど、別に追放とかじゃないんだから。安心しなさいな。あなたの大好きな先輩は奪わないわよ」
「いえ、大好きではないです」
「あ、そう」
すん、と鼻を鳴らしながらキャスリゼが続ける。
「でも、あんなに肌に合わない場所に行ったら、タッタールさん死んじゃいます!」
「別に死なないですよ。ちょっと体調悪くなるくらいで」
「でも、でもぉ……!」
ぼろぼろと涙を流しながらタッタールの後ろ脚に縋りつくキャスリゼ。タッタールはそれをうっとおしそうに見ていた。
「キャスリゼ、あなたねぇ……。よくタッタールの顔を見てみなさい。あとあなた、他人の心が読めたでしょう。読んでごらんなさいな」
「ぐすっ……ぅえ……じゃ、じゃあ先輩失礼しますね?」
そう言うと、キャスリゼは隠していた4つの目を光らせ、タッタールの心の内を読んだ。
『マジでだるいな……姫様が気づくまで言わないでおいたのに。なんで気づくんだクソッ。せっかく姫様と一緒に来るって名目でバカンス楽しんでたってのによ』
「……?」
気のせいだろうか。仕事熱心だと思っていた先輩のはずなのだか。
キャスリゼはもう一度目を光らせる。
『あ~~~~まあでも一人か。じゃあ地上でタバコでも吸うかな。姫様居ると吸えねぇんだよな~魔王様うるさかったもんな~~~その辺。あ、酒も飲もう。酒。ニンゲンの作る酒は旨いんだ』
目をそらし、先輩の表情を確認するキャスリゼ。タッタールのクールな表情は崩れていない。
「『どうしました?』」
「イエ、ナンデモナイデス」
すすす、と先輩と距離を取るキャスリゼ。
「キャスリゼも、納得したみたいね。じゃあタッタール。さっさと準備して行ってきなさい。向こうでどう過ごすかは、あなたに任せるわ」
「かしこまりました。それでは準備してまいります」
タッタールは一礼し、その場を後にした。
「せ、先輩ってあんな感じだったんですねぇ」
「タッタールは顔に出ないのよね。でも忠誠心の厚い男よ。こんなところにもついてくるし、本当に面白い男だわ」
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そうしてタッタールは地上へ行くことになった。てきぱきと必要なものを鞄に詰め込み、地上へ行く準備をする。準備といっても持っていくものはほどんどない。地上で暮らす際必要になるマント、いくつかの薬、あと鏡だ。
必要なものが入っていることを確認して、鞄を肩にかける。そうして少女の前に戻り、4つの膝を丁寧に折り込んで、座る。
「それでは、姫様。行ってまいります。門の開け閉めだけ、お願いしてもよろしいでしょうか」
「ええ、いいわ。鏡は持ったかしら? ちゃんと連絡できるわよね?」
「もちろんです」
「よろしい。では、魔王の娘であるわたくし、ニュトスの名において門を開きます。しっかりクソ野郎の様子を確認してくること。可能であれば首を持ち帰りなさい」
「承知いたしました」
タッタールがそういったのを満足気に聞いた少女は、くるりと腕を大きく回す。すると、門が開いた。深く、どこまでも光を通さない闇が、ぽっかりと姿を現す。
タッタールは持ってきたマントを羽織り、薬を飲みこみ、穴へ向かう。
「では、行ってまいります」
そういって彼は穴へ飛び込んだ。





