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4-20 ゾンビメイドはご主人様の夢を見ない

文明崩壊からしばらく、無人の屋敷にただ一人、人間としての意識を取り戻したメイドゾンビがいた。

 ゾンビメイドの朝は早い。日が差し込むより早く身支度を整えると、まず掃除を始める。エントランス、廊下、大広間などのおもだったところの埃を落とし水拭き、乾拭きをする。同時並行で窓の掃除もやりつつ、そしてもちろん丁寧にかつ素早くだ。

 早朝の掃除を終えると次は屋内菜園だ。菜園で育てている草木や花々、ハーブたちの世話をする。十分に育ったものや見頃の花があれば刈り取る。

 次に向かうのはご主人様のベッドルームだ。ノックを3回、そして朝の挨拶をし部屋に入る。「ご主人様おはようございます」と改めてベッドに向かって言う。そこにはご主人様はいないがこれをしないとなんとなく落ち着かない。シーツを剥ぎ、枕を取り換え、花瓶の花を先ほど菜園で摘み取った新鮮なものに取り替える。こんなことをしてもご主人様は帰ってこないかもしれないが、やはりやらないと気が済まない。

 洗濯物をし部屋を掃除し終える頃にはすっかり正午を回ってしまう。基本ゾンビは疲れ知らず。とはいえ次の作業に取り掛かる前に給仕室で小休止を取る。乾燥ハーブティーで一服終えすぐに庭仕事に取り掛かる。

 草刈機で庭の芝を丁度良い高さで刈りそろえながら迷い込んだゾンビ共の首を剪定鋏で刎ねていく。ゾンビメイドもゾンビではあるがそんじょそこらの雑魚に遅れをとるほど彼女は鈍くない。

 植木を美しく整え、落ち葉を掃き集め、転がったゾンビどもの胴体や頭を回収し庭園の隅にある薪小屋へと運ぶ。落ち葉は堆肥に混ぜ、ゾンビは焼却炉に放り込む。

 庭仕事を終え、ポストを確認した後しばらくは、サンルームで干したシーツや衣服と共に休憩をとる。ただ何もしないのは退屈なので図書館から持ち出した小説を読んで過ごす。

 洗濯物を取り込んだ後の仕事は夕食の準備だ。といっても食材もないのであくまでも皿を並べるだけ。ピカピカに磨き込まれた銀の大盤や白磁のプレートを大食堂の長卓に配置していく。ゾンビメイド以外誰もいないこの屋敷でこの皿を並べる行為はあくまでも形式だけだ。もちろんこんなことが無駄なことであると彼女自身しっかりわかっている。が、やはりやらないと気持ちが悪い。

 しばらくして並べた皿を片付ける。夜の仕事はそう多くないが屋敷内で動いている機械や仕事道具のメンテナンスを行う。

 11時までにご主人様のベッドにシーツをかけ、毛布を敷きそれが終わると一言「おやすみなさいませ」とだけ言って部屋を出る。

 そして日付が変わる前にゾンビメイドは従者部屋にて明日の仕事に備えて床につく。

 これがゾンビメイドの平均的な一日の過ごし方である。誰もいないこの屋敷を彼女は意識を取り戻してからずっと続けてきた

 翌る日、ポストに一通の手紙があった。

 彼女がこの屋敷で目覚めてから39年。初めての出来事だった。

ー明日、日が沈んだ後にー

 朝から吹き荒ぶ風は冷たく、空には黒い雲が低く垂れ込んでいる。まるで何か不吉な出来事を予感させたが、普段通りにやるべきことを粛々と終わらせて、いま一休みの時間を過ごしいる。

 こんなどんよりとした天気の日には、レモングラスティーと共に午後の一休みをするに限る。いつもより少し熱めに淹れた茶を飲みながら今日来る客人のことを考えていた。

 昨日ポストに入っていた手紙には、ほんの短い文章の他には、差出人の名前も、宛名すらも書かれていない。

 封筒をしばらく弄んでいるうちに気づいたことがあった。昨日は暗くてわかりにくかったが下にとても小さく透かしで何かマークのようなものが描かれているのが見える。

 薄暗いサンルームの中、ガラス越しの弱々しい光に翳してよく観てみるとそれはぼんやりと浮かび上がってきた。

 一本の杖に絡み合った二匹の蛇、そして二対の蝙蝠の羽。少々の装飾以外に何か文字のようなものはない。

 医療の神アスクレピオスの蛇に、おおよそ似つかわしくない蝙蝠の羽。蝙蝠はある地域では吉祥の印とされているらしい。しかしこのエンブレムの主はそうは思っていないだろう。

 ウイルスの運び屋。

 蝙蝠は医療とは程遠い。

 客人の姿はまだ知らないがどうやらあまり性格が良さそうな相手ではなさそうだ。

 それに、この手紙の主は……。

 飲みさしのレモングラスティーを飲み干し、読んでいた本を閉じる。いつもより早く休憩を終え、準備へと取り掛かることにした。

 これから客人がくる日没までの間、念入りに掃除をして装飾を歓迎用のものに取り替えよう。十分な晩餐は用意できないかもしれないがハーブティーと乾燥菓子ぐらいなら自信がある。

 

 来客を知らせる鐘の音がエントランスホール中に響き渡る。モニターを見る限り客人は馬車で来ているようだった。正門をスイッチで操作し開扉する。私は客人を出迎えるために扉の元へと向かった。

 扉を開けると二頭の馬にひかれて馬車がこちらへとやってくる。黒い馬に見えたそれはどうやら黒革のようなもので全身を包んでいる。

 そんな不気味な馬を操る御者はどうやらゾンビのようだ。馬車は静かにポーチの前で止まりそして本日の客人、一人の男が降りてきた。

 黒革のロングコートに包まれたその痩躯は馬の頭よりも高い。ただでさえ高い身長に頭のトップハットはさらに男を大きく見せた。

 帽子の下から覗く黄色く濁った双眸はいやらしく私や屋敷の中を睨め付けた。

「どうやらこの屋敷は君だけのようだが?」

「本日はよくぞ、このニシキドの邸宅においでになられました。ニシキドは今は不在にしておりますが貴方様を屋敷をあげて歓迎いたします」

「そうか、まあ君の主人とは昔馴染みでね」

 大方予想していたことではあったがやはりこの男はご主人様のことを知っているようだった。

 あくまでも私は冷静と、そして礼節で取り持って、この枯れ木にタールを塗りつけたような不気味な男を客間へと案内する。

「文明が無くなっているにもかかわらずこの屋敷はそうと感じさせない。きっと管理人が優秀なおかげだろうな」

 ”伯爵”と名乗った男は席につくなり屋敷中を見渡して、賞賛の言葉を口々にした。私自身この男から聞きたいことで頭がいっぱいだった。しかしメイドとしてこちらからずけずけと聞き出すわけにはいかない。あくまでも伯爵自ら話すその時をじっくり待つことにした。

「ところで君は、見たところゾンビのようだが」

「はい、ゾンビで間違いございません」

「そうかそうか」

 伯爵はじっと私を見る。

「私は君のご主人、つまりドクターニシキドとは古い友人、いや研究仲間でね。いや~あの頃がとても懐かしく感じられるよ」

「そうだったのですね、差し支えなければどんな研究をなされていたのでしょうか」

 この程度であれば会話の一環だ。あくまでもはやる気持ちを抑えながらも自分に言い聞かせる。

「私とニシキドくんはあるウイルスについて調べていてね、そいつは人間のもつ潜在能力を引き出す可能性があるのだが同時に扱いを間違えるととても厄介な代物でね、どうにか上手いこと科学の発展に役立てられないかあれこれしていたのだが事故……いやテロでウイルスは世界中に拡散してしまったんだ」

 伯爵は手に持ったカップの中身をぐいと飲み干す。

「結局研究は中断、いくつかの実験体をつくりあげるのみで僕とニシキドくんは離れ離れになってしまったんだ」

 伯爵はカップをおくと振り返ってこちら、私に顔をむけた。

「その実験体の一つがおそらく君というわけだ。君とてほとんどの記憶はないだろうがそれでも心当たりはあるはずだ」

 声を張りあげる伯爵の一方、私の脳裏にはこの屋敷で目覚めた時の光景が浮かび上がっていた。

 ひんやりとした地下室、花の香り、自分が入っていた黒々とした棺、ゾンビと同じ黒い血に明らかに並外れた身体能力。

「いやいや本当に良かった。まさかニシキドくんの素晴らしい作品とここで出会えるなんて」

 私は言葉の代わりに小さい会釈で返す。

「そこでだ、君のことを研究したいのだが一緒に私の研究室まで来てくれないかね」

「私には……私にはこの屋敷を守るという仕事がございます。せっかくのお誘いではありますが、ご期待に添えず誠に恐縮です」

 そうかそうか、伯爵がそう答えると同時にやおらコートの中からショットガンを取り出し、そしてこちらへと弾を発射させた。

 シェルが破裂し中の鉛玉が散乱するその刹那、私は床を思い切り蹴り伯爵のいるところとは反対側へと逃れた。

「素晴らしい、さすがニシキドくんの作品だ、彼はちゃんとやり遂げたんだ。ほしい、その研究成果を私は欲しい!」

 ついに本性を顕した伯爵の表情は悍ましいほどの狂喜で歪んでいた。この伯爵は体面を取り繕っているものの、ご主人様から掠め取ろうとする盗人に違いない。

 私はふくらはぎに仕込んだ得物を伯爵に向けた。

「私、この屋敷をお守りするメイドとして、この身も含めたご主人様の所有物を汚い悪党から守る義務があります、どうかこの屋敷からご退出を」

「おもしろい、ちょうど俺も実験成果を試したくて退屈していたところだ」

 来い、伯爵がそう叫ぶと同時にドアを打ち破って出てきたのはレオタードに網タイツ、うさぎのヘアバンドにホッケーマスクを被った、バニー姿の少年だった。いつの間にこの屋敷に入ってきたのかはさておき、華奢な体には似つかわしくないほどの大きなチェーンソーは重低音を鳴らしながらもこちらを向いていた。

「四肢を捥いでも構いません、が胴体はなるべく傷つけないように彼女を捕えなさい」

 チェーンソーはより大きな唸りを上げる。

 どうやらこの屋敷と自分を守る、長い夜が始まりそうだ。

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