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4-18 少女よ、災厄であれ

稀代の悪女になり得た女・ダリアは失態を犯し、その魂を浄化された。処刑され、空になった彼女の身体には、異世界から転生した娘・リコリスの魂が新たに宿る。

ダリアに仕えていた騎士・ニゲルは彼女を想いつつも、リコリスの存在に心揺れ動いていくが――。

善良なる世界、善良なる人々の中で蠢く、異世界悪役小説ピカレスク・ロマン


 甲高い悲鳴が延々と、白亜の処刑場に響き渡っていた。


 広くて寒々しい白の空間。床に描かれた、幾重にも重なる魔法陣。ダリア様はその上に(くずお)れた。浴びせられた聖水が、全身から滴っている。血のように毒々しい赤髪は、すっかり濡れそぼっていた。華やかな顔立ちも、派手なドレスも、随分と惨めな有様だ。


「止めとけ。ニゲル」


 駆け寄りそうになった俺の肩を、誰かが掴んだ。騎士のイドリスが、横目で俺をけん制している。


「気持ちが分かるとは言わない。……大人しくしてくれ。頼むから」


 その懇願を聞く必要が何処にあるというのか。そうは思ったが、足を止めることにした。

 聖水(アレ)を浴びたのだ。今更手遅れなんてことは分かっていた。

 俺の仕えていたご令嬢・ダリア様に残された末路はただ一つ。……消滅のみだ。


「貴女の魂が浄化されるまで幾ばくもありません。最期に一つ、お聞かせ下さい」


 空の桶を傍に置き、審問官はダリア様に問いかける。床に伏す彼女を見下ろす目には、慈悲と憐れみが含まれているように見えた。


「貴女は自身の行いを、その魂の在り方を、邪悪とお認めになりますか」

「……あら。その問答は何度もしたと思っていたけれど。でも、いいわ。何度でも申し上げましょう」


 苦痛に喘ぎながらも顔を上げ、ダリア様は艶やかに微笑む。

 その表情に、否が応でも惹きつけられる。彼女にはやはり、あの挑発的な微笑が相応しい。

 稀代の悪女になり得たかもしれない、彼女には。


(わたくし)の魂は善でも悪でもなく。ただ――愛とともに」


 それが本当に最後だった。

 人形の糸が切られるように、彼女の身体は床に崩れ落ちる。全身を濡らしていた聖水は光の粒子へと変わり、魔法陣に輝きを与えた。


「新たなる魂よ。この身体(うつわ)にお宿り下さいませ。異界より来たりし、善良なる魂よ――」


 こと切れたダリア様には目もくれず、審問官は天に向かって祈りを紡ぐ。

 やがて、魔法陣の輝きがすっかり失われた後。

 ()()()()()()()は緩慢な動きで起き上がり、辺りを見回すと当惑した表情を浮かべた。


「ここは……どこ」


 新たな魂が、産声を上げた。



 バーベナ教国の国教、その教義は至ってシンプルだ。


 ――汝、善良であれ。


 善良な人間でありましょう。そして、相手もまた善良な存在であると信じましょう。教典に書かれているのは、終始そんな教えばっかりだ。……ああ、笑っちまうほどに性善説だよ。

 ま、この国の人間だって馬鹿じゃない。邪悪な人間ってヤツがどうしたって現れることくらい分かってる。その時は容赦なくギロチン刑だ。


 ただし、それにも例外がある。もし、才覚ある若者が邪悪に堕ちてしまったら。もしその魂を浄化し、別の善良な魂に()げ替えることができたとしたら。

 つまりは、そういうことだ。

 ダリア様は、その魂は、もはや跡形もなく浄化された。彼女の身体には今――別の魂が宿っている。



「部屋にいるか、ニゲル」

「……イドリスか」


 寝室の戸が二度、鳴らされる。鍵を開けると、廊下には幾らか暗い表情の騎士が立っていた。

 訓練上がりだろうか。汗と土がわずかに匂う。


「ニゲル。飯、ちゃんと食ってるか」

「母親みたいなこと言うなよ。それなりには食ってるし、最低限だけど鍛錬もしてる。俺もお前と同じ騎士なんだから、身体は維持しておかないと」


 仕える相手はこの前処刑されたけど。一言付け加えてみようかと思ったが、止めた。

 俺が数日の休暇を与えられてから、イドリスは毎日のように見舞いに来ている。余計なこと言ってみろ。それこそ母親のような頻度で顔を出される羽目になる。

 うんざりした表情をしないよう気を配りつつ、俺はイドリスに笑ってみせた。


「だからイドリス。そんな頻繁に見舞いに来なくたって大丈夫だぞ」

「ああ、いや、今日はそれだけじゃないんだ。神父さんから伝言を預かってる」

「……伝言?」


 すぐに思い当たる節が無い。眉をひそめる俺に、イドリスは気まずそうな顔でメモを寄越す。

 受け取って開くと、中には神経質そうな細い字が並んでいた。


「『今夜、スカビオサ寺院にて告解を行いなさい。それをもって、休暇措置を解くこととします。なお、告白の相手はリコリス・スカビオサが務めます』」

「……なあ。リコリス・スカビオサって」


 メモを読み上げると、イドリスは恐る恐る尋ねてきた。

 本当に質問しているわけではない。分かっている上で、俺を気遣っているのだろう。

 不愉快だった。だから改めて、ありありと事実を告げた。


「ああ。ダリア様の身体に宿る、新たな魂に与えられた名だよ。……ダリア様と同じ顔した別人に、俺の罪を告白しろってさ」



 夜も深まった頃、俺は宿舎を出てスカビオサ寺院に向かう。

 夜風の冷たい季節だからだろうか。辺りに人影はなく、とても静かだ。騎士宿舎と寺院は並ぶようにして建っていて、昼間はそれなりに人の出入りが多く賑やかなものだが。


 ダリア様のように浄化され、新たな魂を宿した人間は皆、スカビオサ寺院の所属となる。

 表向きは出家だが、その実態はただの保護だ。むしろ、かつての魂が過ごしていた環境に放り込まれる方が厄介だろう。

 寺院に所属した者には、新たな名とスカビオサの姓が与えられる。リコリス・スカビオサもそれに倣った形だ。


「うっかりダリア様って呼ばないようにしないとな」


 自嘲しつつ、寺院の扉を押し開ける。壁にかかったランプのおかげで、室内はそれなりに明るかった。

 奥にある木製の扉を開け、小部屋の中に入る。小さな椅子と小窓、あとは明かりとしてランタンが吊るされているだけの簡素な室内だ。小窓の向こうにチラチラと人影が見える。

 ああ、そうだ。告解は窓越しだから、相手の顔は見られないんだった。

 ため息を吐くと、小窓の向こうで影が揺れた。


「……あ。こんばんは。ニゲルさんで合ってますよね」

「ああ」

(わたし)、リコリスって言います。えっと、告解って本当は、お互い素性を知らせないで行うのが普通みたいなんですけど……」

「知っている。今日は特別措置なんだろう」


 声音というのは、魂で変わるものなんだろうか。ダリア様と全く同じ声のはずなのに、全く違うような印象を受ける。おかげで、気持ちが変に高ぶることもない。


「事情は知っているのか」

「……はい。神父様からある程度は。その、今私が動かしているこの身体には元々別の魂が入っていて、その方が罪人だったと」

「ああ。ダリアという名の令嬢だ。……俺がかつて仕えていた、な」

「はい。それも……お聞きしています」


 しばし、沈黙が流れる。小窓の向こうの影が揺らめいている。

 かと思えば、「うっ……」と小さく呻き声が聞こえた。


「……失礼いたしました。たまに気分が優れないんです。記憶とか知識とか、知らないことがずっと頭を駆け巡っていて、異物が胸に詰まったみたく、苦しくなる時があって」

「ああ。魂と身体が馴染まないうちはそうなるだろうな。俺にも覚えがある」

「えっ、あの、ニゲルさんって」

「ニゲル・スカビオサ。――俺の、()()()だ」


 小窓の向こうで、小さく息を呑む音が聞こえた。


 俺がこの身体に転生したのは、四年ほど前だったと思う。

 いたずらに窃盗を繰り返し、更生の余地なしとされた少年は、その身のこなしと体力に光るものを見出され、結果として魂のみ浄化されたらしい。

 その身体に放り込まれたのが、死んだばかりの俺の魂ってわけだ。


「俺の前世は事故死だったな。日本って国で、車に轢かれて」

「えっ、あの、私も日本から転生したんです!……えへへ、お揃いですね」


 仲間意識でも感じたんだろうか。はにかんだような声が癇に障る。

 色めき立つリコリスに、俺は棘を含ませ問いかけた。


「へえ。転生ってことはお前も前世で死んでるんだろ? 何で死んだんだ? 事故か、それとも自殺か」


 明確な悪意だった。トラウマをくすぐってやろうとか、そんなチャチなもんじゃない。

 転生したての状態で前世の死を思い出すと、魂に過大な負荷がかかる。俺も同じ経験をしたから分かる。さっきみたく、いやもっと強烈に気分が悪くなってもおかしくない。

 ざまあみろ。ダリア様の身体だけ乗っ取った紛い物が。


「なあ。答えてくれよ。お前は何で死んだ――」

「死刑になったんです。私」


 飄々とした声だった。そのせいで、理解が遅れた。

 ……こいつ、今何ていった?


 驚愕のあまり黙りこくる俺に、リコリスは尚も告げた。

 まるでダリア様のように、豊かで甘い声音で。


「前世でいっぱい、人を殺したんですよ。私」


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