4-17 客人(まろうど)こぞりて
数十年に一度、この世界には異世界から『落下物』が現れる。
それは人であったり獣であったり無機物であったり、定めはない。
そして昨夜、深海の森に出現した光の柱の捜索に一行は旅立った。
『落下物』を回収するために。
それがどんな厄介な代物でも放置することはできないのだから。
その日、その奥深さゆえに「海」の名を付けられた森に、一筋の眩い光が堕ちた。
それは、異世界の客人の訪れを告げる光であった。
「やあ」
寸分の隙も無く旅装を調えたレオナードは、応接室に待たせている同僚の元に向かい、そのドアを開けた瞬間、目にした人物の暢気な挨拶に固まった。
それから、錆び付いた動きで視線を横にスライドさせ、待たせていた人物がさっきの声の主の向かいのソファに座って頭を抱えているのを確認して、細く低く息を吐いた。
「何故、と問うても? 殿下」
けろりとした顔で供されていた茶を飲んでいたロナウド第一王子は、唸り声にも似た問いに笑顔で答えた。
「一緒に行くからだよ?」
「……」
レオナードは、視線をゆっくりと同僚に戻した。不自然な沈黙に何かを察した同僚がのろのろと顔を上げる。
「俺が隊舎を出た時は確かに1人だったんだ。尾行にも気を張っていた」
「そうだね。僕は君を尾行してきたんじゃない」
気がついたら後ろにいたんだ、と同僚は泣きそうな顔で再び頭を抱えた。バカでかい体躯がやけに小さく見える。
続けてレオナードは、自身の背後に控えている家令に目をやった。済ました顔をしているが、生まれた時から付きあいのあるレオナードには判る。アレは内心相当焦っている。
「―― 申し訳ございません、若様」
少しの沈黙の後、家令は深々と頭を下げた。薄くなりかけている頭頂部が物悲しい。
謎解きをするならば、ロナウド第一王子は尾行したのではなく、始めからこの屋敷近くで訪問者を待っていたのだ。そして、同僚がドアノッカーを叩き、家令と言葉を交わしている間にその背後に隠れ、体格のいい騎士の後ろにもう1人隠れているなど思いもよらずにそのまま応接室へと案内した家令が腰を折って開けたドアにするりと滑り込んだのである。
王子より間諜になった方がいいような気がする。
で、「待ちくたびれちゃったよ」と向かいのソファに腰掛ける第一王子に絶句し頭を抱える彼の元にサーブされた紅茶を悪気なく飲んでいた、というのが先程の光景というわけである。
「いやあ、第二騎士団の小隊長ともあろうものがぜーんぜん気づかないんだもの。これは問題だよねぇ。まあ今回はそれでうまくいったんだけど」
と、からから笑うロナウド王子を見て、可哀想な同僚を見て、レオナードは今度こそ包み隠さず盛大にため息をついた。
「殿下。せっかくのご訪問、恐悦至極に存じますが生憎我らはこれより任務に出立せねばなりません」
だから早よ帰れ。
言外と目線でこれでもかとその意を伝えたレオナードだったが、ロナウド王子はそれをぺいっとばかりに素知らぬ顔で告げた。
「うん。僕も一緒に行くから」
「―― は?」
レオナードも、思わず顔を上げた同僚もポカンと口を開けたが、ロナウドは構わず続ける。
「だって15年ぶりの『落し物』なんだよ? 行くでしょそりゃあ。僕の運命の人かもしれないし」
「―― 人とは限らないのですが」
レオナードは遂に眉根を押さえた。
彼らの済む国に限らず、極々たまに、それこそ数十年単位のインターバルを開けて異世界から何かが『落ち』てくる。それは人であったり動物であったり、木や石といった無機物まで何でもありだ。しかし、有益な知識を持っていたり、貴重なレアメタルだったりと捨て置くには惜しい事が多かったのと、人であった場合はたとえ何の有益性がなかったとしても一種の難民として保護すべきというのが世界共通の認識となっているため、こうして確認・回収する必要がある。
そこで今回選出されたのが第二騎士団小隊長レオナードと、そこで頭を抱えている同じく小隊長のガイツというわけだ。どちらもまだ20代後半ながら小隊長を勤めているだけあって知力・武力ともに問題なく、しかもその若さ故に異世界由来のものへの対処も柔軟に行えるだろうとの事だったが、それを聞きつけて割り込んできた第一王子への抑止力は限りなく低かった。
それでもレオナードは説得を試みた。
「殿下。『落下物』は女性とは限りません。ましてや殿下の御年に釣り合う様な少女とも思えません。動物であれば発見も難しいでしょうし、木や石かもしれません。無駄足の可能性の方が遥かに高いのです。城に戻り、報告をお待ち下さい」
「嫌だよ」
レオナードの言葉にきっぱり拒絶したロナウド王子は、口を尖らせた。その表情は16歳という年齢からしても幼いものだったが、次いで出てきた言葉に騎士2人は揃って頭を抱えた。
「逆に考えれば僕好みの美少女かもしれないでしょ。可能性がある以上、僕も同行する。これは母上も了承済だよ」
とにっこり笑う第一王子に対し、レオナード達には抗う術はなかった。
今回『落下物』が確認されたのは昨日、落下位置である深海の森までは馬を飛ばして1日、そこから探索開始となるため、『落下物』が人であった場合、見つかるまで何日かかるか判らない。それに、ロナウド王子にはさすがに言えなかったが、『落下物』が人間であった場合、高い確立で『保護』ではなく『回収』になる、と記録にあった。文字通り空中から落下して絶命していたり、獣に襲われた後だったり、水も食料もなく衰弱死していたり …。
出現した場所にもよるが、そもそも数日サバイバルを生き抜く装備を持った状態で『落下』するはずがないのだ。これまで『保護』された幸運な者は、たまたま近くに村があったり商隊に拾われたりして生命を繋いだのである。
故に、荒事に全く縁のない王族など連れて行きたくはないのに、王妃の許可が出ているとなればもうお手上げだ。
レオナードとガイツは、ちゃっかり旅支度を調えてきていたロナウド王子を伴って ―― もちろん複数の近衛付き ―― 渋々出立したのであった。
深海の森までの行程は拍子抜けする程平穏に過ぎ、いざ探索開始となった段でまたひと悶着があった。
意外でもなんでもなく、ロナウド王子が同行すると言い出したのだ。しかしさすがにこれは折れるわけにはいかない。
「森の中への同行は絶対に同意できません」
「しかし ――!」
「どのみち1日で発見できるものでもないでしょう。それに、保護した後でこのキャンプに戻ってくるのですから」
「そうですよ、殿下! 危険です!」
レオナードに続いて護衛の近衛騎士達も次々に制止し、ようやく納得させて2人は森へと分け入った。
「はあ …」
と、レオナードとガイツのどちらからともなくため息が漏れる。
「誰に何吹き込まれたのかねえ」
「まあ、塔のじいさん達だろう」
もう遠慮する事はないと愚痴り始めたガイツに合わせ、レオナードもうんざりと答えた。
「あそこのじいさん達もなあ。おとぎ話かそうじゃないかくらいは言い聞かせてもらいたいもんだ」
学術の塔の学者達、それも歴史学者達は研究の傍ら教鞭を取る。その中で語られたものなのだろう。
「まあ聖女伝説だの賢者伝説だのってのは、勉強嫌いの子供の関心を引くにはもってこいだからな」
そんな雑談を交わしながら捜索を開始して、なんと2日目にして彼らは『落下物』と邂逅を果たした。
がさりと雑木を掻き分けて現れた少年は、レオナード達の姿を見てほにゃりと頬を緩めた。
『第一村人だぁ …!』
黒の短髪、多少のデザインの差異はあってもシャツとズボンをまとった華奢な体、恐らく全体的に埃っぽく汚れていてもなお上流階級を思わせる穏やかな佇まいは、レオナード達の警戒心を解くのに十分すぎる程だった。
「―― 言葉が通じないのは想定外だったな…」
それでも今、目の前で目を潤ませている少年を置いていくような選択肢は元より無い。
現に、頬を緩ませた後でへたへたとへたり込んだ少年には既にガイツが駆け寄っていた。
「大丈夫か!?」
『気が抜けちゃって … あはは』
言葉は通じずとも意思は伝わるというところか、ガイツは1人頷くと、さっさと少年を抱え上げた。
「戻るぞ、レオナード! まずは飯だ!」
『ちょ、ちょっと!?』
「判った判った」
慌てる少年の抵抗をよそに歩き出すガイツに続きながら、レオナードは安堵のため息をつき、無事に任務完了となりそうだ、と、そう口元を緩めた。
「おお、終生の我が伴侶よ!」
ロナウド王子が少年に飛びかかるまでは。





