4-15 惚れ薬の魔女の逃亡日誌
「アモラ・セドゥーサあんたはこれから『惚れ薬の魔女』として、厄災を起こさないように細心の注意を払って調薬に励みな」
――魔女になる少女達は、成人式の日に『魔女占いの魔女』により自分の歩む運命の中で最も関わり愛になるものの名を魔女名として与えられる。
この世にまだ誰も作ったことがないとされる奇薬惚れ薬。
その名を冠した『惚れ薬の魔女』の魔女の名を与えられ、その日のうちに既に惚れ薬が作成済みである事が、バレてしまい……。
惚れ薬を求めて集まる恋愛狂戦士と化した魔女学園の生徒や、お姫様、果ては下級の神までもが彼女が作成した惚れ薬を求めて、彼女を探し回る事態に。
彼女は無事に逃げ切り、『惚れ薬の魔女』の魔女として平穏に人生を送ることが出来るのか!?
イヤできない!!!
占い・調薬・魔法――それらの術をもつ女性達は、古くから魔女と呼ばれ、畏怖と敬愛の対象とされてきた。
現在、それらの術は不用意に扱えば厄災を招くとされ、九つある魔女学園のいずれかで学び、適性ありと認められた者だけが、成人式の日に『魔女占いの魔女』によって魔女名を与えられ、術を使う資格を得られる。
私は今その魔女名付与の待機列に並び、今や遅しと自分に名が与えられるのを儀式の間と呼ばれる教室の中で待っていた。
「デシア・アンティーダ。あんたの魔女名は『解毒薬の魔女』さね。その名に恥じないようにこれからの魔女としての生を送るんだよ。一人目の問題児さんや」
前の番だった親友が、妙齢の美しい魔女に名前を占われ、なんとも言えない名前を貰っていた。
似合ってるとも、似合って無いとも言えないな……。
普段嬉々として毒と言っても差し支えない新しい魔法薬と、その解毒薬を作り、飲ませてくる人に付けられる名前としては、なんと皮肉めいた名前だ。そんな名付けに苦笑いを零して、立ち去った彼女と変わるように、妙齢の魔女、『魔女占いの魔女』の前に立つ。その直後、彼女は、ニタリとその口を三日月型に歪め、メインディッシュが来たとでも言いたげな悪い笑みを私に向かって浮かべてきた。
あぁうん、嫌な予感しかしない。
「あんたは確か『解毒の魔女』の相方アモラ・セドゥーサだったね。魔法薬で教室をスライムまみれにしたり、手生え薬なんてものを生み出した今年一の問題児。いやーあんたを占うのを楽しみにしてたんだよ。問題児様は毎年珍妙な名前を見せてくれるからね」
ヒヒヒと、いかにも古い物語に書かれた悪しき魔女さながらの笑いを零し、ろくでもないことを口にしてきた。
「悪いけど、私は名前を貰えることに驚いてるくらいなんだから、星占いも魔法も落第点、調薬ですら半人前。何の名前も占えなくたって文句言わないでね」
「やっぱり面白い娘だね。ここにいる時点で、資格は十分なのさ。それに、あんたにはとびっきりの良い名前が与えられるよ。だって私の水晶があんたの運命を見て笑い転げているんだからね」
は? と彼女の手元にある水晶を眺めてみれば、確かに笑い転げているといって差し支えない感じに震えていた。
なんというか、ツボに入って呼吸困難になりかけている感じの震えだ。痙攣しているようにも見える。
「これ大丈夫なんです?」
「こんな風になる水晶ははじめてだから知りやしないけど大丈夫だろうよ。魔道具なんて未知のかたまりさね。おっと、そんなこと言ったら落ち着いたみたいだね。うん、こりゃ何となくあんたの運命が想像つくね。まさか、誰も作ったことがない奇薬の名を付けられるなんてね」
また悪い感じの笑い声を発して、占い結果を見せようと水晶を眼前へと差し出してきた。そこには震えた文字で『惚れ薬の魔女』と記されていた。
うん、だめだ。物凄く思い当たる薬だ。今ちょうど私の懐にその薬がしまってある。
こんな有名な名前の薬がまさか未開発だったなんて……うん。よく考えれば普通にあり得そうだ。ちょうど一昨日、思い浮かんだままに作成し、ほんの一錠分動物に与えてみただけでもとんでもない効果を出していた薬。この国どころか大陸で秘薬とか、奇薬とか、幻薬とか呼ばれる薬だ。
「少なくとも死ぬまでにあんたは惚れ薬を作っちまうってのようだね。はぁ......厄介なことになりそうだね。アモラ・セドゥーサあんたはこれから『惚れ薬の魔女』として、厄災を起こさないように細心の注意を払って調薬に励みな」
親友に対しての激励と違う微妙な言葉をかけられ、私は退室した。
廊下には待っていてくれたのかデシアがなんとも言えない表情で立っていた。
「お疲れーアモ。廊下で聞いてたけど、まさか『惚れ薬の魔女』だとはね……」
「『風邪薬の魔女』とか『傷薬の魔女』とか、その辺のしょっぱい調薬系の何かだと思ってたんだけどな」
「その名前を持つ魔女は二人ともまだ存命だから名付けの対象外だよ。あとアモ……この間の授業でその二人に関する講義、あったよね? 普通にその魔女名をいただいた方達は全員高名だよ。アモはそのレベルになる自信があったと?」
何度も試験勉強に付き合って貰っていたからか、物凄いジト目をちょうだいしてしまった。未知を探求するのが楽しくて過去とかどうでもよくなっちゃうんだよね。
「いやそうだね。『薬草の魔女』とかがいいかもね」
「もう、その名も高名な人達の宝庫だよ。まぁ、本当に惚れ薬ができちゃったりしたら、その高名な方達とも肩をならべられそうだけど」
冗談のつもりだったのだろう。彼女の言葉にどきりとしてしまった。それがよくなかった。長い付き合いの彼女にはこれだけで、私が惚れ薬に関してなにかしら既にしていることがバレてしまった。さっきのやり取り以上のジト目を私に向け手来ている。
「あーうん。実はね……できちゃってるんだよね推定惚れ薬」
「まさかと思っていたけどは? 本当に?」
じゃじゃんと懐から薬瓶を取り出し頭上へ掲げる。
「試してみる??」
「いや、あんたが作った薬で、私が何度酷い目に遭ったと思ってるの? 絶対に飲まないからね」
彼女は即座に薬瓶を押しのけ、嫌々と首を横に振る。
「うん、デシアに飲ませるつもりはないよ。だってこれデシアに惚れる薬だからね」
「ちょっとあんた何やってくれちゃってんの!?」
私の両肩を掴んでガクガクと揺すってくるデシア。痛いし、ガチギレしている顔がふつうに怖い。
「だって、思い着いちゃったら試してみたくなるじゃん? デシアだってそう思うでしょ?」
「その気持ちは分かるけど、私が聞いてるのはなんで対象が私だって事よ!!」
「手近な素材がデシアだったから? 体液で対象指定ができるかなーって」
彼女とは同室でよく涎を垂らしながら寝ているから、夜更かしすればすぐに採取が可能だった。
「それは理由になってないわよ……はぁ、もういいわ。どうせ何言っても結果は変わらないんだし。それでその薬どうするつもり? 惚れ薬って明確に言ってるってことは何かしらで確認はしたんでしょ? 」
「うん、まぁ……一応動物実験で効果があることは確認してるんだけど……」
「ちょっとまって、効果? 私動物に惚れられた事あるってこと??」
「一昨日学園長の猫にものすごくなつかれてたじゃない?」
私の問いかけに、思い当たる節があったのか、肩を堕とすデシア。
「普段は絶対に人に近付かないあの子がどうしたのって思ってたけど……まさかそれが惚れ薬の効果……」
「うん、本気で発情して近付いてたから間違いないよ」
「そっか、急に私に動物に好かれる才能が湧いて出たわけじゃなかったんだ。四六時中つきまとってきてたから。正直うっとうしかたけど、あのモフモフが薬の効果なんて……って、まって、動物だったからまだ可愛げがあったけど、人に服用したらあのレベルのつきまといを人もしてくるってこと???」
あの日も普通に親友としてデシアと一日過ごしていたからわかる。人になつかないあの猫が、逆にデシアと一ミリでも離れたがらなかったのだ。
それを人二置き換えたらと思うと、唯のホラーでしかない。
「うん多分そうなる。だからさすがに処分しようと思ってる」
「その処分が問題よね」
魔法薬は埋めたり焼いたりしても、使用しなければ土中や空気中に成分が残ってしまい、それを摂取した場合も同様の効果が得られてしまう。非常に消費が難しいものでもあるのだ。
「それなら私が貰ってあげるわ!! 『媚薬の魔女』!」
そんな大声と共に現れたのは、確か私の後ろに並んでいた子だったような……。
もしかして、私がデシアの魔女名を聞けたのとのと同じで『惚れ薬の魔女』を聞かれた!? それはまずい。
「いや、流石にこれは処分しないといけないから」
「なら使ってしまえばいいのよ。私の恋を成就させるために私が貰ってあげるわ!」
「えっ、ちょっと」
彼女は懐から杖を取り出すと、即座に魔法で薬瓶を引き寄せ、走って逃げてしまった。
「ねぇデシア。あの感じ、多分話をまともに聞いてなかったよね?」
「飲ませたら自分に惚れてくれるような口ぶりだったし多分そうなんじゃないかな?」
「追いかけなきゃだめかな?」
「追いかけなさい! あの薬を使われたら確実に私が被害を受けるんだから行くわよ」
そう言ってデシアは今まで見たことが無いようなスピードで駆け出し、その数分後。
半分に減った薬瓶を抱えて戻ってきた。
「もう手遅れなんて聞いてないわよぉぉ!」
四人くらいの生徒に追いかけ回されながら。
「あぁ、デシアお姉様! 待ってください私の愛をうけとめて~~!」
「待ってください、話だけでもきいてください」
「お願い、私をあなたの逆ハーレム……いいえハーレムに加えて!」
『逃がさない、逃がさない、逃がさない」
デシアが薬瓶を抱えているなら、私の出る幕はないかな。
「よし、もうことが起きちゃったならしょうがない。帰って寝よ」
このときの私はもっと注意しておくべきだった。
薬瓶の中の薬が四錠どころではなく、半分以下に減っていること、惚れ薬を飲んだ生徒が学園中を駆けずり回り、惚れ薬の存在とその強力な効果を、この恋に恋する多感な乙女達が沢山いる学園で見せびらかしていることの意味を。
後に『デシア・アンティーダ惚れ薬総受け疾走事件』と名付けられたこの事件をきっかけに、惚れ薬を求める恋愛狂戦士達から逃亡する日々が待ち受けているなんて、想像すらしていなかった。





