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4-14 荊の庭で君を待つ

名門アルセナ家の次期当主・レオンは、顔よし性格よし――ただし致命的にバカだった。

筆記十五点という前代未聞の成績を叩き出し、ついに王立魔術学院の名門・白百合寮を追放。

行き着いたのは、落ちこぼれや没落貴族が集う最下位寮・黒荊寮。


「楽しみでしかない」と笑う彼の傍らには、

幼なじみで従者のリリアがいる。

真面目で努力家な彼女は呆れながらも、彼を支えようと日々奮闘していた。


家柄も才能も関係ない。

守るべきは“誇り”だけ――。

黒荊寮で出会う仲間たちと共に、二人は再起の物語を歩み出す。


「アルセナ辺境領、次期当主候補。レオン・アルセナ。筆記試験――十五点。」


 学年の終わり。王立魔術学院に春が訪れようとしていた。

 石畳を滑る風の匂いは花と香水を混ぜたようで、

 陽光を浴びる貴族の子息たちは皆、光そのもののようだった。


 ここでは家柄も才能も、血筋の濃さでさえも価値になる。

 この国の未来を担う者だけが通う、栄光の場所。

 ──その中で、たった一人だけその道程を外している生徒がいた。


「成程。──睡眠学習を取り入れた甲斐がありましたね。前回より五点も多い」


 室内が沈黙する。

 笑いをこらえるような気配が、ざわりと空気を撫でる。

 教師の声は無慈悲で、窓の外の春風が遠くに感じられた。


 その中心でひときわ目を引くのは、一人の青年だった。

 銀の髪が光を反射し、深い青の瞳は静かに光を宿している。

 誰が見ても完璧な青年――外見だけなら。


(その結果がこれか……!)


 その言葉に、リリア・ハートは椅子から立ち上がりそうになった。

 彼の従者であり、幼なじみでもある。赤茶の髪を揺らし、眉をひそめ、拳を握る。


「いいぞアルセナ! さすが“没落貴族”のご子息だな! 数字まで庶民的だ!」


 誰かの揶揄するような叫びが反響する。

 周囲から忍び笑いが起こった。

 袖口の白いレースが揺れ、彼を嘲る歯が見える。

 アルセナ家――かつては王の直属として仕えた名家。

 だが今は、領地の衰退と共に“過去の栄光”と囁かれる存在だ。


 リリアは悔しくて手に爪を立てた。

 ――どうして笑っていられるの。

 このままでは、彼が継ぐ領地も、彼に仕える人々もお先真っ暗だ。


 けれど、思い出してしまう。

 幼いころ、雪の降る村で見た光景を。

 アルセナ家の当主――つまりレオンの父は、

 豪奢な馬車ではなく、自ら馬を引いて村を回る人だった。

 冬の食糧が尽きかけた家には、

 真っ先に自分の食糧を分け与えるような人だった。


「民を使う領主は山ほどいるが、民に頼られる領主は少ない。俺たちは後者でありたい――たとえ損をしてもな」


 そう語って笑った領主の哲学をレオンはしっかりと受け継いでいる。

 だからこそ、アルセナ家は民に慕われ、そして、貴族たちからは“甘すぎる家”と揶揄された。

 時代の流れに取り残された、古い理想の名残。

 その理想に救われたリリアは彼を悪くは思えない。


 彼の自信満々な笑顔が、痛い。

 痛いのに、憎めなかった。

 

「よって──レオン・アルセナ。貴君を白百合寮から除籍とし、黒荊寮への転属を命ずる」





 そして、帰省も終わり新年度。

 学院の敷地を抜け、市街地の外れに、それはひっそりと佇んでいた。

 古い石造りの建物。黒ずんだ蔦が壁を這い、その年季を伺わせる。

 かつて騎士たちが汗を流した訓練場──今は、落ちこぼれた者たちの棲む場所、黒荊寮。


「……まるで追放ですね」


 王立魔術学院には四つの寮がある。

 元々レオン達は白百合寮という王家や貴族の子が多い寮にいた。

 だが成績不振が理由で今回、この黒荊寮へと叩き出された。


「でも星がよく見えそうだ。悪くない」

「屋根に穴が開いている、をそこまでポジティブに捉えられる心は素晴らしいと思います」


 軽口を叩きながら扉を開けると、古びた床板が軋んだ。

 談笑していた数人の生徒が振り向き、皮肉を浮かべる。

 喋り方や態度からして、庶民上がりや元貴族の子が多いと聞いていたのにも納得できた。


「おや、白百合の“貴族様”が堕ちてきたか」

 

 彼らが良い思いを持っていないのは当然だった。

 所属する寮によって王立学院は生活が全く違う。

 授業での待遇から生活に至るまで。クラス分けも黒荊の生徒と一緒になる事はこれまでなかった。

 そのとき、低い声が空気を裂いた。


「やめろ」


 廊下の奥から現れた青年。

 深藍の髪、静かな眼差し。立っているだけで空気が整う。軍人みたいだ。

 彼が一歩踏み出すたび、笑っていた生徒たちが息を呑んだ。


「アーネスト・クロード……寮長」


 誰かが囁く。

 アーネストはレオンたちの前に立ち、短く言った。


「ここでは、家も名も関係ない。守るべきは“誇り”だけだ」


 生徒たちもリリアも思わず背筋を伸ばした。

 それぐらいの圧を彼の言葉から感じたからだ。


「俺たちは落ちた者だ。だが、ここは終わりの場所じゃない。もう一度立つための場所だ。――それを忘れるな」


「なぁ、リリア。彼の言っている言葉。難しすぎてよくわからないんだ。通訳を頼む」


「環境に腐らず頑張ろうね、と仰っています」


 レオンが「なるほど」と首を傾げて笑った。


「でも、そういうの嫌いじゃない。よろしく、アーネスト」


「……君は、ここを遊び場と勘違いしているようだ。そんな甘い場所ではないぞ」


「楽しみでしかないよ。やっと自分を正当に評価して貰える場所に来れたからね」


 嫌味一つないその笑顔に、アーネストの瞳が一瞬だけ揺れた。

 だがすぐに顔を背け「寮内を案内する。ついてこい」とだけ言うと歩き出してしまった。

 意外と面倒見の良い人なのかもしれない、とレオンとリリアは目配せをして彼の後を追って走り出した。





 翌日。新学期の始まりの日。

 学年も上がり、とりあえずの暮らす場所を確保できたリリアは勉強に燃えていた。

 昨年が学年上位には居たものの、上位数名には入れなかった。

 将来の領主が""アレ""なので知識は己が全て網羅するしかないのだ。

 

「まずは五位以内。そして学年末はトップまで……」


 魔術の解説書を読みながら歩いていると、周囲からの視線に気づいた。

 複数の視線が絡みつくようにリリアに集中している。

 その視線の意味を考えて、気づいた。


(間違えた。ここ、白百合寮組の校舎だった……)


 白百合寮所属の人間は校舎からして差別化されている。

 つい去年までの癖でいつもの道を歩いてきてしまったが、今年度からは別の校舎だ。

 

「黒荊落ちした癖に、なんでここに入って来るのよ」

「泥臭いのよ」

 

 嘲りと共に、リリアの制服の裾が魔術で焦がされた。

 白百合寮の人間は従者といえど、誰もが立派な家柄の子供が多い。

 庶民出身はリリアだけであった。またレオンは容姿や人当たりの良さもあってか虐げられる事はない。

 そういった事情から、こんな攻撃を受ける事は日常茶飯事であった。

 逃げながら唇を噛んだ瞬間――声が響いた。


「そこまでだ」


 アーネストがふらりと現れた。

 静かな声と共に、彼が持っていたサーベルをひと振りした。

 空気が震え、リリアを襲っていた火花が術者へと打ち返された。


「これ以上は学院規約違反だ。やめておけ」

 

 打ち返された術者の女生徒の制服の裾が焼け焦げた。

 これでお互い様だろう、と威圧的な目に射すくめられ、動けない。


「ありがとうございます……」

「礼は要らない。俺は俺の正義を守っただけだ」


 アーネストはぶっきらぼうにそう返した。

 自分の中の正義を実直に守る。そんな男の背中は大きかった。

 

「な、なんなのよ…………。黒荊のくせに……」

「アンタなんか、裏切り者のくせに! 国家反逆罪の子供が正義の味方ぶってんじゃねーよ!」


 その一言でアーネストの体が硬直した。

 アーネストの父はかつて王国軍の冷静沈着で民に慕われる将だった。

 戦争末期、敵軍の民間人避難を手助けしたとして軍機違反・国家反逆の罪を受け、追放。

 公式記録上は“裏切りの将”だが、実際は虐殺を止めるために命令を破った。

 父は国を裏切ったのではなく、“人としての誇り”を守ったのだ。


「お前に何がわかる……!」


 その事実を知り、恨み節一つ呟く事なく死んでいった父をアーネストは尊敬していた。

 その父を公衆の面前で愚弄された。

 怒りが頂点に達し、殺意が周囲にわかるぐらいあふれだした。


「いや…………」


 恐怖から女生徒が魔術を使った。

 高威力のケガでは済まない魔術だ。アーネストも虚を突かれて反応できない。だが──


「失礼。防御魔術の術式をまだちゃんと覚えていなくてね」


 二人の間に高密度の魔力による透明な盾が出現した。

 発動した魔術はそれに吸い取られ、何事もなかったかのように静寂な空間になった。

 リリアが声のした方をみると、校舎の高い部分にレオンが腕組みをして立っていた。


「レオン様。どちらへ行ってたのです?」

「去年の教室だ。後輩達に教室を間違っていると教えたら、間違えていたのは私の方だったようだ」


 あまりにも毒気を抜かれるやり取りだった。

 怒りもどこかへ消えて、ふっとアーネストが力を抜く。

 それだけで元通りの空気となり、女生徒は友人たちと共に逃げていった。


「あんな魔術見た事がない」

「あれは魔術ではありません。魔力をかき集めて、ただ盾の形にしただけです」

「そんな事が可能なのか……?」

「他の追随を許さないデタラメな魔力量。これがアルセナ家が王から寵愛された理由です。見ての通り、次期領主は魔術式一つちゃんと理解できてないんですけど」


 とんでもない才能だった。リリアに叱られ始めたレオンを眺める。

 すると、変な笑いが込み上げてきた。


「さっきは助かった。改めてよろしく頼む」


 聞こえているかはわからないが、笑顔を浮かべてアーネストは笑顔を浮かべ、静かに二人へ視線を送った。





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