4-13 アマテラスさまは引きこもりたい
突如として世界から太陽が消え、驚異の大寒波の発生から早一ヶ月。
謎の人物集団に拉致された大学生、天野 鶉に命じられたのは天照大御神もといアマテラスさまのお世話係!?
しかし当のアマテラスさまはというと、あれやこれやと御託を並べて引きこもりのゲーム三昧。
とはいえ世界も大ピンチなわけで――、
引きこもりたいアマテラスさまと連れ出す御役目の鶉。
アパート“天岩戸”を舞台に繰り広げられる、ドタバタ劇がここに始まる!
もしかしたら世界の命運を握ってる……かも?
「ほら、ちょっとでいいですから、お外に出て一緒に散歩しましょう。身体を動かすのも存外悪くはないですよ?」
「えー、やだよめんどくさーい。そんなことよりウズラもこっちに来なよ。一緒に炬燵でぬくぬくしながらゲームしよ?」
まるでダメ人間の典型のように、炬燵に半身を突っ込んだままで溶けかかっている少女に向けて、私はハァと大きく息をついた。
白に蘇芳の襲を着た彼女は。天板の上に放り出されたその両手でコントローラーを握り締めている。
「そもそもなんだけど、今の外って寒くて暗いじゃん? それに対してお家の中ってば暖かくって明るいでしょ? どっちにいるべきか明白じゃない?」
「それに関してはあなたが引きこもっているから、こんなことになってるんでしょう!?」
にへらっと笑ってそう言ってくる彼女に、私はそう渾身の叫びをぶつける。
本来、このようなことを言うのは間違いなく不敬にあたるのだろうが。だがしかし。この現状を見せられ、そしてその解決にあたらさせられている立場の人間として。このくらいの愚痴は赦されて欲しい。
突如として世界から太陽が消え、驚異の大寒波の発生から早一ヶ月。
謎の人物集団に拉致された大学生の私――天野 鶉に命じられたのは引きこもりのお世話係兼彼女を部屋から連れ出すという仕事であり。
そしてその引きこもりこそ。目の前にいるていたらくの愚物、もとい日本が誇る主神である天照大御神である。
――アマテラスさまがお隠れになられた。
私を拉致してきた集団が伝えてきた言葉はそれだった。
ダウンジャケットを着込みつつバイト先に向かっていた私は、彼らの話す内容がいったいなんのことかさっぱり理解出来なかった。
しかし現在世間を騒がせている超常現象についてもさすがに知ってはいた。
突然太陽を観測することができなくなり。同時、世界が寒気に包まれた、と。
厳密には一切観測ができないわけではなく、たまーに見つかっているらしいが。そんなもの市民感覚からしてみれば誤差である。
春真っ只中。……なんならば、もうすぐ夏場に差し掛かる時期だというのに零下を切ろうかという驚異的な寒さ。
お陰さまで季節外れだというのに灯油の需要が高騰しており。加えて、寒さと日照不足とのダブルパンチで作物の生育に支障をきたし、食べ物までもが値上がりを始めていた。
ただでさえ、こちとらバイトに勤しむ一人暮らしの苦学生だというのに。これだとバイトを増やしても糊口を凌ぐことすら怪しくなってくる。
「それで、アマテラスさま? が隠れたのとこの異常気象が関係していると?」
「まさしく」
現在進行形で私を拉致している集団は、質問に対して真面目にそう返してくる。
冗談を言っている雰囲気ではないのだが、しかし内容がマジのファンタジーのそれなのでこんな状況でもなければ笑ってしまいそうなものではあった。
「……で、その話と私になんの関連性があるっていうんですか?」
「あなたには、アマテラスさまを連れ出していただきたいのです」
曰く、太陽の神様であるアマテラスさまが引きこもっているから太陽が出てこない、と。
無理やり連れ出すことも実施してみたが、すぐさま逃げ帰ってしまってどうにもならない。
「大昔に引きこもられたときと同じ方法も試してみたのですが、どうやら既に手の内がバレているからか全くの効果無しで」
併せて、国際問題などにならないように関係各所への説明や謝罪を行うために神様たちが出払っており、アマテラスさまに出てくるように説得するための人員……神員? が不足しているのだとか。
「えぇ……でも、私にそんなことできるものですかね?」
「つきましては、仕事に従事していただいている期間についてはこちらで生活費を補助し、成功報酬としてこのくらいを――」
そうして彼らが提示してきたその条件に、私は一瞬で目の色を変え。
「やる。やります! やらせてください!」
ただでさえ今日の食事に悩んでいた人間である。生活を保証される上に報酬まであるのであれば、そりゃあ食い気味に飛びついてしまっても仕方ない……仕方ないよね?
そして現在。なかなかに趣のある……ボロっちいアパート“天岩戸”には、今日も今日とて騒がしい声が響いていた。
「こーぉーらーっ! アマテラスさま、ゲームは一日三時間までって言ったでしょう!」
「へへーんだ! ウズラってばそういうとこばっかり細かいんだもーん! やりたいことをやってなにが悪いっての!」
「約束を守れないような悪ーい神様には、今日の晩御飯の鮑、抜きにしちゃおうかなあー」
そっぽを向きながら、わざとらしくそう言ってみると。勢いよく振り返ったアマテラスさまがあわあわと焦った様子を見せながら狼狽する。
「ウズラ? えっ、それ、う……嘘だよね? だって私、神様なんだよ?」
「でも、アマテラスさまの御食事を作るのは私ですし、献立を決めるのも私ですよ?」
「で、でも」
「いやあ、美味しいでしょうねえ、鮑。今日はどうするつもりだったかなあ。酒蒸しか、あるいは炉端焼きにしても――」
私がそうやって挙げていると、彼女はウギギギとしばらく唸ったあとにゴメンナサイと謝ってくる。
鮑はアマテラスさまの大好物なようで、毎日の食事に入れることになっている。偏食が過ぎないか? と思ったこともあるが、私もその御相伴に与れるので文句はない。むしろこんな美味しいものを食べられるのでありがたい。
ちなみに、これを引き換えに外に出ることを提案したことはあるけど、さすがにうまくコトは運ばなかった。
それで解決するならこんなことになっていない。
「そもそもね、ウズラ。私は少し思うんだよ」
「……なんでしょう」
不意に、アマテラスさまがそう話しかけてくる。
こういう切り出しのときは、大抵どうしようもない思いつきをしたときなのだが、いちおう真面目に聞いておく。
「最近って、温暖化がどうとか気温がどうとか言われてるじゃない?」
「そうですね」
「アレって、太陽の熱が原因でしょ?」
「……いちおう、遠因にはなり、ますかね?」
温室効果ガスの増加とかが原因ではあるのだが、そもそも温めているのは太陽光ではある。
「だからね? 太陽が隠れてたら気温が下がってむしろいいんじゃないかなってそう思うんだけど」
「そのせいで大寒波になってたら世話ないんですよっ!」
加減を知れ、加減を。
いやそもそも温暖化云々に関わらず太陽にはいてもらわないと困るのだけれども。
「でもね? ウズラたちは太陽は必要だーとか、無くなったら困るーとか言うけどね? 案外そういう人たちばっかりじゃないんですよ?」
「……えっ?」
そんなわけ無いだろう。私なんて太陽がなくなった影響で生活が死ぬほど苦しくなったというのに。逆にそれで楽になってるやつがいるのだとしたらめちゃくちゃ恨めしいのだが。
ああ、でもたしかに石油需要が増えた今。石油関連の仕事をしてる人たちは儲かってる、のかな?
そんなことを思っていると、アマテラスさまは御自身のタブレットを持ち、トッテッテッテッとこちらに駆け寄ってくる。
「この人は私のゲームのフレンドのヴァンさんなんだけどね?」
「はい」
「海外の人っぽいんだけど。ほら、このチャット見て! 『太陽が無くなったお陰で動きやすくてまじハッピー』って」
「……ん?」
チャット欄を読んでいくと、たしかにアマテラスさまの言っているような内容が散見されるが、違和感を感じる。
このめちゃくちゃに暗くて寒い中で動きやすいわけがないし、他にも『活動時間が伸びたお陰で食事にも困らない』って。私は死ぬほど食事に困ってたんだが?
いったいなんなんだ、このフレンド。ヴァン=ピールってやつ、なんだこの中二病みたいな名前――、
「って、このフレンド、吸血鬼じゃないですか!?」
「ほえ?」
そういえばニュースでそういう事件が増えているって聞いたような気がする。主にヨーロッパの方で。
えっ、なに? アマテラスさまが引きこもってるせいで吸血鬼が出てきて……って、そんな国際問題の発展の仕方ある!?
「やっぱり引きこもってちゃだめですって! ほら、お外行きますよ!」
「えー、やだーっ! 寒いし暗いし、部屋から出たくなーい!」
「アマテラスさまが引きこもってるのが原因なんですから! 出たら明るくて暖かくなりますから!」
ひとまず強引にでも引きずり出さねば。
アマテラスさまの身体を持ち、ズリズリと引っ張っていく。彼女は彼女で相当に出たくない様子で、棚だの机だのを持って抵抗をしてくる。
病院に行きたくない犬じゃないんだからさあ。
「ヴァンさんだって、別に引きこもってていいと思うよね!」
『大丈夫大丈夫、アマテラスちゃんは引きこもってて大丈夫だから!』
「お前はややこしくなるから話に入ってくるな!」
どういう原理か、神様パワーでチャットを行うアマテラスさま。だからそいつ吸血鬼なんだって。
というか、そんなくだらないことに不思議能力使うんじゃないよ。
「なにがなんでも、今日はお外に行きますからね!」
「いーやーだーっ!」
そんな攻防が繰り返されること、一時間半。
結局その日は、十数分ほどだけ太陽が顔を出すこととなった。





