4-12 異文化交流は酒の肴に丁度いい!
異世界の酒場で今日も始まる、キツイ1日を乗り越えた記念の飲み会。相手は直径30センチの火の玉、ウィル・オ・ウィスプのデイビット。焚き火のようなパチパチ音と共に酒を飲み、下品に笑い、くだらない雑談を延々と続ける。そんな酒カス共の宴は異世界でも変わらない。
しかし話題は、デイビットがナンパした「カンテラ頭の女性」との恋バナへ。しかし、地球生まれのオッサン、ウースィには困ったことがある。文化どころか種族が違う。地球生まれの誰が初見で理解するだろうか、火の玉の恋愛事情。
剣も魔法もほぼ出ない。世界を巡る冒険なんてさすがにキツイ。あるのは酒とナッツと、文化のズレと無駄に仲のいい口喧嘩だけ。
異種族コミュニケーションは、だいたい酔っぱらってからが本番だ。
あちこちで酒を酌み交わす音がする。いい音だ。下品な笑い声と新米吟遊詩人の下手くそな弾き語り、目の前の友が酒を飲むぱちぱちと焚き火のような特徴的な音。薬草を燻した樽に詰めて熟成された酒が鼻を通る煙たさ。そしてキツイ1日を終えた達成感。
「あ゛ー、今日も酒がうめえ」
「おめぇいつもそんなこと言ってるよな」
「うるせえよ目玉のおやっさん」
「オレはウィル・オ・ウィスプだって言ってんだろうがこのトンチキがよ」
目の前の友人は人と称するには少し特徴的が過ぎるが、もう5年の付き合いだ。機嫌で色や大きさを変える直径30センチほどの火の玉、ウィル・オ・ウィスプのデイビット。今はほろ酔い気味なのか炎の縁がうっすら青みがかっている。その身体にはでっかい目ん玉が1個浮かんでおり、炎が時折瞼のようにパチリパチリと瞬きをして表情を作っているせいかあまり不気味さを感じることはなかった。むしろ石で出来たボウルに酒とともに浸る姿にとあるアニメを思い出して何となく愉快な気分になる。
「そんで、結局どうなったんだよ」
「どうなったって、おめぇなんの事だよ」
「ばか言ってんじゃねえよ、おめえがこの前支払いほっぽり出してナンパしに行ったカンテラ頭のねーちゃんだよ」
「ばっ! 」
ごう、と一気にデイビットの炎が燃え上がる。そこそこの火力の火柱に前髪が数本焦げてしまった。
何してくれんだ、最近寝起きに枕見るのがちょっと怖い年頃なんだぞ。
「カンテラ頭とか言うなよ失礼だな、おめーだってゴブリンと見分けつかねえ頭って言われたらイヤだろうが」
「ええ……炎のエレメントの種族たちのツボは未だにわかんねえなぁ」
「土のやつらは水の奴らと一緒で冷めるようなことしか言えねえのなぁ。もう種族統合されて何年だよ」
「デイビット、言ってんだろ」
「はいはいホラ吹きウスィー二シーは勇者のおまけだろ」
「……ウスィーでいい」
ホラ吹きウスィーニシー、蔑称にも思えるそれは目の前の友人的にはセーフなのだそうだ。正確には笛吹 縁仁志だと何度も訂正していたが5年も経てばもう訂正することも疲れた。
身の上話なんて湿気ったもの、酒に合わないので思い出そうとした苦味ごとジョッキを傾けて飲み干す。ナッツを一掴み茶漉のような網に入れ、友人の頭上で軽く炙る。薬草と酒の香りと塩っ気でいい塩梅になったそれを口に頬張るとデイビットが舌打ちのように紫の炎を鼻先に掠めさせる。
「おめぇ、炙るのは一言断ってからだって何度も言ってんだろ」
「おめぇも昔の話を何年も燻らせんのやめろって何度も言ってんだろ酒が不味くなる、んで?そのお嬢さんとその後はどうなったんだよ」
「おいおい、まだその話続いてたのかよ、やめろよぉ」
グネグネと友人がその炎をくゆらせながらピンクと青みの紫に染まる。照れてやがる。異世界転移してきたオッサンにはどうもそれが適当なマスコットみたいに見えてしまうのでなんとも言えない気分になる。
「と、とりあえず名前は聞いたんだ」
「はぁん?」
「カンテラ・レディ」
「え、それ断ってないか?絶対本名じゃないだろ」
「本名はあと2回偶然であったら教えてくれるってよ」
「ロマンチックに見せかけたていのいい断り文句じゃねえの?」
「なわけねえだろ馬鹿野郎め、きちんとデートもしてるわ」
「本名知らないのにデートすんのかお前たち」
こちらの呆れた声にデイビットがゆらっと視線の高さに目を合わせて浮かぶ。
「お前本名交換した上で、もし火花でも交わってみろ、子、子供が出来ちまうだろうがよ!」
「いやそれは知らねえよ!?」
異世界に来てから数年、そこそこの年数が経ったが未だに他種族とのギャップは酷い。特にこういう恋愛事情は身体の性質自体が違うせいか文化の差が酷い。
「ほんと、ほーんと!言葉には気をつけろよこのスットコドッコイの生木ヤロウ!」
「いや、悪かった、悪かったけど炎界隈では生木ヤロウって罵倒語なんだな」
「当たり前だろ!水分含んで燃えにくい生木なんて罵倒語に決まってんだろうが」
「あ、燃えにくい=悪いことなんだな」
ぶふぉん、とデイビットがわざと煤を出すように燃える。やめろ、ナッツが不味くなる。
「お前んとこだとなんて言うんだよ」
「あー、いやスットコドッコイはあるがかなり古い言い回しだし生木、唐変木か?」
「とぅーへんホッグ?ハリネズミの仲間か?」
「とう、へん、ぼく。オレの世界の外国にあった変な形の木のことだな」
「それがなんで罵倒語なんだ?」
「え、知らん。というかこの会話先週もやっただろ」
ギャハハ、と下品な笑い声とくだらない会話に酒が進む。ナッツも美味い。ポップコーンより軽く、意味のない話が日本での飲み友達を彷彿とさせて心地がいい。
「んで、デートの決め手はなんなんだよ」
「なんだよ決め手って、ウィル・オ・ウィスプに手なんてねえだろ」
「バーカ、口説き文句はなんだって聞いてんだよ!お前はともかくカンテラのねえちゃんには手ついてたしな!」
「そりゃあ決まってんだろ」
急に伏せ目風に瞼のような部分を伏せたデイビットがこちらに身体を寄せる。ほのかに熱すぎない程度の熱気とどこで鳴っているのかパチパチと焚き火のような音がする。
「彼女、ロマンチックな雰囲気が好きだからな、こう言ってやったんだ。『オレの家で岩塩ランプで炎を休めながら一緒に音楽でも聞きませんか』ってな!」
「……?お、おう凄いロマンチックなんだろうな炎のヤツらにとっては」
本名知る前にお家デートなんだ、と何度目かも分からないカルチャーショックを受けつつもやぶ蛇をつつきたくないので酒を飲むことで疑問を飲み込んだ。
ちなみにやぶ蛇は炎のエレメント界隈では落ちた栗をつつくというらしい。焼けぼっくいに火がついたとかはなんて言うんだろうか。
「それで、お姉さんは?」
「それがよぉ、カンテラの背中側のガラス板を銀箔を散らばめた藍色のガラス板にしてくれてよぉ、左右もステンドグラスにしてくれたんだぜ!土台部分も鏡を割ったやつを敷いてよぉ、安いもんじゃねえだろうし彼女の光がキラキラしてよぉ、もうたまんなく可愛かったんだぜ。もう驚いて火がピンク越してギラッギラになっちまったよ」
「あ、炎のエレメント界隈ではキラメキの具合がトキメキの具合なんだな」
「あったりまえだろがってぺっぺっ!何しやがる!」
自信満々なデイビットに笑いながらとあるをひとつまみかける。ぶわっと炎の色が変わると同時に目玉が鼻にくっつきそうなほど顔(?)を近付けてドスの効いた声で凄まれる。
「おめぇのその意味わかんねえ粉で色変えるなって再三言ってんだろ!」
「冗談だって」
「おめえだって無理やり笑顔にされたらイヤだろうが!デリカシーないことすんじゃねえって」
酒が不味くなると強い抗議に罰が悪くなってつい空になったジョッキに酒を貰いに逃げる。
感情を色と炎の形で伝える火のエレメントの種族たちは例え炎色反応だとしても無理やりにも色を変えられることを好まない。だがどうしても猫にシャーと唸られるような可愛さを感じてしまうのでいやがらせを止められないのだ。向こうのしつこいおまけ発言に対してのちょっとした意趣返しだと思って許して欲しい。





