4-10 廻り続ける愚者と死神
妹を助けたいのなら、私めの用意した十二の死のシチュエーションをお楽しみください。
僕の部屋に突然現れた死神のウィスは、そう告げる。
拒否することもできず、死んでは巻き戻される僕。
あまりの辛さに折れそうになる僕の前に、もう一人の死神が現れる。
死のシチュエーションの果てにあるものとは、そして死神ウィスの目的とは。
激しい雨が降り続く橋の上を、学生服姿の僕は傘をさしながらとぼとぼと歩く。
妹には、ここを絶対に通らないよう言い含めてある。
大丈夫。
前から来た自動車が派手に水しぶきを上げた。
避けようとした僕は欄干に手をつき、不意にその手応えが消えた。
傘が宙を舞い、一瞬の浮揚感。
全身を水の冷たさが襲った。
午後から降り始めた雨で川は増水し、激しい流れが僕を翻弄する。
水面に顔を出そうとしても、水を吸った服は鉛のような重さで、ろくに手足を動かすこともできない。
鼻や口から容赦なく入り込んでくる濁った川の水が強引に意識を奪いにくる。
助けを求めることもできずに、僕は下流へと流されていった。
※ --- ※ --- ※
目を開けた僕は、勢いよく布団を跳ね上げ、辺りを見回した。
見慣れた僕の部屋だ。
早鐘のように打ち続ける心臓と荒い呼吸をなんとか整える。
よかった、戻って来れたんだ。
死んだ時の恐怖は色濃く残ってはいるものの、僕の心にわずかながら安堵が広がった。
「お目が覚めましたかな?」
パソコンデスクに備え付けの椅子に、異形の姿が座っていた。
真っ黒なローブに身を包み、フードで半分隠れた顔は肉が乏しく、まるで骸骨。
そして背中に背負った大きな鎌。
「第三ステージはいかがでしたかな?」
「……最悪だ」
「それはよろしゅうございました。この死神であるウィスめが知恵を絞った甲斐もあろうというもの」
満足げに二度ほど頷く。
こいつが、今の状況を作り出した張本人だ。、
僕の部屋に突然現れたこいつは、死神界からの指令で僕の妹である風香の魂をもらいに来たと告げた。
うちは父さんが死んでから、母さんと妹の三人で何とか頑張ってきた。
男である僕は、二人を守らなきゃいけない。
それを、こんなわけのわからない理由で連れて行かれてたまるか。
「あなたさまの覚悟、このウィスめは感動いたしました。では代わりにこんなゲームはいかがでしょう」
ウィスは懐から一枚の紙を取り出すと、僕の前につきつけた。
「ここに、私めが考案した死のシチュエーションが十二種類あります。あなたさまには、これを全て体験していただきます」
「なんだって?」
死神は、掟で直接手を下すことはできないらしく、代わりにこういった死の要因を用意するのだそうだ。
僕はこのうちから一つを選んで死ぬ。
すると、死神はその日の朝まで時間を戻して僕の死を無かったことにする。
これを十二回繰り返して、全ての死のシチュエーションを受けきれば、妹の魂を獲るのを諦めるというのだ。
「特別に、あなたさまの記憶だけは残したまま時間を戻します。存分に死のシチュエーションをお楽しみください。私めはそのたびに、何度でも行き返して差し上げましょう。そう、何度でも何度でも」
その恍惚とした表情を見て、僕の背中を凍るような寒気が走った。
こいつは狂ってる。
しかし拒否することもできない僕は、言われるままに死を三回経験した。
「さあ、残りは九つです。次はどれを見せていただけるのでしょうか?」
死神の手には、いつのまにかあの紙がぶら下げられ、三つのシチュエーションに取り消し線が引かれていた。
まだ九回も……。
今までの体験が洪水のように襲い掛かってくる。
痛い、苦しい、怖い。
嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!
「……選びたくない」
「もしゲームを降りるのであれば仕方ありません。私めは指令通り妹さまの魂をいただきます。以後は、あなたさまとお会いすることも無いでしょう。ついでに申し上げますと、ループしていた間の記憶はあなたさま以外はありませんので、例え妹さまを見殺しにしたのだとしても誰も気づくことはありませんよ」
含み笑いと共に、ウィスはそう告げる。
こいつ最悪だ、僕がその選択ができないのを知ってて言ってる。
「では、私めはこれにて」
「待て! 待ってくれ! やるよ! やるから妹は連れて行かないで……」
立ち上がったウィスを見て、懇願する。
それだけはダメだ。
「それはよろしゅうございました。では改めて、第四ステージはこれなどいかがですかな?」
ウィスが指差す先には『夕方、公園近くを歩いていると、刃物を持った不審者に腹を刺されて死亡する』とある。
「夜は暗く人通りが少ないのはご存知かと思います。しかも当日は雨。犯人は、あなたさまの財布も携帯も持ち去ります。助け
を呼べずにゆっくりと死んでいく感覚をお楽しみください」
雨の中で一人倒れる僕。
助けを呼べないなか、刺さった刃物を抜くこともできず、長時間苦しんで死ぬ。
想像するだけで、恐ろしさに震えがきた。
「ご理解いただけたようですね、では第四ステージスタートです。死を迎えた後にまたお会いしましょう」
大仰に挨拶したウィスの姿が、そのまま空気に溶けるように消え去った。
これで、僕は夕方にはまた死ぬことになる。
もう避ける方法はないのか。
僕は、ノロノロと身体を起こした。
※ --- ※ --- ※
なんとか身支度を終えてリビングに行くと、いつものように台所に立つ母さんと、朝食を食べている妹の風香が居た。
「今朝は随分ゆっくりね、学校は大丈夫?」
「ん、まだ大丈夫」
母さんに言われ、陰鬱な表情で席に着く。
いつもと同じトーストとサラダ。僕はグラスにオレンジジュースを注ぐ。
「どしたん? 死んだような顔して、変な夢でも見たん?」
何もつけずにトーストをかじっていた風香が声をかけてきた。
「いや、なんでもない」
まさか本当に死んだとも言えず、生返事を返す。
そんな僕を眺めていた風香は、やがて興味なさそうに視線をはずした。
「そうだ、おまえ今日は友達の家に遊びに行くことになってるだろ? 帰りは近所の公園の前を絶対に通るなよ」
「なんで知ってんのよ。ってか、なにそのよくわかんない話」
「いや、なんだ。あの辺りは電灯も少なくて危ないからな、特に女の子は一人で歩いちゃだめだ」
不思議なものでも見るような目をしていた風香が、不意にぷっと吹き出した。
「なにそれ、あんたって時々お父さんみたいなこと言うよね。わかった気をつけるよ」
これで風香が公園を通ることはないだろう。
もしもの時のために、僕が早めに行っていれば、風香が不審者と出くわすこともない。
「ああ、気をつけて」
言いながら、僕は席を立つ。
母さんには悪いが、どうにも朝食を食べる気が起きない。
ふと、たんすの上に飾ってある父さんの写真が目に入った。
風香は絶対に僕が守るから。
声に出さずに、そう誓った。
「じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい」
母さんの声に送られて、僕は家を出た。
※ --- ※ --- ※
同じ日を四回も繰り返しているのだから、学校の授業は退屈そのものだった。
それでも午前の授業を終えた昼休み、僕は何をするともなしに屋上の片隅に座り込んでいた。
いくら追いやろうとしても、どうしてもこれから起こることが頭から離れない。
じりじりと近づいてくるその時を思うだけで、気が狂いそうになる。
「なんだなんだ、しけたツラしてやがんなぁ」
俯いていた顔を上げると、目の前に異様に背の高い男が立っていた。
つりあがった目に細長い顔。
身体にぴったりとした真っ黒い服には、よくわからない飾りやシルバーアクセの類がじゃらじゃらついている。
明らかにこの学校の生徒や先生ではない。
関わっちゃだめだ。
「これから死ぬのが、そんなに怖いのか? えぇ?」
場所を変えようと立ち上がった僕に、予想外の言葉が降ってくる。
嘲るような笑み、まさかこいつも死神か?
「俺様が何者かわかったようだな、シャトゥってんだ、よろしくな」
両手をポケットに突っ込んだまま、死神シャトゥはそう言った。
「僕は用はない」
「おいおい、俺様はテメーを救いに来てやったんだぜ?」
「本当か?」
「ああ、俺様はな、あのウィスって野郎が大嫌いなんだ、だからテメーに面白いことを教えてやる」
シャトゥは僕の返事も待たずに話し始めた。
「奴の条件、おかしいとは思わなかったか? 十二種類の死に方ってやつよ」
「おかしい?」
「ああ、俺様たち死神の好きな数字といやぁ十二じゃねぇだろ」
確かに、そういわれてみると……。
「そう十三だ、つまり奴はもう一つ死に方を用意してるんだよ」
「なんでそんなことを?」
「しらねぇよ、その方が面白いとか、そんなとこだろ」
シャトゥが投げやりに答える。
「それで、お前はその十三番目が何か知ってるのか?」
「おうよ、よく聞けよ。十三番目の死に方は『心中』だ」
「心中? 誰と誰が?」
「もちろん、テメーと妹ちゃんだよ」
僕は驚きのあまり言葉が出なくなる。
その話が本当なら、けっきょく風香を救えないじゃないか。
「あいつのシナリオはこうだ。テメーの母親は出かけた帰りに車にはねられ死ぬ。で、絶望したテメーと妹ちゃんは後を追うわけだ。ウィスのヤローは首尾よく三人の魂を手に入れて、めでたしめでたしと」
「そんなの話が違う!」
「だろ? だから、それをぶち壊すために俺様が力を貸してやろうってんだ、どうよ?」
絶望に潰されていた僕の中に、怒りが湧き上がってきた。
僕を騙していたことも、家族を理不尽に連れて行こうとしたことも、全てが許せない。
「わかった、手を貸してほしい」
「契約成立だな」
僕は、シャトゥと握手を交わした。





