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4-09 転生王女カルロッタの奔走 〜馬鹿王子の妹は、滅亡回避したい〜

王女カルロッタは、『婚約破棄をぶちかましてざまぁされる馬鹿王子』の妹である。

愛読していたライトノベルの世界に転生してしまったらしい。

前世の記憶が蘇り、その事実に気づいて青ざめた。

「このままじゃ国ごと滅亡するじゃない……!」

ヒロインの聖女は隣国で幸せになる一方、祖国となるカルロッタの国は聖女を失って滅んでしまう。

カルロッタも巻き添えになって処刑されるのはもちろん、多くの民が苦しみ犠牲になる。そんな未来は許せない。

勉強からはすぐに逃げ出す。裏表が激しい。常に人を見下している。天使のように顔がいいクズ。どうしようもない兄王子を、なんとかしなければならない。

カルロッタが協力者に選んだのは、兄の側近にして宰相子息のセルジュだった。

「お願い、この国の未来を救って」

「にわかには信じがたいですが……ちょうど暇でしたし、手伝って差し上げますよ」

カルロッタたちは、滅亡回避のために奔走する。

 ――これは、聖女のための物語。

 聖女が断罪され、全てを失い、新たな世界へ赴くために用意された舞台。


 その、はずだった。


「この中に、未来の王たる俺に、そして我が国そのものに背いた裏切り者がいる!」


 響いた声に、ざわり、とどよめきが広がる。

 視線が集まる先、そこには第一王子ハワードが立っていた。


 彼は、びしりと聖女を指差して。


「聖女イリスよ。貴様は俺の寵愛するルル・ジュメネ伯爵令嬢を傷つけ、挙句、死へと追いやった!」


 聖女は何も言わない。ただ、俯いている。


「たとえ神に認められた聖女であっても、否、聖女だからこそ、そのような蛮行は断じて許されない。調べたら証言が次々と上がった」


 証人がぞろぞろとやってきて、聖女の悪行を並び立てていく。

 やれ、ルルに脅迫文を送った。やれ、ルルを暗殺者に襲わせた。やれ、ルルに毒を盛った。


「他にも、俺の食器からも同様の毒物が混入された形跡があった。俺諸共命を奪おうとしたと考えられる」


 聖女の身がぶるりと震えた。

 王族を狙ったと言われたのだから、怯えるのも当然かもしれない。


「これらの証言に反論はあるか?」

「…………あの、身に覚えが」

「ないと言うのだな」

「は、い」


 その言葉を受けて、ハワード王子――聖女を糾弾していたはずの彼が、ニヤリと口角を吊り上げた。


「俺も、ない。なぜなら、俺は全てを見ていたのだからな!」


(まったく、何を誇らしげにしてるんだか。最初は聖女様のことを嫌って疑っていたくせに)


 私は静かに溜息を吐く。

 そしてホールの中央に進み出て、恭しく頭を垂れた。


「ごきげんよう。ご歓談中、我が愚兄がお騒がせしてしまい、申し訳ございません。楽しいパーティーの場を乱してしまうことをどうかお許しください」


 無関係な者からしてみれば、いい迷惑だ。

 もっとも、彼らに自覚がないだけで、無関係ではいられないのだけれど。

 だってこれは、国を揺るがすような一大事となる。


 顔を上げた私は、静かに宣戦布告する。


「――聖女の断罪を心待ちにしていた皆様も、ごめんなさいね? あなたがたの思惑、へし折って差し上げますので」


 舞台の演目は、運命(シナリオ)は、すでに塗り替えられていた。

 これは、裏切り者を炙り出すための場。裏切り者は聖女イリスではなく、この国に巣食う、反乱の意思を持つ人間なのだから。



 ◆



 病弱王女カルロッタ。

 原作(・・)ではほとんど登場せず、聖女を苦しめるだけのちょい役。それが他ならぬ私である。


 私は退屈だった。

 城の中に閉じ込められ、そのほとんどをベッドの上で過ごさざるを得ない毎日。

 世界中のありとあらゆる宝石を買い込んでも、ドレスで着飾っても、多くの従者を存分にこき使っても、気が紛れるわけもない。


 両親は私を見放している。

 外に嫁がせることすらできず、利用価値が低いからだろう。


 兄は馬鹿だ。自己中心的で思い込みが激しい。そのくせ、自分が偉いと思い込んでいる。

 しかも勉強が嫌だの何だのと駄々をこね、私の相手などしてくれない。そもそも存在を覚えているのかすら怪しかった。


 そんな『いらない子』の私の元に、意外にも彼女は現れた。


 聖女イリス。

 神に愛され、稀少な治癒の魔法を有していると謳われ、褒めそやされているのだという。

 彼女は兄の婚約者となり、その挨拶にやって来たのだ。


 美しく、たおやかで、しかしどことなく怯えているというか恐縮しているというか、自信なさげに俯きがちだった。

 その態度に腹が立って、私は詰め寄った。


「ねぇ、あなた、すごいんでしょう。それなら私の病も治せるでしょ」


 そうすればきっと、両親も私の価値を見出してくれる。

 永遠のような退屈と孤独の時間から抜け出せる。


「えっと、カルロッタ様、それはできないんです……」


「どうしてよ!?」


「わたくしが治癒できるのは、傷だけなので……その、病気は、ごめんなさい」


 憐れむような声も、申し訳なさそうな顔も、全部全部許せなかった。

 私は気がつけば手を振り上げていて、聖女を平手打ちしようとし――。


(――え?)


 どこか既視感を覚え、固まった。


 私はこの場面を知っている。

 頬を叩かれた聖女イリスは呆気なく倒れ、暴力を振るわれたにもかかわらず、(自分が悪いのだから)と怒りの声一つ上げない。


 イリスは、心優しく、臆病なのだ。

 そういう主人公(・・・)なのだ。


 薄青色の双眸を揺らしながら私を見上げた。


「カルロッタ、様……」


 何も応えられなかった。

 脳内に洪水のように情報が溢れ出して、視界がぐるぐると回る。自分が何者であるのかすら曖昧になる妙な感覚。


(そう、主人公。イリスは主人公。知っている。私は知っている。いや、思い出した)


 好きだったライトノベルで、読んだことがあるから。


(私は日本の……ううん、違う。私はカルロッタ。この国の王女で、そして、『婚約破棄をぶちかましてざまぁされる馬鹿王子』の妹だ)


 愕然とした。

 突然蘇った、いわゆる前世の記憶というやつで、未来がわかってしまったから。


 『追放聖女イリスは隣国で第二の人生を楽しむ』というライトノベルがあった。

 神に愛された聖女でありながら、周囲に虐げられる聖女イリスが、婚約破棄と追放をきっかけに新生活を歩む物語。

 冒険者になったり、商業に手を出してみたりする中、様々な人との出会って成長していく。


 ……と、それはともかく。

 大事なのは、彼女を捨てた祖国、すなわちこの国の行く末。


「このままじゃ、国ごと滅亡するじゃない……!」


 「伯爵令嬢ルル・ジュメネを害した」。

 そんなありもしない罪で、イリスは婚約者の王子から断罪される。

 言ってしまえばありがちな展開。しかし、その仕打ちを神は許さない。


 神の怒りが地に降り注ぎ、民は苦しみに喘ぐ。

 そして、怒りの矛先は諸悪の根源たる王家へ向くことになるのだ。


 王侯貴族が一掃されて、国名が地図から消える。

 その後どうなるかは作中では語られない。


 王道のざまぁ展開である。

 ただの読者だった時は、スカッとしたものだけれど。


(私も巻き添えになって処刑されるのはもちろん、多くの民が苦しみ犠牲になる)


 そんな未来は許せない。


 馬鹿兄を――第一王子ハワードを止めなければ。

 婚約破棄を告げさせたらおしまいだ。


 どうしたら。

 どうしたらいい?


 違う。それよりも今はイリスだ。

 このままでは嫌われてしまう。聖女を虐げる行いは神への冒涜になる。だから、取り繕わないと。


 平手を繰り出そうとしていた右手を慌てて引っ込めた。


「違っ、今のは、違うの。こちらこそごめんなさいって言いたくて、あなたが可哀想なくらいしゅんとしてるから頭を撫でてあげようと思って……。怖がらせたなら謝ります」


 我ながら下手くそ過ぎる言い訳だ。鼻で笑われても仕方ないと思う。

 しかしイリスは一転、微笑んですら見せた。


「いえ、それならいいんです。カルロッタ様のお力になれず、情けないです」


 その佇まいはまさしく聖女。

 物語の中で触れ合った彼女そのもので、それと真っ向から向き合っているのだという事実を改めて認識させられる。


 本来なら、イリスの回想の中で登場する『カルロッタに手を上げられ罵倒される』という虐げられ描写の一つであったこのシーン。

 どうやら、ひとまず回避できたようだった。


 とはいえ安心できるわけもない。


 一気に雪崩れ込んできた情報を処理しきれないせいか、貧血を起こしかけている。

 きっと顔面は蒼白だろう。


「私、体の調子が優れないみたい。わざわざ足を運んでもらったばかりだけど、またの機会をいただける?」


「はい。では、失礼しますね。ゆっくりお休みくださいませ」


(ゆっくり休めればいいんだけれど……そうはいかないだろうな)


 何せ、やることが多すぎる。

 じっとしていれば、待っているのは破滅だ。


 退屈などと言っていられなくなったことを喜ぶべきか、運命を呪うべきかわからない。


 ベッドに身を横たえた私は、イリスの後ろ姿を眺めながら、ノートを手に取った。

 暇潰しにならないだろうかと侍女に用意させていたものだ。

 こんな時に役に立つとは思いもしなかった。


 羽ペンを走らせ、すらすらと思い出したことの全てを書き留めていく。

 そして最後のページを千切り、侍女を呼びつけた。


「御用でしょうか」

「ええ。もちろん」


 馬鹿な兄には、それを諌めるための側近が傍に控えている。

 上手く機能していれば、原作では聖女の断罪が起こらなかっただろう。ならどうして起こってしまったかといえば、まともな意見は兄の反感を買い、切り捨てられてしまったからだ。

 切り捨てられることを恐れ、口出しできない者しか残らなかったから。


 聖女イリスの価値を訴え、側近を外された人物――その筆頭が、現宰相であるトンプソン侯爵の子息。


「セルジュ・トンプソンに会わせて」

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