序章 若狭の海 2
時は、平安後期。
華やかなる都では、公卿たちが歌、今様、催馬楽などの流行に興じ、一方東国や西国に目を向ければ武士たちが自力救済の世界を展開する。
時の天皇堀川帝は、政権の支柱・藤原師通を亡くして失意であり、見かねた父・白河法皇が政治に関与するようになるとかえって堀川天皇は遊興にふけるようになった。
そうなってくると白河法皇の責任はますます重くなる。法皇は末法の世を嘆きつつ、諸大夫層から自身の手足となる者を集めてなんとか国を治めようとした。
そんななか白河法皇から着目されたうちの一人が平正盛、この少年の父である。
桓武天皇の数多ある子孫のうち「平」を賜姓され、祖先は坂東で勢力を振るったが、その後正盛に連なる家系は坂東を離れて再び畿内に上り、各地の国司を歴任してきた。
正盛の頃になるとその力は必ずしも強くなく、実際のところ有名公卿の護衛をしたり僧兵に対する警察活動をしたりと貴族社会の「犬」となって忍耐強く生き抜いてきたのである。
そんな中正盛は数少ない機会を掴んで自らを売り込み、今では白河法皇やその近辺からから名前を覚えられ、公私問わず役目を与えられる程度にはなっている。
「あの寡黙な父が、どうやって院に取りいったのだろう」
そんなことは思っても誰にも尋ねられるものでもない。少年は溜息をつくと、心を振り払うかのように、おもむろに馬に跨った。
気づけば四半刻ほどは経ち、朝の涼しさは次第に潮風とともに去っていった。
少年は父の住まう居館へと、馬の蹄跡を辿るように再び走り出す。
先ほどまで見ていた遥かな海と、そう遠くない未来自分にも待ち受ける都の日々、そして先立って館で待っている父のことを思った。
その喉元が再び揺れた気がしたのは、恐怖であろうか。それとも。