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序章 若狭の海 1
かっ、かっ、かっ。
まだ早朝の若狭の海辺。
馬の蹄が潮風を切り裂く。
まだ薄暗い空の下、その少年は一人駆けていた。
年は、十一、二ほどであろうか。まだまだ成長するに違いないが、元服は済ませていてもおかしくない体躯である。
しかし、まだ目立たぬ喉仏、そして笠からふと覗く前髪がまだ彼が大人ではないことを示していた。
遠くには、海が朝焼けに仄赤く染まり始める。
鬣を撫でる風が、少年の頬を冷たく叩く。
彼はただ、正面だけを見ていた。
数町ほど走ったところで、不意に少年はぐっと手綱を強く握り、愛馬を引き留めた。馬はまだ走らせろと言わんばかりに嘶いたが、少年は宥めるようにぽんぽん、と馬を優しい手つきで叩いてやると、はらりと馬から降りて近くの松の根にその手綱を結んだ。
そうしてゆらりゆらりと歩いた先には崖があって、そこは朝焼けの日本海である。
眼に海の無限を宿した刹那、少年の喉がくっ、と上下に動くのを愛馬は見逃さない。愛馬はさらに嘶くと、それに後れて少年は今日初めて口を開く。
少年は、後の平忠盛である。
数え十一の初夏であった。