怠惰
嫌いにはなれなかった。
なれる訳なかった。
暇だったらお付き合いください。
「ねぇ…本当に悲しい事って何だと思う?」
「うーん」
本当、本物、本質。人間にとって、それを考える事は難しい気がしていた。
俺も一応、考えるフリはする。でも、答えを出すつもりは無い。
「私はね。知らない事だと思う」
ザザーンと波が大きく飛沫を立てた。一瞬の無言で、世界はこんなにも寂しくなる。
無言が多い日は、寂しさを忘れてしまう。
「知らないっていう怠惰は、許さないから」
珍しく怒りが入った声だ。今日は厄日かもしれない。これは、かなり面倒くさいやつだ。
「そっか」
意識せずとも返事は出来る。しかし、思考の放棄は、この場において罪だ。
怒りを孕んだ人物との対話は、経験則上、下手に宥めようとしない方が良い。火に油を注ぐだけだ。
「怠惰は、哀れなの」
大人しく、話を聞く事に徹する。これで、地雷を踏む可能性は、低くなる。
こちらに怒りが向かない限り。
『どうしてお前は、いつもそう…』
気を抜く度に聞こえる。あの人達の声なんか聞こえる訳ないのに。
ずっと恐怖している。聞いてしまったら、二度と、人を信じられなくなるから。
俺は、目の前の怒りに染まった人間とは違うんだ。そう思いたいのかもしれない。
夜の海は恐ろしい姿だ。だけど、俺にはそれが好ましかった。