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 こういった店の客はふつう男が中心、というよりほとんどだが、この店の場合、もともと女将の旦那が生きていたころはレストランだったこともあり、その時よく夫婦やカップルで来ていた女性客が、かつて楽しいひとときを与えてくれた記憶のせいだろうか、内装が変わり飲み屋になった今でも来ることは珍しいことではなく、その雰囲気が若い女性にも入り易い空間を生み出しているのだった。

始め、女達が話していたことはファッションや料理、町の誰それの噂話といった他愛もないことだったが、一方の髪の長い女が「いい人いないの?独りだと寂しくない?」と言い出したことから、話題はもう一方の髪の短い女の結婚話しに移っていった。髪の短い女は「あぁ、またか」と思いながらも、自分の結婚観や男性観の話をはじめるが、二人の会話はこの話題のときに一番が盛り上がるのだった。後ろの席の男は相変わらず甲高い声でまくしたてている小太りの男を見ながらも、意識は女たちの会話へと向いていた。

女達の会話が議論にまで白熱するころになると、呼ばれるまでもなく女将の出番である。「ねぇ、女将さん、この子ったらこんなこと言うのよ」「彼女と私では考えがあまりに違いすぎるのよ」女二人は、自らの意見に女将の賛同を得ようと、雛鳥が餌をせがむように口々に訴えだしたが、女将はどっちに加担するというわけでもなく、ただ笑みを浮かべながら二人の話を聞き、自分の意見を言うのである。それは、決して上からの物言いでも相手を言いくるめようとしているのでもなく、ましてこの店に集まる男共と話すときの、強い口調でもなかったが、二人はこの言葉を待っていたとでも言わんばかりに妙に納得するのである。

この店に足繁く通う常連客のほとんど、その中に女性が多いのも、一つには女将の存在があってのことだった。レストランだったころ、女将の旦那が厨房で料理を作り、女将は一人でホールを切り盛りしていた。その頃から女将は、忙しい合間を縫ってはお客さんと談笑し、時には会話に夢中になりすぎて旦那に「料理が出来てるぞ」と注意を受けたりしたものだった。しかし、客は料理の味以上に女将と過ごしたひと時に安堵と充足感を覚え、またこの店に足を運ぼうと思うのである。三十も半ばを迎えるころに旦那が亡くなり、店を畳もうと考えていた女将に、常連客の何人かが店を存続して欲しいと頼んだが、自分では旦那のように料理を出すことができないのを理由に断ろうとした。そんな中、女将が最も信頼を置いている弟が「だったら姉さん、ちょっとした飲み屋みたいなのをやればいい、その程度だったら、姉さんの料理の腕とレパートリーでも十分過ぎるぐらいだよ」と助言を与え、女将も「みんながそんなに贔屓にしてくれるのなら、私と夫との間の唯一といっていい形ある物だから」と、この店をはじめる決心をしたのである。飲み物や食べ物の仕入れから内装の改装まで、弟や常連客、数多くいる女友達の助けを得て、どうにか店をオープンしてから十年以上を経た今となっては、レストラン時代よりも客の入りが増えているほどだった。女将はまだ二十歳を少し過ぎたぐらいの二人を見ながら、自分が結婚したのは、今のこの子たちよりも若かったのだと思い、一日の仕事が終わり、鏡台の前で鏡を覗き込むときに見える目尻や口もとのシワ、張りがなくなりカサカサになった手を想像し、しばしの感慨にふけるのだった。


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