③
姪が料理を持って来ると、入り口から一番近いテーブル席に座っていた二人組みは、待ちかねたと言わんばかりに姪が料理をテーブルに置く前に受け取り、姪に何か下世話な冗談を言いからかうと、姪は本当に形だけの愛想を引きつった笑顔で返し、その場を立ち去った。見習いは親方の言葉にうなずいてはいるが視線はその光景を追っていた。
二人組みがそれぞれの皿に料理を取り分け手をつけようとしたとき、店のドアが開き冷たい空気が店内に流れ込んだ。二人組みのうちドア側を背にしてない方だけが、ドアと人の間から垣間見える外の光景をうかがい知ることができ、雪が降り出していることに気付いた。
店内の真ん中のところにあるテーブル席から小太りの男が手を挙げて呼びかけ、入ってきた男も軽く手を挙げてそれに応えると、顔見知りに挨拶しながらそこへ向かった。小太りの男はビールを一つ注文し、自分のグラスも残り少ないのに気付くともう一つ追加して、グラスに残っている分を一気に飲み干した。入って来た男はジャンパーを脱ぎながら席に付くと「他はまだ来てないのか?」と聞いた。「二人とも子供が風邪だから今日はやめとくとさ」小太りの男は、コースターを人差し指で回しながら言った。「風邪か、最近流行してるからな。お前んとこは大丈夫なのか?」男は脱いだジャンバーのポケットから煙草を取り出し、一本抜き出した。ライターがないのに気付いたが、すぐにさっきまで居た店に置き忘れたのだと思い、小太りの男のライターを取ると手のしぐさと目線で借りるという合図をし、小太りの男も小さくうなずいてそれに応えた。「ウチの方は、先週かかったからな。下の方の子がかからないか気になるんだけどな。お前こそ気をつけろよ。子供だけがかかってるんじゃないんだからな。独り身だと看てくれる人いないんだから。って言っても実家組は大丈夫か」小太りの男は、話しながらもビールはまだかと気にしながらカウンターの方をチラチラ見ていた。「独り身ねぇ・・・」男は相手に言ったというより、ただ無意識に口からついて出たといった様子で、自分で吐いた煙草の煙を見ながら呟くように言った。姪がビールを持ってきてテーブルに置くと、小太りの男は乾杯をしようと男に向かってグラスをつき出したが、男の方は相変わらず煙草を吸っては、吐いた煙を虚ろな視線で眺めていた。小太りの男がグラスをつき出してるのに気付くと、男は慌ただしく煙草を灰皿に擦りつけグラスを合わせた。二人の会話は小太りの男が話すのをもう一方が、ひたすら聞いているといった一方的なものだった。男はビールを飲んでは煙草を吸い、吐き出される煙をボーッと見て、たまに輪っかを作ったりしながら、相手の話にうなずいたり、視線を合わせたりするが、あまりに興味なさげなので小太りの男は何分か置きに「おい、聞いてるのか」と男に呼びかけた。しかし毎度のことなのだろう、小太りの男もそれほど男の態度を気にしているといった感じではなく、ただ自分の話をするだけだった。男の方からすれば、小太りの男の話しというのは甲高い声と早口で一気にまくしたてる上に、話題がそれまで話していたことから突拍子もないところへ飛び、混乱する男が何とか話の筋道を整理して、ようやく追いついたと思うと、また別の話題へ移り、最後にまた一番始めの話題へ戻るということもあり、会話に入ろうにも、ただでさえ寡黙な男は会話に入るタイミングを失ってしまい、口を開く機会を失ってしまうのである。しばらくすると、男はカウンターで並んで飲んでいる女二人の会話の方が気になりだし、意識はそっちの方へ移っていった。