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姪と見習いは冷たい風が入ってくるのを肌に感じ、ここからだと入口のところは見えないが、誰か入ってきたのだなと思った。姪はこの時間だと誰か近くの家に住む人のお迎えなのだろうと思い、それが大方、今自分たちから一番近いところに座っている老人の娘なのだろうと推測した。ギターを弾いている成年も含め、皆が入り口の方に注目する中、入ってきたのは姪の想像通り老人の娘で、中の熱狂にやや間を外した感を受けながらも申し訳なさそうに「父はいますか?」と音楽の邪魔にならないよう、カウンターの中にいる女将さんに口の動きと表情で尋ねた。女将が、目線で教える間でもなく娘は父のいる場所へと向かっていった。通路を横切るとき「すいません」と前屈みになりながら、二人組みや役所の男の前を通り、親方の前では一度立ち止まって挨拶し、親方も軽く手を上げてそれに応えた。小太りの男たちの前を通り、先生のところまで来ると、先生が頭を下げたので、娘も「父がいつもお世話に」と頭を下げた。先生は材木屋のところに寄り、娘の分のスペースを作ろうとしたので、娘は「結構です結構です」と言いながら、チラッと父親を見ると、娘の方を見ていて、娘は長年の付き合いから、もう少し店にいたいのだなと感づいて、さてどうしようかと考える間もなく姪が「こっち」へと自分たちがいるところへ手招きしたので、娘はようやく表情も和らぎ誘われるがまま奥の広間の六人がけのテーブルの椅子に腰掛けたのである。見習いは入口から入ってくる冷気に心地よさを感じたのも束の間、テーブルを挟んで前に座る老人の娘を意識し、また体が熱くなるのを感じるのだった。見習いが軽く頭を下げて挨拶をすると、娘は見習いの様子を見ただけで酔っているのが分かり「大丈夫?」と声をかけた後、カウンターの方に向き父親の状態を確認していた。見習いはうなずくだけで言葉を発しはしなかったが娘から視線は外さなかった。姪は見習いのその様子を見ていて、少し機嫌を悪くしたが、隣りを見ると長いまつ毛と鼻筋が高く通った横顔に溜め息を出さずにはいられず、見習いが「どうしたの」と小さい声で聞くと、相手を一瞬見たあと軽く鼻で息を鳴らし口を尖らせ立ち上がると水差しを持って厨房へ行ってしまった。