第7話 死の象徴
個人的に
「奈落に啼くペレグリヌス〜ウェルニクロの女〜」
を最後に、絶筆を考えています。
ここ10年以上評価に飢え、執筆を続けても恵まれず、執筆の疲労が蓄積したのか。
父親の四十九日を終え、人生の無常に嫌気が差したのか。
自らの才覚の底が見え、限界を悟ったのか。
小説が自己満足にも金銭にも繋がらず、かといってたった1人の読者にさえ巡り合えず、執筆の意味が見出せなくなったか。
〝いつくるともしれない報われる日〟を目指し、1作品も長編を執筆し続けられなかった自己嫌悪か。
或いは寝不足か。
父親の死を契機に自らの生きた証や評価を含めた〝何か〟を、執筆に求めて再開したものの、その何かが曖昧模糊で形のないものだったせいか、暗中模索の日々に逆戻りです。
いずれにせよ目に分かる評価、反応、収益がなければ、今作で筆を折ります。
突如正気を失ったエレインの剣を浴び、泪で不明瞭の視界の中、Nは絶え絶えに息を吐く。
それは死の淵に立たされた青年の、息を吹きかければ消える蝋燭の火のように、心許ない生命の息吹だった。
グールやゾンビは屍肉を貪ろうと円の形に群がり、彼を取り囲む。
獲物の皮膚を突き破るほどの鋭利な爪は薄明に照らされ、血染めの刀身を思わせる妖しく輝いた。
……このままでは殺されてしまう。
抵抗せねばと掌に力を込めると
「うぉ……」
熱を帯びた胸の開いた傷口に烈しい痛みが走り、とめどなく血が溢れた。
動こうと思えば思うほど蜘蛛の糸に巻かれた小虫のように雁字搦めになり、より状況は悪化する。
刻一刻と迫る最後の瞬間をぼうっと眺め、何も為せずにやられるのか……諦念が彼の瞼を閉ざし、次第に意識が遠のくと骸骨の手が暗闇から伸びた。
……まだだ―――インセクトゥミレス。
謎の声の主の戯言が、もし最悪の戦局を覆すものならば。
そうでなくとも、ただの妄想であろうと試す意味はある。
残された術はこれ以外にないのだから。
「インセクトゥ……ミレス」
消え入りそうな声で呟くと一瞬、閃光が青年を包んだ。
突然の出来事に視力をとうに失ったであろう死霊も、光で目を眩ませたように両の腕で顔を覆い、後退った。
時間にして5秒にも満たない、ほんの一弾指。
グールとゾンビは、再び顔をNのいた場所へ向けた。
しかし彼らの空虚な瞳は元々誰もいなかったかの如く、湿った土と簡素な墓石を映し出す。
「ウォ……ドコ……ダ……」
地上で首を頻りに動かした魔物が云うと
「ここだ、マヌケ」
―――刹那、上空からポタリと血液が滴ると同時に鋭く振るわれた鞭の一閃が、当惑した魔物の首を刎ねた。
胴体から切り離された頭部は恨みがましい表情で、ボウリング球のようにゆっくりと転がると、墓標にぶつかり跳ね返る。
絞首台の紐を彷彿とさせる細長の鞭が、役割を終えると脳を直接揺さぶるような金属音が鳴り響く。
先端には既に腐敗した黒血と、腐臭を放つ粘液が纏わりつく肉片。
―――何者かに奪われた亡者の命を、彼が1度のみならず2度も奪ったのだ。
「ウゴァ……」
驚嘆した怪物は唸り威嚇をするも、距離は縮めてこない。
理性を喪失した獣のような魔物さえも、変わり果てた姿形を、その身に秘めたる力を臆していた。
側頭部の両側に櫛形の飾りを身につけ、所々千切れた他人の使い古しの外套は、ジェット機の羽根を彷彿とさせる形状へと変化を遂げる。
革鎧の背面にはうっすらと髑髏の模様が浮かび上がり、その姿は不吉や忌み嫌われる存在の具象化―――魔の象徴である死神を体現していた。
死を拒む妄念に突き動かされた悪鬼に永遠の安らぎをもたらす、神聖なる役目を神に遣わされたのだろう。
戦局は変化したが溢れた血液は止まらず、時限爆弾のタイムリミットみたいに、心臓の鼓動は絶えず脈打った。
手招きする死の陰は濃くなり、巨大になる一方だ!
……迅速な殲滅をせねばならない、エレインもどうにかして助けなければ。
遺体をどれほどバラバラにしようと、なりふり構っていられなかった。
「ハァッ!!!」
掛け声に合わせて鞭で近寄った魔物を払い、胸を掠めると体内に溜まったガスが妊婦のように、腹部を膨らませたグールが勢いよく背中から倒れ込む。
金属製に新調し重量が増した分、扱いにくさに比例して威力の上昇を肌で感じた。
的確に狙うのは厳しいが命中さえすれば、ある程度はダメージが期待できる。
「そこかっ!」
振り返りざまに鞭をしならせ、背後に迫ったゾンビが吹き飛ぶ。
インセクトゥミレスの影響か夜目が利き、不鮮明だった敵の位置を、青年は手に取るように把握できた。
それに加えて空気の微細な揺れで―――周囲の敵の挙動の一挙手一投足を掌握する。
だが、まだ力を得たばかりのせいだろうか。
能力に頼りすぎた弊害が早くも露呈した。
「その小娘を始末する……お前ごと殺してやろう!」
魔物の叫ぶ方向に視線をやると、メイド衣装のグールは腕を振りかぶり、こちらへとティーポットを投げつけた。
野球のスローボールよりも緩慢な速度で手元から放たれたそれの意図を、Nは判断する。
単純に目線と意識を向けさせるための攻撃に違いない。
だが他の魔物との攻撃と、一緒のタイミングで回避できそうだ。
魔物の攻撃をぎりぎりまで引きつけ、空を飛ぶ……しかし最善を選んだはずが予想を超え、ポットが蓋が開くと砂が飛び散り目を眩ませた。
何事かと動揺した青年は隙を晒すと
「グア……ッ!」
「俺たちはその娘を殺さねば……気が済まない! 邪魔立てするならば容赦せんぞ! 異形の冒険者よ!」
脚に鈍い衝撃を受け、彼は地面に瞳を向けると鋏の刃が脚に食い込んでいる。
次の瞬間、万力のように脚を執拗なまでに締めつける一撃は簡単に皮膚を裂き、骨身にまで到達する。
持ち主の男と共に長らく墓地に埋まっていたそれは錆びつき、切り傷以上に錆の毒が原因で人を死に至らせるように思えた。
不幸中の幸いなのか。
グールがどれだけ力を入れようと武器の劣化が酷く、脚の切断は不可能だ。
だが
「……グッ、離せ、離せよ!」
絶叫しながらも体を揺らし抵抗する青年に、刃は物ともせず食らいつく。
既に致命傷を負っていた彼には、あと一発だけで戦闘不能にするに充分だったのだ。
「我々の悲願がようやく……叶うのだぁ!」
「構わんぞぉ、そのまま娘ごとやってしまえ!」
ここまで恨まれるとは、いったい彼女と魔物の間に何があったのだ。
研ぎ澄まされた殺意を剥き出しにする、魔物の正体は……呼吸を荒げて膝をつく青年は瞳の輝きを決して失わぬまま、エレインや魔物を見据えるのだった。
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