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【愚痴よりつまらない無価値な小説】 第20話 強奪の悪魔アハズ

影を追って家から駆け出すと、路地には影に老婆が引き摺られた。

大通りにでると視線の先には湾曲した角を生やし、コウモリの羽根を生やした直立する黒の狼犬が、鬼灯のように紅い瞳を輝かせた。

特に目を惹くのは神聖なる祭祀で用いられる聖衣を纏い、血を流す子羊を縄で縛り上げていたことだ。

―――連綿と続く偉大な信仰を、悪魔が冒涜していた。


「お婆さん!」


叫びも虚しく老婆が影の中に呑み込まれたのは、ほんの一瞬。

生への執着が滲んでいた目は白濁し、もう何も映らない。

老婆の呻きは喉の奥で途切れ、影から再び現れた際には身体は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

虚ろな双眸のそれの肉体は弛緩し、首が不自然な角度に折れ曲がり、重力に従い垂れ下がった手足が、彼女の死を静かに物語っていた。

人の最後はこうもあっけないのか。

2人の絶望に打ちひしがれる姿を眺め、悪魔はニタリと口角を吊り上げる。


「おやおや、嫌われ者の能無しボンクラ同士で雁首揃えてどうした? 死神に抗えば死の運命から、ババアを守れる……なんて、浅い考えしてたんじゃねェだろうな? ヒヒッ、図星かァ!? 人間共ォ! 単純な話、人も悪魔や獣と一緒さ。弱ったヤツから、順々にくたばるんだよ!」

「……悪魔、なんで契約を介さずに人を……?」


エレインが素朴な疑問を口にする中で、瞳が焼けつくほどの憤怒と寂寞を同時に覚える。

悪魔を殺す、許さない、どうして、救えた命が、何故……口許をわなわなと震わせた。

激昂して茹だる頭が冷静な判断をさせず、ただ青年は棒立ちしていた。


「何故かだと? 余命幾ばくもない〝死神憑き〟に関しては、特別に襲撃してもよいと、お赦しを頂いている。そもそも人間共だって、このババアを痛めつけてたじゃねェか。夜の街の秩序を乱すお前ら悪党に、悪魔アハズ様が正義の鉄槌を下しても構わないんだぜ? どうするよ、ケケ!」


体を揺らして嘲るアハズは続けて


「第一、悪魔にも劣る下等生物の人間に対し、いちいち契約をしてから魂をいただく……なんて七面倒臭いことを強制されんのが可笑しいのさ。サタン様やルシファー様の意向とあらば従うしかねぇが、俺と同じ考えのヤツ、結構いるんだよな」


Nの頭には会話の内容は入ってこなかった。


「何故……っ」


怒りのあまり、言葉がまとまらない。

それでも問いたださずにはいられず、彼は口走った。

何故こんなことをする、何のために。

生きるために喰うのか、ただ弄んだのか。

青年はその死を受け入れる答えを求めていた。


「理由も糞もあるかよ。あと数日の命のババアを殺そうとしたのは、元はといえば人の行い―――人の悪意という鏡が映し出した反射が、俺たち悪魔さ。気にいらねぇヤツに理屈をつけて殺して、殺して、飽くることなく殺してまわる……俺は人の業そのものだろ? 答えてみろよ、マヌケ」


薄く瞳を開けてアハズは長い舌を這わせ、2人を煽る。

Nobodyの中で彼を人たらしめていた何かが切れた。

無我夢中で向かい、悪魔に鞭を振るう。

勢いよくしなりながら、アハズの獣の顔面を捉えたはずだった……だが手応えがない。

まるで空を舞う紙に攻撃したような軽さだ。

アハズに目を遣ると捉えたはずの腕が暗闇に溶け、鞭の打撃をいとも簡単に躱していたのだ。


「炎の精霊サラマンダー。我が言葉に応じ、火焔を放て。フランマ」


次の瞬間エレインが詠唱を完了させ、炎が暗闇を切り裂く。

紅蓮の光がアハズを照らすと、鋭い獣の目がわずかに怯えたように細まった。

炎に浮かび上がる悪魔の輪郭がわずかに身を引き、そのさりげない所作に青年は確信を持った。


「……アイツ、光に弱いんだよ!」


間違いない、影を用いるヤツにとって光が弱点なのだろう。

エレインにその旨を伝えると迅速に場の状況を、彼女は呑み込んだ。

弱点を突かれ劣勢になると思いきや、アハズはすぐに余裕を取り戻す。

それもそのはず。

この夜闇と街の構造は、奴にとって絶好の狩場だ。

建物の陰、石畳の隙間、街灯の死角──そこらじゅうがアハズの潜む場所になり得る。

そして闇の中から伸びた影の爪は、Nobodyの脇腹を掠めた。

冒険者になってまだ間もない彼にとって、アハズはあまりにも格上の敵。

エレインがすかさずカバーに入るも、彼の生命を守る慎重な立ち回りで、攻めの要でもある彼女が攻勢にでられない。

闇の中から響く笑い声。

悪魔はより弱い者を狙う狩人のように、Nobodyへ的を絞り、執拗に襲いかかる。

何もない虚空から、また別の方向から爪が迫る。

辛うじて避けたが肩に当たった鋭爪が服を裂き、肌に血が滲む。


「おやおや、〝無の白〟の雑魚冒険者が勝てると思ってたのかよ。ひとおもいに殺したらつまらないからな。お前ら、獲物を殺るのは肉を裂き、切り刻んで遊んでからにしろよ」


焼け爛れたような赤の肌と山羊の頭、蝙蝠の羽根が特徴的な配下レッサーデーモン。

そして悪魔が掌を虚空にかざすと漆黒の空間から、いくつもの不気味な姿が出現し闇が牙を剥く。


「……埒が明かないな」


Nobodyは呼吸を整え、意識を集中し、自らの異能——インセクトゥミレスを顕現した。

昆虫の異能の象徴として頭部に櫛形の感覚器が現れると静寂の中で独特の臭いを嗅ぎ分けた。

レッサーデーモンや影の分身とは比較にならない、強烈な臭気。

風が運ぶ獣の皮脂、血と腐臭の入り混じった悪魔のみが放つ悪臭が。


「見つけたッ……」


Nobodyはハングライダーの翼のように変化した外套で風に受け、超速の踏み込みでたちまち空へはばたいた。

目的地は街の時計台、高みから戦いを見下ろせる場所。

覚悟しろ、悪魔め!


「う、嘘だろッ」


計略を見破られたアハズが驚愕したように、朱の瞳を見開いた。

その動揺とは裏腹に嬉々とした口許が、歪に歪んで―――それは演技だった。

刹那、Nobodyは自身の目を疑う。

目の前には老婆の姿があった。


「……やめとくれよ」


微かに揺れる白髪、嗄れた声、弱々しく涙ぐむ瞳—―—たった今、悪魔に命を奪われた彼女がそこに存在していた。

空に浮かんだNobodyの動きが止まり、一瞬の迷いが生まれた。

勝敗を決するには、それだけで十分だった。

次の瞬間、悪魔の爪がNobodyの腹部を切り裂


「がはッ……!」


体が宙を舞って落下していく。

鈍い衝撃が全身を駆け巡り、血が口の端から滴った。

アハズは老婆の顔を嘲笑に歪めると、再び獣の姿に戻り


「クヒ、いい死に様だぜェ!」


どこまでも愉悦に満ちた声を街に響かせた。

拙作を後書きまで読んでいただき、ありがとうございます。

質の向上のため、以下の点についてご意見をいただけると幸いです。


好きなキャラクター(複数可)とその理由

好きだった展開やエピソード

好きなキャラ同士の関係性

好きな文章表現


また、誤字脱字の指摘や気に入らないキャラクター、展開についてのご意見もお聞かせください。

ただしネットの画面越しに人間がいることを自覚し、発言した自分自身の品位を下げない、節度ある言葉遣いを心掛けてください。

作者にも感情がありますので、明らかに小馬鹿にしたような発言に関しては無視させていただきます。

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