第19話 生きる希望とそれを奪う者【愚痴よりつまらない無価値な小説】
鞭の持ち手と先端を握り締め、鎌の一振りを堪える中、銀の刀身と宝玉の眩耀の手助けが入ると、軽く凶刃を受け流した。
仰け反った死神をエレインがすかさず袈裟斬りするも刃が触れる瞬間、怪物の骸の体は霞のように消えていく。
死の概念が形を成した異形に、物理的な攻撃は意味を成さない。
互いに軽い挨拶程度の一撃、これからどうくる?
一般人の老婆は部屋の隅に逃げるや否や、息を殺して丸まった。
(……この人を死なせはしない)
決着がつく前にこれだけは聞かねばならない。
青年は死神を直視し、頭の中の疑問をそのままぶつけた。
「そもそもあの人はまだ生きている、どうして付け狙うんだ。死神っていうのは故人の魂の導き手なんじゃないのか? どうして生者に付き纏って絶望させるような真似をする!」
「何か思い違いしているようだが、我々には他意など微塵もない。死とは人にとって抗えぬ摂理であり、次なる世界……お前たちの言葉でいえば天国と地獄に向かうための準備に過ぎん。いくら否定しようと不変の理には、どんな生命も従わざるを得ぬ……理解したならば退くがよい」
死神は生を終える者をあるべき場所へ送る役割を粛々とこなすのみであり、そこに怒りも情もなく、残酷なまでに公平であった。
「ハイ、そうですか……と納得できないのが人なのよ」
「死神に抗ってまだあのお婆さんが生きてる……ってことは、俺たちが戦い続ける限りこの人は生きられるってことだ」
エレインが頷くと老婆の前に立ち塞がり、肉の壁になる。
呪われた緋色の鎧の耐久性は確かだ、ああすれば死神とて容易に手出しはできないだろう。
「邪魔立てするか……」
エレインへ一直線に向かい、黒の外套を棚引かせる。
今が攻めるチャンスだ、鞭を振り回しても無駄だ。
カバンをまさぐって悪魔避けの聖水を振り撒いてみても死神は微動だにせず、その足掻きを嘲るように冷ややかに告げた。
「定められた運命に従い、その老婆の魂は死の領域へと還る。生と死の理に抗う者は何人たりとも許されぬ」
ランタンを手にし虚空に何かを描くと、さらに同胞を呼び寄せたのか。
幾つもの黒い影が家の周囲に漂い始め、数の暴力が徐々に2人を追い詰めていく。
猛攻を弾く金属音が絶え間なく響き渡り、顔に、体に、切り傷が刻まれ、口元から頬を伝うと木の板に血が垂れる。
痛みで痺れる指先で手元が狂い、家の壁や机に当たると壁には傷跡がつき、床には磁器のカップの破片が散らばった。
老婆は
「Stop it already ...... attacking those people...... (もうやめとくれ……その人たちを攻撃するのは……)」
悲痛に叫ぶも誰一人として、手を止める者はいなかった。
なりふりかまっていられない。
正体不明の力インセクトゥミレスを解放し、青年は狭い家の壁に何度も叩きつけられながら
「N、どうにか持ち堪えるのよ!」
「わかってる!」
エレインの声に励まされ、宿命を覆すべく戦った。
老婆が誰にも害されず、誇りある死を迎えられるように―――死の運命に抗う術はないのか?
追い詰められた状況の中で、Nobodyはちらりと老婆へ視線を送る。
言葉を失った老婆はただ静かに、2人の老婆の尊厳をかけた闘争を目を逸らさず見守っていた。
2人の争いを見届ける老婆の脳裏に過去の記憶が蘇った。
立派な冒険者だった息子はある日を機に、剣の代わりに筆を執った。
書き物に没頭し始めた息子に
「冒険者の誇りはどうしたんだい! ヘタレに育てた覚えはないよ!」
怒鳴りつけた夜に息子は再び剣を取り、そしてそのまま消息を絶った。
何が正しかったのか今となってはわからない。
息子がいなくなってからというもの、彼女は生きる希望を失った。
街では侮蔑の言葉を浴び、厄介者扱いされ、暴漢に襲われ。
誰からも見捨てられ、手を差し伸べる者など誰もいなかった。
……そう、Nobodyとエレインが現れるまでは。
息子がどこかで生きていて、いつかひょっこりと戻ってくるかもしれない。
その時は元通りとはいかずとも、不器用なりに優しくあの子を包み込んであげたいと。
心の奥底に抱えた一縷の望み以外は何もかもがどうでもよくなっていたのに、なげやりな自分を護ると約束してくれたのだ。
その言葉を証明するかのように、2人は死神相手に武器を振るい、先の長くない自分の代わりに、前途有望な彼らが血を流し続けている。
懸命な彼らの姿に老婆の目頭が熱くなった。
助けてくれる者が、護ってくれる者が、此処にはいるじゃないか。
死は恐ろしくはあるが、この世界に息子がいないのなら未練はない。
老い先は短いと死を受け入れかけた彼女の中に、かすかに命の炎が灯った。
たとえわずかでも生きなければ。
……息子が帰ってきたら、次こそはあの子の居場所に。
―――いや、この2人が過酷な冒険に打ちひしがれたなら、今度は私がこの子たちを支えてやりたい。
……まだだ、まだ死ぬわけにはいかない。
「I don't know if you're the Grim Reaper or what, but don't go into people's houses with your feet in the dirt! Get the hell out of here!(死神だか知らないけど、人の家に土足で入るんじゃないよ! さっさと帰るこった!)」
立ち上がると同時に手当たり次第に散乱した物を投げ、2人を援護した。
生きてやる、生きなければ、死神なんぞに屈してたまるか。
老婆の心境に呼応するように背後で揺らめく蒼の光が、ふっと掻き消えた。
影の群れが動きを止め
「……まさかこんなことになるとは。こういう時はどうするのだ?」
新米らしき死神の1体が小首を傾げ訊ねると
「決まっておろう、この場に輪廻の糸に絡め取られた人間はいない。ならば戦う理由もない」
〝死の徴〟が霧散したのを察知し、彼らは音もなく後退していく。
唯一残った指導者らしき死神が
「我々の死の裁定を覆すとは……人の意思が……否、その方に宿りしモノの判断が正しかったというのか」
「何が言いたい?」
Nに向けた台詞に困惑し、返答を求めたが、その死神はそそくさと闇に溶けていく。
脅威は去ったが部屋中に散乱した日常品が、激しい争いがあったのを物語った。
難が去ってから老婆は心労で疲れたのか、ベッドに座ると溜め息をついた。
戦いに疲弊した青年は背中を壁に預けた。
「他人は……いや、肉親でさえ平気で命を軽んじる。あなたがそんな人間や魔物の利得にならない限り……暴漢も、死神も、自分のことばかり……」
嘆息混じりに言葉を紡ぐNの言葉に、老婆は耳を傾ける。
「頭の片隅には常に死が過ぎり……そして実際に生と死が紙一重の世界に身を投じる日々で、1つだけわかったことがある」
励ますように喉につかえた語句を捻り出す。
「嫌われようと、迷惑がられようと、誰の役にも立たなかろうと。生きることに貴賤はないはずだ。生きていていいんですよ。今、死を願うのは不幸が積み重なって、生きる気力がないだけ。その日が来るまであなたの命を―――あなた自身にも奪わせはしない」
誰かにN自身が言ってほしかった。
兄に比べれば自分は塵にも等しい、それどころか何年も留年を重ねて……
世間一般では労働しない人間は、罵詈雑言が浴びせられる。
仮に全世界が敵でも、自分だけは自分の味方でいたかった。
「酷な発言なのは百も承知だ。でも、また顔を見たいんです。俺のせいにして構わないから、俺を呪ってでも生に縋ってほしい……嫌われたり、不気味がられるのはもう慣れっこだ。恨みの1つくらい抱えられる」
エレインを介して伝達された彼の思いに、掌に大粒の雫が落ちて乾燥した肌を濡らす。
袖で目を拭うと、今度は彼女がNとエレインに語りかけた。
「...... you had a skull floating on your back when you morphed. You're so merciful, the Grim Reaper, not letting anyone kill you until you've seen the last of a dying old man... ......Thank you......(……変身したあなたの背中、髑髏が浮かんでたわ。死にかけた老いぼれの最後を見届けるまで、誰にも殺させないだなんて―――ずいぶん慈悲深い死神様だねぇ……ありがとねぇ……)」
慈愛の微笑に2人は気恥ずかしくも、慣れない賞賛に頬を緩めた。
「Even if people around you say that you are a monster and that you are out of the ordinary,...... you are a hero,...... because you reached out to me,...... when I was abandoned by man and by heaven,...... and you are a hero,......(異形のあなたに化物だとか、普通じゃないだとか……周囲がとやかく言ったとしても……人にも天にも見放された私に……手を差し伸べたあなたは……英雄……なの……)
これだけは伝えようと老婆は息を切らせても、必死に言葉を振り絞る。
教育という名の支配、そして何かとの交渉で得たインセクトゥミレスの異能。
―――普通の人間とは違う怪物の自認が、少しばかりほどけた。
「You don't have to be normal. ......Kindness to me is for everyone......Because it's not something ......Neither the lack nor the pain......I've had it......Be who you are......I'm sure that your heart is in it......You have the power to help more than just me......You have the power to save so many people. ......(普通でなくていいのよ……私への親切は、誰にでもできる……ものじゃないから……だから……欠落も痛みも抱えた……あなたたちのままでいてね……その心根はきっと……私以外にも……大勢を救う力があるのだから……)」
不可思議な力を扱い、不気味な余所者故に排除されるN。
街から忌み嫌われ、呪いの装備を纏うエレイン。
そして死神憑きとして蔑まれた老婆。
世間に爪弾きにされた3人が共鳴し合うのは、きっと必然だったのだろう。
2人への報酬だと言って老婆は、息子の形見を彼らに手渡した。
最初はそんな大事なものは受け取れないと断るも、しかし何処かで生きている可能性も0ではないと。
だから各地を探索し、息子に会う確率の高い冒険者の2人に持ってほしいと熱弁され……渋々ながら2人はそれを預かるのだった。
「エレイン、最後に後始末だけでもしようか」
「散らかしちゃったしね」
穏やかな静寂を取り戻し、2人が彼女の日常の風景を刹那、一瞬にして引き裂かれる。
ふいに天井から黒い影が伸びると、老婆の頭上に覆い被さり、歪んだ気配が部屋を満たした。
影の魔術―――Nobodyとエレインが反応するよりも早く、老婆の身体がふわりと上空を舞い、漆黒の闇に呑み込まれていった―――
拙作を後書きまで読んでいただき、ありがとうございます。
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