第1話 闇に棲まうオーク
仮面の青年 Nobody
自虐気味に何者でもないを意味する、Nobodyと名乗る、現代日本から異世界ヴォートゥミラに転移した、冒険者として活動するため地道な訓練に励む鞭使いの青年。
乱れた黒髪と不気味な仮面、使い古した無償の外套を羽織り、不潔な見た目をすることで金銭目当ての悪人を遠ざける。
自身の存在意義と何者かになることへ強い拒否感を持ちつつも、胸の内では〝誰かや人々にとっての特別〟に憧れを抱く。
異邦人に授けられた昆虫に由来する特別な異能、『インセクトゥミレス』を有し、力を行使すると背に大きな骸骨の模様が浮かび上がる。
時速70kmにも及ぶスピードで空を舞い、神聖でありながらも猛毒を有する水の魔術を操り、敵を討つ。
緋色の女 エレイン・キングストン
友人のギルド職員に頼まれ、Nobodyに冒険者としての必要な実力や知識を叩き込む女性戦士で
『ウェルニクロの女』
と呼ばれ恐れられている実力の持ち主。
呪われた緋色の鎧を身に纏い、並の攻撃であれば容易に弾き返す頑強さを得るも、残酷な宿命を背負わされた。
厳しくはあるが発言には筋が通っており、淡々と技術などを吸収する彼に好感を持つように。
とある理由から深い関わりを避けるようになるが、心の何処かで Nobody同様、〝人との結びつき〟を求める。
翌日
「依頼の討伐対象は悪鬼オーク。私は極力、貴方の戦闘には協力しないからそのつもりで」
「冒険に必要なものは粗方集めたが、できれば対策や傾向を教えてほしい」
「そんなものは貴方がやるべきことでしょう? 事前に討伐依頼の魔物の弱点を調査し、成功を確実なものとする。冒険者には必須の能力よ」
常に怒りを滲ませるように寄った皺が、更に深く刻まれた。
一般的に男性より力に劣る女性とはいえ、筋肉質な肢体の彼女に凄まれるのは、結構な恐怖だった。
生命のやりとりに生きた者のみが放つ独特の迫力に、Nは思わず気圧される。
静まり返った森の中は風が吹き、無音の闇を切り裂く。
「ヴォートゥミラの文字が半端にしか読めず、情報収集もロクにできない。会話ができる人間も限られてる。意地悪せずに情報を提供してくれないか」
「……仕方ないわ。あの子との約束でもあるし」
謝意を述べるとNは、彼女の言葉に耳を傾ける。
闇の領域にいるオークは大陸で出現する個体を凌駕する力を持ち、無策で突っ込んでも勝ち目はないという。
だがしかし攻略法自体は変わらず、だ。
「なるほど、そうすればいいのか」
「言うは易し、行うは難し。実戦で通用させて、初めて意味を持つわ。さっさと私の手を煩わせず、一端の冒険者になってほしいものね」
「……いや、ありがとう。助かったよ」
つっけんどんな物言いだが、なんだかんだ面倒見はいいようだ。
言葉こそ理解はできないが訓練場の冒険者も、数人一組で行動を共にする姿を時たま見掛ける。
効率的に稼ぐのであれば、無用に同業者に敵を作らない。
これも未来を見据えた処世術といえるだろう。
「……別にあの子の頼みが断れなかっただけだから。感謝はいいから、一刻も早く私の管理から離れなさい」
裏を見透かされたのか、彼女はさらに先輩としての教育の徹底を自らに課す。
そうしたいのは山々だが慣れるのにも、それなりに時間を要する。
自覚していたNは迂闊な返事をせず、ただ柳が猛風を凌ぐように、頭を垂れてやり過ごした。
そうこうしていると目的地である墓地にまで到着した。
「オークはここらへんにいるのか?」
「ええ」
薄暗い森で迷わぬよう慎重に進むと無縁の者たちが埋葬された墓地には、人のような形をした石像が目に入る。
その光景に父イエスや聖母マリア、天使の像を立てる文化を連想し
「これはこの世界でいう神なのか?」
「いえ、ヴォートゥミラ三神の偶像崇拝は禁止されているから。偶然こうなったようよ」
エレインがそう語ると、青年は自然の神秘を感じ入る。
長年の淘汰圧に抗い、数々の生物が機能美を誇るように。
雨風に晒された岩石がこうなったのも、ある種の奇跡に違いあるまい。
そうして魅入るとドスン、ドスン……大地が振動し唸る。
「オークよ! 隠れて迎え撃ちましょう」
「ああ、わかった」
墓場から離れると、暫くして怪物が視界に映る。
骸骨の目の空洞の如き漆黒に、平たい豚鼻。
象牙のように、大きく反り返る2本の歯。
緑の肌は木々に紛れると保護色になり、2m越えの巨体も自然と一体化しそうだ。
さらには痛覚を鈍いようで、並大抵の攻撃には怯みすらしないという。
特徴を羅列していけばいくほど、人間に勝ち目などなさそうに思える。
「ウガァァ!」
大木のような腕で、棘のついた鉄の棍棒を振り回す。
いとも容易く石の墓が破壊される光景に、Nは戦々恐々とした。
胃の内容物が徐々に他の臓器を通ってせりあがり、吐き気を催した。
あれに勝ち目などあるのか?
わざわざ危険な生き方などせず、無難に生きるべきだったのでは?
少し前までどこにでもいる浪人生だった青年は臆し、冷静になった。
「ほら、オークを退治して」
「あ、ああ」
適度な恐れならば強大な力を有する魔物を、どう魔物を制するかという問題解決に有用な推進力となる。
しかし過度な恐れは全くの逆、抑制力として働く。
足が震えて自分の体だというのに制御がきかず、青年は頭を悩ませた。
これを克服しないと魔物との戦闘どころではない……むざむざ殺されてしまう!
「……仕方ないわね。ほら、いきなさい! 私が魔物の気を惹いている内に、オークに攻撃を加えるのよ!」
エレインは背中を突き飛ばすと腰の剣の柄を握り、勇猛果敢に魔物へと向かう。
(いきなりムチャクチャしてきやがって……)
苛立ちの感情に脳味噌が塗り潰されていく。
地面の雑草を掴む手には、次第に力がこもった。
時が経つにつれて怒りと恐怖が混じり合い、心に一種の平穏を生む。
(……鞭の射程に棍棒は届かない。先輩がヘイトを集めてくれれば、安全に攻撃できるか?)
息を整えると次第に青年は、目の前の現実を俯瞰できてきた。
自分よりも経験豊富とはいえ、女性を独りで戦わせるのは男が廃る。
エレインが魔物が振り下ろす一発を躱すと、湿った土が頭上から降り注ぐ。
大丈夫だ、隙は彼女が作ってくれた。
「おい、化物! これでも喰らえ!」
鞭をしならせ交差するみたいに叩き、地面には×印が出来上がる。
鞭を腕のように扱う感覚を覚えてから、腕を振るう。
すると鞭の先端が音をも切り裂く破裂音が、自らの鼓膜にまで届いた。
(やったか!?)
だがしかし距離が遠すぎたのだろう。
その一撃はオークに、傷一つつけられずに終わる。
豚の怪物はデカい図体を揺らし、Nのミスを嘲る。
「せっかくの好機に何をしてるの! 遠くから狙うのが難しいなら、持ち手をヌンチャク代わりに接近してでも当てなさい!」
「そうか、頭の骨を砕くには持ち手の部分を振り回せばいいのか……なるほど」
叱責が飛ぶが青年は口答えせず、鞭を腕に巻きつけた。
そして次の機会に向けて息を潜める。
「さほど肘を曲げずに遠心力を使い、鞭の威力を生かすの! オークの頭蓋に命中させるなら、腿の辺りから思いっきりしならせて!」
「わかったよ。背後や側面から攻撃できるよう、時間を稼いでくれ!」
「……ハァ」
彼女にとっては脅威にもならない存在に敢えて手加減するのが、よほど腹に据えたのか。
溜息で返事をし、自らの役割に徹するのだった。
拙作を後書きまで読んでいただき、ありがとうございます。
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