第15話 無為な生と死【愚痴よりつまらない無価値な小説】
(まずい、気がつかれたッ! 逃げないと……)
尾の蛇の空恐ろしい凝視に思考を巡らすも、肉体が危険の察知に追いつかない。
動け、動け!
何度も念じ硬直した体がようやく普段のように制御できた刹那、蛇の尾は鎌首をもたげ、青年に向け大口を開く。
あまりに突然のキマイラの威嚇を不自然に感じた人殺しの盗賊も、流石に気がついたのだろう。
彼らはNを一瞥すると、不敵に口角を吊り上げる。
ランタンの薄明かりに照らされた盗賊の相貌は、さながら赤膚の悪魔が微笑むかのようで―――人の魔の境界線を踏み越えた者の薄気味が悪い笑みに、またもやNは全身が寒気立つ。
片や人殺しに一切の痛痒を感じない、邪悪な人心の人間。
片や見方を変えれば生きていくため、食事しているだけの魔物。
人と魔物、どちらがより非道なのか……否、そんな疑問に答えを出す猶予などない。
どちらの毒牙にかかろうが、確実に待つのは死―――なのだから。
「見ない顔だな。余所者だろ、お前? ……新参に街の法を教えてやるよ。喰われた連中の犠牲にありがた〜く感謝し、魔物の食事を邪魔しない。わかったら街の秩序に貢献する模範的市民を見習って、ちゃんと守れよ。ケケッ! (You don't look familiar. You're a stranger, aren't you? ...... I'll teach the newcomer the laws (rules) of the city (Knox). Be grateful for the sacrifices of those who were eaten and don't interfere with the demons' meals. If you understand that, you'd better follow the example of the model citizens who contribute to the order of the city and observe them properly. Kekk!)」
「親切にしてやったんだ。授業料を貰わないとなぁ? ほら、仮面野郎! さっさと金目のモンを出しな! テメーも怪物共の餌になりてェか! (I did you a favor. I gotta get my tuition money, right? Come on, you masked bastard! Get your money's worth out of here! You want to be food for the monsters!)」
Nには言語こそ理解できないものの交尾する獣のように恥も外聞もなく声を張り上げ、手にした得物をこれ見よがしに振り回す。
それが言語にも勝る万国共通語―――暴力と恫喝であるのは明らかだった。
「兄貴ぃ、無視しましょうよぉ。こんな薄気味悪いヤツ。みすぼらしい格好だし、金なんて持ってなさそうじゃないっすかぁ。身包み剥いで逆さにしても、金貨の1枚も出ませんぜ (Let's just ignore him, brother. This creepy guy. He's shabby looking and doesn't look like he has any money. Even if you strip him down and turn him upside down, you won't find a single gold coin.)」
「いいや、コイツ……最近話題の仮面の新米冒険者だろう? 肉体を鍛えたヤツはそれなりの値段で、炭鉱労働者や剣闘士として売り捌けるさ。まとめて袋叩きにするぞ! (No, this guy ......He's that masked new adventurer that's all the rage these days, isn't he? I'm sure they can sell him as a miner or gladiator for a decent price. We'll beat them all up together!)」
じりじりと縮まる距離に迫る死を実感し、青年は生唾を呑む。
何とかしてこの場を切り抜けねば……Nobodyは無言のまま両手を上げ、降参のポーズで無抵抗を装った。
下卑た嘲笑に油断を感じ取ると巾着袋に手をかける振りをし、ランタンを握りしめる。
鼻腔をつく油の匂いと硝子の硬い感触が手の中で確かな実体を持つと彼は一呼吸ついて、頭の中の作戦を実行に移した。
灯りを灯し視界が光に包まれるのは、闇に慣れた街の住人には効果覿面。
―――盗賊の目が泳いだ隙を突き、ビュッ!
乾いた音と共にしなった鞭が盗賊の頭の掌を撃ち抜き
「痛ッ……! (Ouch ......!)」
掌からぽとり、ナイフが落下していった。
皮膚を裂く痛恨の一撃、あの男はもう襲いかかってはこないだろう。
後退しつつ腕を振り回し、近づかぬように牽制した。
「テメー、何しやがる! (What the fuck are you doing!)」
戦法自体は成功を収めるも、多勢に無勢で数的不利は変わりない。
……はたしてどうすればいいのか。
困惑する最中に突如、目の前に巨大な影が跳躍する。
―――キメラが盗賊の背後から襲いかかったのだ。
「嫌だ、死にたくないっ、助けてくれ! (No, I don't want to die, help me!)」
巨体の重量に押し潰されるように盗賊の1人が地面に叩きつけられた。
鮮血が滴る口が開くや否や獲物の首筋に牙が食い込み、紅の奔流が迸る。
蜘蛛の巣にかかった餌のように体をバタつかせるも、首の骨を砕くと、それはピタリと止まった。
盗賊は仲間の死を目の当たりにするとへたりこみ、腰を抜かした。
震える掌で武器を握りはするも、もはや戦える状況にはなかった。
―――逃げるなら今が好機、Nobodyは素早く判断した。キメラの捕食に圧倒されて戦う意志を喪失し、先までこちらへ向けていた注意も魔物に注がれている。
「……」
勘づかれぬようそろりそろりと足音を殺し、暗闇に紛れた。
案の定、誰も青年に関心はなかった。
無為な生が終わり、死を迎えた絶叫、鼻だけでなく脳裏にもこびりついた鉄の臭い、骨が砕ける耳に響く音……それらすべてを背に、Nobodyは足早に駆けた。
宿屋に向かう道はまるで奈落へ続くかのように、果てしない深淵が広がっていた。
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