第13話 隣り合わせの死
新年の抱負:収益
暴走したエレインの力が不可思議な力で止まり、軽く怪我の処置を済ませて、帰路につく最中
「ヘイゼルに任された貴方の鍛錬や戦闘指南、指揮だけど……今まではごめんなさい。正直に言うと断りにくいから引き受けたけど、〝厄介者を押しつけられたな〟って……」
彼女は申し訳なさそうに俯き、淡々と語りだした。
教えを乞われて冒険者の知識を出し渋り、Nの成長を妨げたこと。
建前では訓練という体裁を取りながらも、一方的に痛めつけたこと。
何より新人には無謀な魔物退治に何度も駆り出し、あまつさえ単独で戦わせようとし、命を危険に晒したこと。
わざわざ口に出さなければ誤魔化しのきくようなことまで、責任を放棄していたと馬鹿がつくほど真面目に謝罪した。
心の内を漏らす度に声のトーンが下がっていき、真実を述べるのは相当な負担になったのは、想像に難くない。
人からぞんざいに扱われるのは慣れ、その時々を生きるので精一杯だった。
許すにせよ許さないにせよ、彼女の師事なくして独り立ちすら不可能だ。
選択肢などあってないようなもの。
決定的な破滅がなければ彼女とは良好な関係性を保つのが、得策ではないか。
「ま、エレインにも色々あったのは、職員の人が教えてくれたからね……厄介者だけど今後もよろしく」
やはり長年の家庭環境の影響で、人らしい感情が薄いのかもしれない。
〝普通ならば〟激昂の1つ2つはするかもしれないが、どれほど邪険に扱われようと、さして感憤する気にはならなかった。
魔物に襲われた危機を乗り越えた安堵を噛み締め、無にも等しい機微に乏しい仮面の詞を放つも、エレインからの返事は返ってこない。
迂闊な発言をしようものなら、さらに重苦しい雰囲気になるであろう無言に包まれながらも、確かな信頼が築かれつつあるのを示すように、肩を抱き合って一歩、また一歩と進んだ。
時折喧嘩し、失望し、傷ついても、共に時間を重ねる度に、徐々に人との仲は深まっていく。
街へと戻る道程にNは、人生の何たるかを知ったような気がした。
数日後のルゼナスの森林にて
「エレイン、こんな感じでやればいいのか?」
「そうそう、飲み込みが早いわね。こうやって食いつなぐ方法は、いくら覚えておいて損がないわよ。魔物と戦えない負傷時、精神状態の時に役に立つからね」
まだ魔物退治は早いと言及された青年はエレインに従い、海流が運ぶ水蒸気が生み出す濃霧と天を覆い隠さんばかりに繁茂した森を進む。
鬱蒼としたオークの森林の足元は、無数の葉の並びが鳥の羽根の形を成した植物に遮られている。
これではパン屑を落として迷わぬようにする、という古典的な方法は使えない。
草を掻き分け大地を踏み締める度に、通った木々へ傷をつけていくと、その部分からじんわり樹液が溢れ出す。
そしてオークに絡まる蔦を瓶や袋に詰め込んでいき、青年は先輩の話す植物の特徴を傾聴した。
咲いた花には蜜蜂や昆虫が飛来し、果実は鳥や鹿など様々な動物が餌とする役割に〝自己犠牲の蔦〟、〝博愛のねじれ〟。
反面、建物やオークの木々に絡まり、壁や幹を伝ってどこまでもよじ登る厄介な性質から、神々に成り代わろうとする悪魔を彷彿したのか〝偽神の緑〟。
愛情に関するものでは葉が密集し、繁殖力の旺盛さから〝永遠の繁茂〟。
根を除去しなければ延々と成長し続ける反骨心に、〝反旗の毒実〟。
執拗に対象物に巻きつき、ついには完全に見えなくしてしまう様子に、果てしない狂気じみた情愛を連想し、〝死別知らず〟、〝神々の狂愛〟。
など、良くも悪くも様々な名称で呼ばれる蔦は街の至るところに自生していた。
しかし野外を飛び交うコウモリの糞尿に塗れ、蔦の衛生面は最悪だ。
噛まれれば狂犬病を発症する病原菌の塊である以上、ノックスの住民の判断は賢明で、何ら間違ってはいない。
そのためわざわざ魔物が跋扈する森へ赴く、冒険者を経由する需要があるとのことだった。
街への帰還後
簡単な採取依頼を済ませたNobodyは一時エレインと別れ、報酬を受け取りにギルドの丸椅子に腰掛け、思考を巡らせる。
並々ならぬ憎悪の情念に突き動かされた死者グールとゾンビを、再び永き眠りにつかせた天から降り注ぐ水滴。
さらには暴走したエレインの一振りを食い止め、彼女の意識を取り戻した、意図せずに発せられた水流の刀剣。
最悪な状況を打破した神聖なる力は、どうやら自分を守ってくれたようだ。
しかし代償はないのだろうか?
そも魔術が発動した原理は?
何か何やらわからぬままにしておくのは、喉に魚の骨が刺さったようで気持ちが悪い。
それに人というのは元来、わからないのを最も恐れる生物だ。
だからこそ理屈を後付けしたがる。
それが正しくとも、間違っていようとも。
(……もしあの力を自分の意思で使えたら……)
―――エレインを宝剣と緋色の鎧の呪縛から、解き放てるかもしれない。
否、一時的な抑止力になるのならば彼女も、一端の冒険者になった未来の自分と、同行を受け入れてくれるはずだ。
その考えに行き着いた瞬間ヘイゼルから呼ばれ、彼はまっさらなキャンバスのような白の無地に、筆ペンで自身の血を用い、魔法陣を描かされたギルドカードを差し出す。
白のカードは経験が浅く、未だ何者にもなれず、何者にもなれる新米冒険者の証。
冒険者ギルドで発行されるカードは以下の通りで
1.最下級の新米冒険者は無垢な白で表され、弛まぬ精進と成果を求められる段階。
属性の精霊とは無縁で、未だ何者でもない冒険者は下級の庶民と相違ない扱いを受けるのが常である。
簡単な採取依頼は実績にはならず、日常的な生活を送るのに、わざわざ冒険者にならぬ人間も数多い。
2.アルバスに次ぐ等級の冒険者は大地の土色の象徴で、土の元素とノームに例えられ、どの国々においても最も人口の多い層である。
まだ半人前と呼べる段階だが、この層の冒険者が厚く有能であれば、肥沃な大地が豊かな実りをもたらすように繁栄すると、古より数多の格言が残される。
母なる大地に種を蒔き、作物を作る農民は彼ら彼女らと同一視され、共に絵画や文学作品で隠喩される。
3.通称、水色の冒険者は生命の根源である水の元素とウンディーネの加護を受けた存在。
ようやく半端者を卒業し、冒険者として脂の乗る時期であり、ある程度の魔物を相手取ることが許される。
実績を積む階段を着実に登り、後は冒険者の能力と才覚次第といったところだ。
職業では国や村の秩序維持と存続のための治水を担う技術者と、社会的地位は同等。
畑や村を洪水などの水害、川という交通網を守る、なくてはならない仕事同様、水色の冒険者も人々の生活の根幹に携わる、誇り高き人物である。
4.中位の冒険者は生命を運び、時には人の血肉を容易に裂く二元的な働きをこなす風の元素とシルフになぞらえる。
穏やかな緑色の札とは裏腹、大型の魔物退治にも参戦を許され、依頼の危険度が跳ね上がる。
この階級を数ヶ月ほどで難なく突破する者もいれば、10年単位で分厚い壁に阻まれてしまう冒険者もおり、神経を尖らせた野心家が大半。
大規模な航行で風を読む航海士、或いは風の魔術で耐風性を確かめる建築関係の仕事など、身の安全に係る重要な職業にも引けを取らぬ立場である。
5.上位の冒険者と呼ばれ出す豪炎の赤色のカードの所持者は、火の元素とサラマンドラの等級である。
ここまでくると冒険者ギルドからの信頼も右肩上がりで、嫌でも注目を集めてしまう。
各種冒険者組織の目にも留まり出し、築き上げた実績で自身を高く売り込むか。
或いはギルドに雇われる、狭き門だが安定した道を選ぶか。
いずれにせよ冒険者をやる上で、選択肢が広がるのはここからだ。
冒険者の生命線といって差し支えない、武具の鋳造に携わる鍛冶師と形容されることがしばしば。
金床の上に置かれた熱せられた鉄がひたすら叩かれて鍛えられるように、これまでのキャリアが彼らルベルの冒険者という業物を形作ったのだ。
6.実質的に最高位の称号である光と闇に比肩する実力を持つのは、雷の元素のグレムリンに愛された、黄色の等級の熟練冒険者。
冒険者としての経験、実績、勤続年数、魔物やアイテムへの理解、霊的な素養etc……
全てを兼ね合わせた非常に秀でた人物のみが、この等級まで登りつめるという。
雨と共に降り注ぐ雷は、大地へ多大な恩恵を与える。
さらには異界より異邦人と共にやってくる希少な機器の利用といった、ヴォートゥミラ大陸の文化と文明の要を司る立場にあり、彼らの地位は盤石。
雷が雨を伴う気象であることから、1つの元素の魔術ではまず到達はできない、努力とは無関係の才能の壁が黄色の冒険者への到達を阻むといわれる。
7.太陽など光の領域の住人、及び光そのものの現身とされるのは光の冒険者。
後述の闇の冒険者と同じく、全ての依頼を受託可能な冒険者であり、大陸中に名声を轟かす彼らはまさに晴天の日差しそのものである。
暗黒を照らす光の性質から、未だ解明されぬ不可思議を解き明かす知性の象徴。
また絶望的な状況下でも、彼らさえいれば何とかなるという、他の冒険者たちからの精神的な支柱として、絶対的な存在感を放つ。
8.最上位の冒険者は夜など闇の領域の住人、及び闇の顕現である、闇の冒険者。
ヴォートゥミラ大陸の全冒険者を合わせても3桁に満たない、人智を超えた身体能力、知性を有した層。
人々に畏怖や興味を抱かせる深海の深淵、或いは宇宙の暗黒を含めた闇の性質から、未だ解明できぬ謎の具現。
また全てを黒に塗り潰す闇はいかなる戦闘でも、その類まれな力によって敵を圧倒するだろうと、他冒険者から期待される。
そして8つの階級を上回る、冒険者として最大の名誉がヴォートゥミラ三神のシンボルがあしらわれた冒険者カード。
崇高な神に見初められた人間のみが所持者となれる頂を夢見て、冒険者は努力し励む。
ちなみによほど採取が困難を極める薬草や品々が対象だったり、危険地域の探索の場合でもなければ、今回のような依頼は実績にはカウントされない。
市井の人々でも可能な作業ならば、〝冒険者〟としての評価が変動しないのも当然といえる。
やはり物語で語られる英雄のように新天地を開拓し、魔物を撃退することこそが、冒険者の本分なのである。
(……Nobodyにはぴったりの色かもな。危険な依頼をこなさないことには、ずっとこのままだ)
自嘲気味に卑屈な笑いを浮かべ、依頼達成の旨を報告するのだった。
ルベルのカードを有したエレインがいたお陰で魔物退治の同行が許可されたが、独りではまだまだやることなすことに制限がかかる。
(まだだ、まだ冒険は終わらない……)
用件を終えた青年が屋外へと足を踏み出すも、表情は魔物に相対した時のような険しいままだ。
暴漢と魔物の蔓延る危険地域ノックスにおいて、報酬金を受け取った冒険者は格好の獲物。
緊張に顔を冷や汗に濡らし、青年は乱雑に服の袖で拭い、そしてゆっくりとドアの取っ手を回すのだった。
拙作を後書きまで読んでいただき、ありがとうございます。
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作者にも感情がありますので、明らかに小馬鹿にしたような発言に関しては無視させていただきます。