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第11話 仲間殺し

反応も乏しいので、第1章が終わってからは暫く休みます。

厳重に保管された……否、所有者にすら手に負えず、誰か手に渡らぬよう処置していたとも取れる、迂闊にも解放された尋常ならざる力を有するそれに、エレインとデニスは魅入られていた。

緋色の鎧に顔を寄せると一切の傷がないのに気がつき、エレインは思考を巡らせる。

精巧にカットされた楕円―――オーバルカットの紅玉(ルビー)が胸当ての左半分、ちょうど心臓部に嵌めこまれ、贅沢にも細かく砕かれた宝石で紋章の装飾があしらわれていた。

右腕の篭手(ガントレット)には闇夜を東の方向から照らす、まるで暁の陽光のような、透明感のある鮮やかな翠の宝石の橄欖石(ペリドット)

左腕の篭手には永劫の暗黒に閉ざされた世界では決して見えぬ、西に沈む月光を彷彿させる、乳白色の石に光を当てると反射し、碧の閃光を放つ月長石(ムーンストーン)

元々は観賞用、或いは気高い血脈と権威を象徴する逸品なのだろう。

だがもしも……もし実戦で運用した上での無傷だとすれば、人知はおろか神々の技術をも超えた業物になるが……


「エレイン、1ついいか」

「急に何よ、デニス」

「これ、一目見て気にいっちまった! 悪いけどエレイン、俺に譲ってくれないか?」


突然の申し出にエレインは、答えあぐねていた。

売却すれば冒険稼業で稼ぐ日銭の何十年分になるのやら。

ともかく自分の一存では決めかねるので、配分は4人が集まってからでも遅くはないはずだ。


「無理を言っているのは承知だ。でも今日はムチャして、助けられてばっかりだったろ。迷惑をかけないために、防具だけでも一級品で固めたいんだ。それによ、もうそろそろルシルの誕生日だからさ……」


高価な防具を独り占めしたい……ではなく、彼なりにリーダーの責務を考えての発言のようだ。

挟んだ私情もルシルへの親切心が顕著に現れているのが、彼らしいというか。

やはり人数で当分すべきだが、その高潔な意志まで無碍にするのは忍びなく


「……売却しない方針になったら、デニスが装備すればいいわ。私はこの前に装備一式を貰ったわけだし」


そういうと


「色々な武具があるから、ルシルとガヴィンも呼びましょうよ……そうね、私は宝剣を拝借しようかな。他の皆は剣は使えないものね」


エレインが手にするは、緋色の鎧の後ろに隠れていた宝剣。

剣の切っ先から柄頭(ポンメル)の細部に至るまで作り込まれ、(ガード)にはこれまた豪勢に、燃え上がる(ほむら)の如し鉄礬柘榴石アルマンダイトの宝玉。

贅の限りを尽くした一振りは、エレインとデニスが今まで目にした文献の中の伝説の武具よりも。

或いは博物館に寄贈された、歴史的な宝具よりも。

それらのどんな品々よりも、遥かに価値のあるものであった。

隠し場所からして誰にも奪わせないという、所有者の意地を感ぜられた。

その宝剣は彼女がグリップを握る刹那、紅の宝石の輝きは一層増していく。

―――宝剣に宿る御力や魔力を、最大限にまで引き出すかのように。


「お、それもいいよな〜。な、ちょっと触らせてくれよ?」

「ええ、構わないけど。2つは譲らないからね?」

「ハハッ、信用ねぇな! でも盗るなら、いちいち確認しねぇよ!」


それもそうかとデニスの要求に応じ、何の気なしに手渡すと


「うわ、熱ッ!!! エ、エレインは触っても平気なのか……?」


宝剣はすぐさま握った手から離れていく。

予想外の反応を示し、何事かと拾い上げてみるものの、特に熱は感じず


「剣に選ばれた勇者は私みたいね? デニス」


皮肉を交え、口角を吊り上げた。


「なんでだ? 日頃の行いのせい?」

「かもね」

「そっかぁ〜、ちったぁ品行方正に生きないと。帰りに皆の荷物でも持とうかな? それよりよ、鎧の着脱を手伝ってくれよ」


彼に促され緋色の鎧を抱えると、それは鎧とは思えぬほど軽量だった。

だがしかし質感自体は金属特有の堅牢さと冷感が、触れただけで伝わる。

緋色の鎧はいったいどのような材質なのだろうか。

頭の片隅でそんなことを想像しつつ、指示に従って鎧を身につけた刹那、ヒヒッ、ヒヒヒッ……と、デニスが突然笑い始めた。

何かを思い出したのだろうとさほど深刻に捉えずに、エレインは慣れた手つきで手伝いを済ますと


「ああ……ありがとう……」


と、デニスは覇気のない受け答えをする。

終わってからエレインが背を向け


「さ、そろそろ合流しましょう」


そう言いつつ手荷物をまさぐると、返事の代わりのつもりなのか。

ヒヒッ、ヒヒヒッ……再度デニスは癪に障る嘲笑を漏らす。

いったい何が可笑しくて、いつまで笑っているのだ……気分を害し苛立ちを覚えたエレインは振り返り、驚愕した。

―――壁掛けの剣を振り下ろそうとする光景に。

さらに彼の翠の瞳に宿っていた光は狂気を妊む、褐赤色に変貌していたのだ。

右腕は玄の色合いの瘴気、左腕は(くり)のオーラ、心臓部分は暁紅にも似た妖煙が、薄暗い部屋を照らし出す。意思を持った生物の如く蠢いた瘴煙はデニスの腕に絡みつくと、胴体で獲物を絞める蛇のようにきつく食い込んだ。


「どうしたの、デニス!?」


いつもの彼ではない―――察したエレインは宝剣を手にして応戦した。

何がしかの呪いの影響ならば、ルシルが解決してくれる。

それまで時間を稼ぐしか……冷静な思考を遮るように


「ヒャハァァッ!」

 

振るわれる刃を受け止め、受け流し、一進一退の剣戟が繰り広げられた。

もしこれが命中でもすれば……と、内心エレインは気が気でなく、物が散乱した室内という環境も手伝って、冴え渡る剣技は発揮できずにいた。

剣と剣がぶつかって負けじと押し合い、視線が絡まるとほんの一瞬、瞳は元の鮮やかな緑を取り戻す。


「大丈夫なの、デニス!」

「何モタモタしてるんだ、エレイン! 早くしないとルシルとガヴィンがやってきちまう。そうなったら皆殺しだぞ! 俺1人とお前ら3人の命、比べるまでもないだろ! さっさとしろォ! 選択を誤るなァ!」


普段の飄々とした態度からは想像もできない怒気を含んだ声音に、彼女は瞳に大粒の涙を浮かべた。

理性ではデニスの言い分が正しいのかもしれない、そう理解はしていても。

エレインは首を振り、彼の指示を拒む。

苦楽を共にした仲間に手をかけられない……それを見た彼は壁掛けのナイフを握ると、勢いよく首筋に突き刺す。


「グハッ……ハァハァ……マダマダァ!!!」


口から鮮血を垂れ流す青年の両目は、再び狂気の色に染まる。

殺意で胸を満たした仲間が迫る目の前のおぞましい光景に、宝剣の持つ手は震えた。

勇敢で聡明な女性戦士の姿はそこにはなく、決着はデニスの勝利で幕が下ろされるかに見えたが


「……ごめん、ごめんね。でも本当のデニスを救ってみせるから……」


エレインの鍛え上げた肉体は無為な死を否定し、意思に呼応するように宝剣に炎が奔る。

やがてその胸の想いが募る度に、徐々に火は勢いを強め、デニスの武器を跡形もなく溶かしていく。

無抵抗の彼に宝剣を掲げると


「そうだ、エレイン……それでいいんだ……お前は何も……間違っちゃいないさ……ありがとう……ありがとう……」


死を悟った青年は途切れ途切れに、風が吹けば掻き消される声量で、放心状態のエレインを気丈に励ます。

絶えず響く心臓の鼓動が、轟轟と燃える火の音が邪魔し確信は持てないが、(かす)かに聞き取れた。


「……エレイン……これだけはルシルに……伝えてほしい……」


しめやかに遺言を聞き終えた後、かつて若草のように溌剌とした翠の髪は生気を失い、色褪せていく。

仰向けに天を見遣る双眸は、もうピクリとも動かない……

事あるごとに喜び、怒り、哀しみ、そして楽しげな表情を浮かべた百面相は、彼らしくもない苦悶に歪んだ面様のままだ。

首筋からは噴水の水のように血液がとめどなく溢れ、石造りの地面は鮮紅に染まっていく。

止血のために掌を首へ押し当てるも、場当たり的な対処ではどうしようもなかった。

デニスに纏わりついた不気味な灯火はいつの間にか消えており、呪いの影響からは逃れたはずだ。

……まだ救えるかもしれない、静寂(しじま)に包まれた血の滴る戦場で手当てしていると、カツカツカツッ……


「おい、お前らッ! 何かに襲われたのか! 俺たちがいくまで持ち堪えろよ!」

「待ってて、2人とも」


エレインとデニスの叫びを聞きつけた、ルシルとガヴィンの忙しない足音と呼び声が徐々に迫った。

石段を駆け下りる音が途絶え、2人の到着を悟り


(これは違うの!)


弁明をしようと、血塗られた惨劇の舞台で生き延びた人間が何を言ったところで、それが意味を成さないのは明白だ。

そもそも言葉を紡ごうといくら唇を動かせども、エレインの発言は意味のある人語にはならず、ただ猫が人の喋りを真似したような、滑稽なものにしかならない。

せめて心の衝動のままに責められれば、殺意なき殺人者は幾分か楽になったろう。

けれども辺りは異様なほど静まり返り、2人は惨状を呆然と見つめていた。

信じられぬ事態にエレインを含めた3人の気は動転し、正常な行動―――事の顛末を語り、状況を説明。

何よりも彼が残したルシルへの遺言を。

ルシルたちは仲間の言い分を信頼し、呪いの真相を探ろうと。

何も為されぬままデニスの死没を契機に、エレイン、ルシル、ガヴィンの絆の糸は運命を司る神々の手により、容赦なく切り落とされたのだった。

拙作を後書きまで読んでいただき、ありがとうございます。

質の向上のため、以下の点についてご意見をいただけると幸いです。


好きなキャラクター(複数可)とその理由

好きだった展開やエピソード

好きなキャラ同士の関係性

好きな文章表現


また、誤字脱字の指摘や気に入らないキャラクター、展開についてのご意見もお聞かせください。


ただしネットの画面越しに人間がいることを自覚し、発言した自分自身の品位を下げない、節度ある言葉遣いを心掛けてください。

作者にも感情がありますので、明らかに小馬鹿にしたような発言に関しては無視させていただきます。

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