無気力な日常
日差しが差し込む教室の窓際に座る橘凛斗は、窓の外をぼんやりと見つめていた。青空は晴れ渡り、雲ひとつない。どこか遠くの世界で、時間だけが過ぎていくような感覚に包まれていた。
黒板に書かれるチョークの音、講義を進める教授の声、ノートに書き込む周りの学生たち。全てが遠くに感じられる。凛斗はこの繰り返しの毎日に、どこか冷めた視線を向けていた。
「どうして、こんなに退屈なんだろうな……」
心の中でつぶやく。大学生活は順調だ。授業には出席し、友達もいる。バイトも定期的に行っていて、何不自由ない生活が続いている。しかし、何かが欠けている。何をしても心が満たされることはなく、ただ、無感動な日々が続いている。
「橘! おい、聞いてたか?」
突然、横から声をかけられて凛斗は我に返った。隣に座るのは相沢誠一、彼の親友であり、いつも賑やかで明るい性格の持ち主だ。誠一は楽しげに凛斗を覗き込み、ニヤリと笑っている。
「何だよ、聞いてたよ。次は何の講義だっけ?」
「嘘つけよ。お前、完全に上の空だったぞ。最近、特にぼんやりしてるよな? 何かあったのか?」
誠一の言葉に、凛斗は軽く肩をすくめた。別に何かがあったわけじゃない。ただ、自分でも何も感じなくなってきたことが少し怖かった。
「いや、別に。ただ、ちょっと疲れてるだけだよ。」
「そっか。まあ、あんまり無理すんなよ。何かあったら相談しろよな。」
誠一は親身に心配してくれるが、凛斗はそれに答えることができなかった。何も言えない。自分でも自分の気持ちがよくわからなかったからだ。ただ、日々が繰り返されていくこの感覚に、何か大きな虚無感を抱いていた。
講義が終わると、凛斗と誠一はキャンパス内を歩きながら昼食に向かう。誠一が楽しげに次の週末の計画を話しているのを聞きながら、凛斗はふと空を見上げた。こんなにも晴れた空なのに、どうして自分の心はこんなにも曇っているのだろうか。
その時、後ろから声がかかった。
「凛斗、今日のバイトどうするの?」
振り向くと、遠山彩花がにこやかに手を振りながら近づいてきた。彩花はバイト先の仲間で、凛斗や誠一と同じ大学に通う明るく元気な女性だ。彼女の笑顔はどこか眩しくて、今の凛斗には少し距離を感じる。
「ああ、行くよ。今日も暇だし、別に予定もないから。」
「じゃあ、またバイトでね!」
彩花はそのまま笑顔で去っていった。凛斗は彼女を見送ると、再び誠一と歩き始めた。
「なあ、凛斗。本当に大丈夫か?最近のお前、何か変だぞ。」
誠一が軽く肩を叩く。凛斗はその問いに、曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
夕暮れが迫るキャンパスは、どこか静寂に包まれていた。凛斗はバイトに向かう途中で、ふと立ち止まった。風が心地よく頬を撫でるが、その感覚すらもどこか遠くに感じる。
バイト先の喫茶店に着くと、店内はいつも通りの雰囲気だった。常連客が席に座り、コーヒーをすすりながら新聞を読んでいる。凛斗は黙々と仕事をこなす。彩花も忙しそうに動き回っていた。
「お疲れ様、凛斗。今日も一日、無事に終わったね。」
彩花が笑顔で話しかけてきた。凛斗は何となく頷くだけだった。
「凛斗って、本当に何でもそつなくこなすよね。羨ましいな。」
彩花の言葉が耳に入る。しかし、凛斗の中には何の感情も湧いてこない。自分が何をしても、何も変わらない。そんな感覚が支配していた。
バイトが終わり、帰路に就いた凛斗。夜風が冷たく、空には満天の星が輝いていた。しかし、その美しさに目を奪われることもなく、凛斗はただ無感動に歩いていた。
そして、交差点に差し掛かった瞬間、車のブレーキ音が響き渡った。
凛斗は振り返ることもなく、その瞬間、自分の身体が宙に浮いたような感覚に包まれた。
「……え?」
凛斗の視界は暗闇に包まれ、次の瞬間、意識が途切れた。
彼が次に目を覚ました時、見慣れた天井が目に入った。
「また……ここか?」
凛斗はゆっくりと体を起こし、時計を見た。午前7時30分。カレンダーには、再び月曜日の日付が表示されていた。
「そんな……まさか……」
驚きと混乱が凛斗の心を支配する。しかし、これがただの夢ではないことは、すぐに理解できた。なぜなら、全てが完璧に同じだったからだ。朝の景色、鳴り響くスマホのアラーム、そして日差しの差し込む窓の向こう側。
彼の中に、得体の知れない恐怖が広がっていく。