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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

無垢で純粋な悪女

作者: 無生物

断罪劇とかいう巫山戯たことを計画している王太子と聖女――いえ、王家を筆頭としたこの国自体にですわね。我慢の限界でしたの。本当はあのふたりを逆に国外追放させてあげようかと思ったのですが、タイミング良くこの大陸一の軍事力を誇る帝国の宰相閣下が後妻を探しているとの情報が入りまして。まだ幼い子供達には母親代わりが必要だと。しかし帝国内の女性貴族では子供達の身が危険に晒されると判断し、故に難航されていらしたので私が立候補しましたの。義理立てとして子をひとり産ませてくださると契約書にも明記して頂いたので、母親役を終えた後は宰相閣下から頂く別荘で我が子と穏やかなふたり暮らしの予定ですの。楽しみですわ。――あぁ、ご安心ください。王家の“影”を動かしてはおりません。私が個人的に有する私兵です。身寄りの無い子供達を教育……簡単に言うと洗脳のようなものですわね。いえ、手を血で汚す仕事は与えていませんが。その者達を介して宰相閣下と手紙を交わし、皇帝陛下とも既にお話は済んでおります。ですので、陛下とお父様は只こちらの書類へサインをするだけで宜しいのです。


さっさとサインしてくださる?







ふわりと花が咲いたような笑みの彼女――マルティーナは、目の前で震える彼等への慈悲などさっぱりと消え失せている。


未来の王妃。その立場欲しさにマルティーナを悪女に仕立て上げた聖女と、その嘘に騙された王太子。聖女と云う崇高な存在を手にし神殿より優位に立ちたいが為、マルティーナが無実と知りながら王太子と聖女を擁護する王家。王家が否定しないのならと面白可笑しく騒ぎ立てる社交界と、使用人達から市井に広まった『聖女様を害した悪女』との噂。


信心深さが仇となり、マルティーナを信じなかった家族。


「そちらの騎士団長の御子息から付けられた背中の傷痕ですが、宰相閣下も気にしないとおっしゃってくださいまして。大陸一の軍事国の皇帝陛下の腹心だからでしょうか、女性の傷痕にも寛容ですわ」


無邪気な少女のように両手を緩く合わせて小首を傾げて見せるマルティーナは、騎士団長の子息が縮こまる様子に少しだけ満足。女性の身体……しかも冤罪の人間に傷を残したなんて、騎士としてあるまじき行為。


この子息の騎士生命は完全に絶たれている。


「神官の皆様もご安心ください。王家との癒着と私への冤罪の件はしっかりと神聖王国の教会本部へ報告しましたので、そろそろ神殿解体のご一報が届きますわ。これで晴れて俗世へ戻れますわね。早く俗世へ戻りたいから王家と癒着し私を貶めたのでしょう? 少し早いですが、おめでとうございます。市井の者達からの目に怯えながら末永く健康に暮らしてくださいな」


びくりと肩を鳴らした神官達ははくはくと口を動かすが何も言葉を発する事も出来ず、只々静かに俯くだけ。


聖職者でありながら無実の人間を貶めその糾弾を助長させられたと認識した市井の者達が、彼等へどのような対応をするのかは目に見える。自分達を棚に上げて。


その市井の者達への仕返しの種も、マルティーナは既に蒔いているので近い内にこの国は困窮するだろう。例えば――


「そうそう。輿入れに必要な持参金は我が侯爵家の領地とすることにしましたの。広大な穀倉地帯と牧場ですので皇帝陛下からとても褒めて頂けて、帝国の自給率が上がり安定した暁には男爵位の叙爵を確約してくださいましたわ。領民は『お嬢様はそんな事しない』と私を信じてくださったので、皇帝陛下も見る目があると帝国の監査と防衛の騎士団を置くだけで領民の生活を保証してくださって。流石、帝国を統べるに値する清濁併せ呑む御方だと感嘆致しました。ここ数年の実質的な経営をしていたのは私で領民も周知しているので、特に問題はありませんよね。ねえ、聖女に傾倒し自領を疎かにした侯爵様・・・?」


愕然とするマルティーナの父親は慌てて我に返り口を開こうとするが、マルティーナの周囲を固める“騎士達”に口を閉じるしかない。その騎士達全員が抜剣しているのだから、そうすることしか出来ない。


広大な穀倉地帯と牧場。この国の食料自給率の8割を占め、他国への輸出の要となっている領地。


それを持参金とし帝国のものとするならば、この国の自給率は残りの2割となってしまい……失った8割を“帝国”から買い付けなければならず出費は増えてしまう。輸出も無くなり携わる様々な商人達は職にあぶれるだろう。


「私もここ迄する気はなかったのですよ。ですが、ね。そちらの売女……失礼。聖女と云う脳内お花畑から暴漢を差し向けられまして。私兵で簡単に撃退出来ましたが、これはもう徹底的に潰すしかないなと。私がそう思うのは至極真っ当な正当防衛だと思うのです。なので潰す事にしましたの。この国を。ですので文句がお有りでしたら、ならず者にも軽々しく股を開くそこの売女へどうぞ。一応伝えておきますが、しっかりと大陸全土へ説明と宣誓を済ませておりますので援軍は期待出来ませんよ。――ところで。そのお腹で育っている命には“王家の血”は流れておられるのでしょうか、売女(せいじょ)様?」


マルティーナを睨み上げ飛び掛かろうとする聖女は、しかし拘束されているので逆に床へ押し付けられ布を噛まされるだけ。真っ赤な絨毯と真っ白なドレス。彩色が映える。


聖女を拘束している騎士はマルティーナの私兵で、この後純白のウェディングドレスのまま“秘密の牢”へ連れて行く予定。皇帝が決めた日時まで日の目を見ることは無い。


とんっ――


今迄腰掛けていた台から降りたマルティーナは誰もが見惚れる程の素晴らしいカーテシーを披露し、




「次にお逢いする時は『色欲に溺れ国を破滅させた稀代の悪女』の処刑の場で。この度はご成婚、おめでとうございました」




それはそれは清々しい程の大輪の花の笑み。無垢な少女と称されても不思議ではない程。


反して、たった今その口から発された『この国の歴史は途絶える』と同義の宣言。怒涛の展開に参列者達はまだ現実を直視出来ず、貴族達は大好物の“社交界で盛り上がる話題”にも拘らず顔面蒼白で微動だに出来ない。


帝国に穀倉地帯と牧場が渡ると云う事実も勿論だが、その領地は地図上でも国の中心に近い位置。派遣される騎士団の規模によっては、国の内側から“武力”で崩壊させられる可能性が出て来る。


経済と武力で攻められては……5年保つかも危ういだろう。


「諸用は済んだか、マルティーナ」


「はい。お時間を割いて頂き感謝致します。宰相閣下」


慣れたようにエスコートをする中年男性は、特別顔が良い訳でも体格が良い訳でもない。しかし清潔感のある紳士で、自他共に認める非情さを持つ――『皇帝の忠犬』。


しんっ……と静まり返った会場。ヴァージンロードを戻り教会から出たふたりは、馬車に乗り込み帝国へと出発した。


「婚約は成立した。国へ戻れば直ぐに婚姻式だ。今から、呼び方に慣れておいた方が良い」


「アレッシオ様は回りくどいのですね。お可愛らしいですわ」


「20も離れている少女の扱いが分らなくてな」


「まあっ。去年成人を迎えましたのよ。立派な淑女ですわ」


「純潔なら少女だ」


「意地悪なお方。――お子様方は、再婚について何かおっしゃっていまして?」


「説明は終えている。末息子には母の記憶は無いから手懐け易いだろう」


「先ずは子供達の心のケアから、と云うことですか」


「7年程で子供達とは別れる契約だ。適度で良い」


「あらっ。折角おバカさん達から解放され明るい未来に胸を躍らせている無垢な少女に、薄暗い家庭を強いるおつもりで?」


「……好きにしろ」


「ありがとうございます。気が向きましたら、アレッシオ様も“明るい家庭”にどうぞご参加くださいね」


「気が向いたらな」


「楽しみにしております」


豪胆な娘だ。


そう言いたげな呆れた顔を見せたアレッシオは、しかし徹底的に祖国を潰すマルティーナを後妻に選んで良かったと満足もしている。


暗殺者かと思えばマルティーナからの使いで、渡された手紙には『私を裏切った国を潰したいので後妻に選んでください』と書かれていた。何かの暗号かと数分程脳を働かせた末に、痛みを覚えた頭を抱えたのは良い思い出である。


直ぐに使いの者を伴い皇帝へ会いに行けば、使いの者はサッと懐から出した別の手紙をアレッシオ伝いに皇帝へ。


手紙を読んだ皇帝は手を叩いて笑い上げたので、その場に居た帝国の者達は呆然としていた。これも良い思い出である。


その手紙に『持参金には広大な穀倉地帯と牧場を有する我が侯爵家の領地を予定しております』と書かれていたことをアレッシオが知ったのは、それから4日程経ってからだったが。


立場上、計略の可能性を進言したが……




――『お前が娶らないなら俺の第二皇妃にするだけだ。皇后も第一皇妃も、面白い子だと気に入っていた』――




夫婦は似ると言うが、どうしてこうも“おもしろいもの”の趣味が合うのかと再び頭痛がした。


しかし現実問題。帝国内の令嬢では子供達の身の安全は保証出来ず、後妻選びには苦慮していた事は事実。そこに降って湧いた幸運。


他国の侯爵令嬢。しかも王太子の元婚約者ならば礼儀も教養もあり、更には……




――『子をひとり産ませてください。その後は、緑豊かな地の別荘を頂ければ満足です。人の悪意には疲れたので穏やかな生活を望みます』――




その無欲さ。


正直、渡りに船。全てが本心ならこれ以上に無い後妻候補。


念の為に何度も手紙のやり取りをしつつ帝国の“影”に情報を集めさせたが、怪しい点はひとつも見付からなかった。寧ろ、これは……




早く救ってあげなければ。




……それは僅かにも有している父性によるものだったのだろう。政略結婚でもなければ、20も下の純潔の乙女を後妻にしようとは思わない。処女信仰などという特殊な性癖も無い。


只々純粋に、僅かな父性が奇跡的に働いただけ。


なので、


「落ち着いたら。偶には“私の子”に会いに来てください。お子様方も連れて」


「私の子でもあるだろう」


「それは、子育てに参加してから口にしてくださいますよう」


祖国を潰そうとしているのに可笑しそうに笑う目の前のマルティーナ。自分の未来を謳歌するために。己の汚名を完全に雪いで。




この子はきっと、陛下ですら制御出来ないじゃじゃ馬だろうな。“おもしろいもの”を好む陛下が夢中になる程の。


その無垢で純粋な未来への渇望は、一歩間違えば……傾国の悪女となっていただろう。


私が娶って良かった。




心の中だけでホッと安堵したアレッシオは、皇帝以外には非情だとの自覚があるからなのか。それとも……自分ならば何かを間違えて夢中になったとしても、性質故に『契約』を優先出来ると確信しているからなのか。


恐らく、どちらも。


神聖国のシンボルが施された真っ白な馬車。それとすれ違ったことを視線だけで確認したアレッシオは、帝国に戻り次第婚姻式の最終調整をしなければと思考を働かせる。


どうやら、血の繋がった子供達の心のケアはマルティーナへ丸投げらしい。それはとても“アレッシオ”らしく、子供達も特に彼へ嫌悪も失望も抱かない。


『皇帝の忠犬』で在る彼の家庭は“そういうもの”だから。


だから――







「僕はおかあさまについて行きますっ」


――っと。


母親代わりの期間が終わった時に末息子が大号泣で駄々を捏ねまくり、本当に付いて行ったとしてもアレッシオは文句ひとつ言えない。序でに、子供達が頻繁にマルティーナへ会いに行っていても文句も言えない。跡取りの長男には、控えるようにとそれとなく伝えてはいるが。


更に言うと。その家庭事情を嗅ぎ付けた皇帝から贈られる、手を叩いての大爆笑を苦笑しながら享受するだけ。


どうせ家督を譲ったら、マルティーナへ与えた別荘に世話になるのだから。


純粋で真っ直ぐなマルティーナならば、王国から助けてもらった義理と妻としての義務を通すと。呆れながらも受け入れてくれると。漠然とだが確信して。


それまでは子供達の好きにさせよう。――と、僅かな父性をまた奇跡的に働かせて。







大輪の花の笑顔での実質の死刑宣告。祖国を潰す為に時々顔を覗かせる、その『無垢で純粋な悪女』のギャップ。




もしや……“おもしろいもの”好きの陛下達からの影響だろうか。




単純にも夢中になった現実に悔しさも無く。いっそ清々しさを覚えながら……想定よりもしぶとく生き残っているマルティーナの祖国への、最後の一手。


帝国の領土を増やす決定打の実行許可を貰うため、アレッシオは揚々と皇帝の元へ足を動かすのだった。





閲覧ありがとうございます。

気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。


ふと降りて来たネタなので短いのはご容赦頂きたい作者です。どうも。


とは言っても、降りて来たネタからは展開もラストもかなり遠ざかっていますが。

安定のキャラ独り歩きの弊害。

でも楽しかったです。

(突発的犯行)

(とどのつまり、通り魔)


結婚式という幸せの絶頂の中で地獄へ叩き落とす、冤罪をきっかけに無自覚に覚醒した『無垢で純粋な悪女』の報復を書きたかっただけなんです。

何もしなければ悪女の面は出ず平和だったのにね。

たのしかった。


家督を譲ったアレッシオは、予想通り呆れながらも受け入れてくれたマルティーナと共に穏やかな余生を過ごします。

人によっては「ハピエン……?」となるでしょうが、本人達が幸せなのでハピエンではあります。


アレッシオ、マルティーナへ愛はありますが恋愛ではなく『親愛』です。

恐らくアレッシオにはその距離感が一番心地良いのでしょう。

人生を皇帝へ捧げて生きて来たので、今更恋人だ家族だと騒ぎ立てる程の感情もその感覚も理解していませんからね。

でも穏やかな日々を幸せだと思う感覚はあるので、無意識下での『家族愛』はあるのかも。



※一応、↓注意。その後の他の人達。







王国の者達はそれぞれ中々に地獄な人生を送っています。


帝国の目があるので、王家は王太子に全ての罪を負わせ廃嫡。

聖女は死なないギリギリまで“秘密の牢”で生かされた末、皇帝のGOサインで首チョンパ。


その後王家は困窮した国民がクーデターを起こし処刑され、流れで「序でに幽閉されてる元王太子殺っちゃおぜ☆」との“誰か”の言葉で王太子も処刑。

まあ王家が壊滅したので食料も届かないですし、「こんままじゃ餓死してたから死なせてやった俺等やっさしー!」との“誰か”の言葉で無事に『王家の直系』は滅びました。

あれは“誰”だったのでしょうか。

怖い話ですよね。


貴族達は夜逃げ同然で他国へ亡命したり、その道中で“色々な理由”で命を落としたり。

食料自給率が高い領地は、他領民が押し入り強奪されたり。

それをきっかけに内戦に繋がったり。

怖い話ですよね。


因みに帝国からは騎士団どころか軍隊が派遣されたので、マルティーナが持参金とした元侯爵領は無事です。

だって相手は強奪者ですし、老若男女関係無く無慈悲に“処理”されていますからね。

明らかな正当防衛なので、武力行使での侵略だと他国は帝国をつつけない。

自分達が帝国の立場でも同じく武力での対処を選びますからね。

っというか、つついたら嬉々として次の標的にされる。

怖い話ですよね。





はい。完全に自己満足の短編でした。

たのしかった!


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― 新着の感想 ―
何でしょうかこの良作品! まず作り込まれていて読み応えがありました。 侯爵令嬢の根底にある優しさは、宰相閣下のご家族への配慮からも伝わってきますね。どこが悪女なの?救国の女神の間違いではないでしょうか…
[一言] とても面白かったです。 祖国のその後もなるほどと思いながら納得出来ました。
[気になる点] 誤字報告にしようかと思ったのですが、少々込み入ってるので感想にさせていただきます。 「食料自給率」は「国内で消費する食料のうち国内で生産しているものの割合」です。ですから「食料自給率の…
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