運命の出会い
相馬視点です
「聖人くん……怖い」
高校生の時付き合っていた彼女にそう言われてそのまま彼女は僕から離れていった。
怖い?僕が?どこが?
「笑顔が……怖い、その笑顔が……怖いの、私を見つめて微笑むその笑顔が怖くて……もう聖人くんの前で笑えない」
震えながらそう言われてもどうしてあげればいいのか。それでも彼女が笑わなくなったのは事実だ。付き合う前はあんなに頬を染めてはにかんでいたくせに。付き合ったら嬉しそうにすり寄って笑っていたのに。だんだん彼女の笑顔が引きつるようになって、表情が固まって、気づいたら震えるようになって……泣かれた。
僕はただ、彼女のすべてが知りたかっただけだ。
すべてを知ったら欲しくなって、欲しくなったら繋ぎとめるのに必死になって……それのなにがいけないことなのだろう。
人は、自分以外の相手のすべてを手に入れることなんかできないのに。
「私は、あなたのモノじゃないの!」
泣き叫んで訴えられて素直に受け止める。そんなことはわかっている、と。僕のモノにしたくても、どんな手段を使って手に入れようとしたところで僕のモノになんかなるはずがないじゃないか。それなのになぜ、僕がすべてを手に入れてるなんて言い切るんだろう。
結局そうやって――離れていくくせに。
「そりゃ離れていくわ、怖いもん、相馬」
桐山とは付き合いが長い、大学からの友人だ。研究室が一緒で結構べったり大学生活を過ごしていたから色々話して色々知っている。お互いの性格も、趣味も癖も。
「桐山の部屋の方が相当怖いよ」
桐山は片づけが出来ない人間で。人が住めるような場所じゃないところで生息できる恐ろしい生き物だ。そんなヤツに怖いとか言われたくないな。
「俺は自分をちゃんと客観視して理解してるよ!片付けたくてもできねぇの!お前はもっと自分を客観視しろ!!」
「客観視してくれないのは相手の方だ」
「いやいや……相当ヤバいですけど?自覚しようか、自分の恋人に対する執着心、完全にストーカーだかんな」
「ストーカーって一方的に相手を追いかけたり自分を好きだろうって勘違いして異常行為するヤツだろ?僕は違う、ちゃんと思いを通わせてお互いが受け止め合って関係を作っている。ストーカー行為に値しない」
「……わかった、お前はストーカーじゃなくてオセロ症候群だ!」
――オセロ症候群……それは嫉妬妄想とも呼び、妄想性障害という精神疾患のなかのひとつと言われている。
人を病人扱いして本当に失礼なヤツだよ、桐山は。まぁ、心配されてる気はする、良い奴だから純粋に心配してくれているんだろう。いつか僕が犯罪行為に走るのでないかと。そんな心配余計だけどね。
納得はいかないが、少なからず精神疾患を患いかけているのかもしれない僕は、あまり恋愛が長続きしない。自分で言うのもなんだが、おそろしくモテるけれども。
それでもなかなか心震えない。理想的女性には会えない、世界中に女性は溢れているのに、一歩外へ出て歩けば必ずすれ違って誰かしらと目が合うのに、どうして出会えないのだろう。
若い頃は好きな子と付き合いたいと思っていた。それが前提だろう、異性と触れ合いたいと思うのも好きだからだ。それでも好きと言い合って何人かと付き合ってもいい結果は得られなかった。相手は僕が思うほど僕を想ってはくれなかった。
好きが信じられない。
相手の好きなんか……まやかしかもしれない、そう思いだした。
歳を重ねるたび人の気持ちを疑いだして、好きと思ったところでどうせ離れていくんだろうと。
怖いと震えて、近寄るなと逃げられるなら人を好きになるのが嫌になった。
それから僕は全く特定の恋人を作らずに来ている。
好きになって、手を伸ばしてそれを失いたくないから――離れていかれたくないから、自分から手を伸ばすのをやめようと。
割り切ればそこそこ楽しい人生だった。
何度でも言うけれど恐ろしいほどモテるのだ、目が合って微笑んだらすぐに女の子は近寄ってきてくれた。親しくなったらこの笑顔は怖いと震え上がらせるものなのに、滑稽だ。
社会に出てそんな中身のない関係を繰り返しどんどん毎日に彩りがなくなり始める。モノクロよりかはセピアな世界、儚げで切なくなるような色だった。
この世界にはどんな色がついていただろう、あの花は何色なのか、空の青さはどんな青だった?時間が変われば世界の色も変わるのに、季節が巡ればいろんなものが色づくのに僕の瞳の中にはその色が反映されない。
そんな時だった。彼女と出会うのは。
―ドンッ
人波の中でぶつかった。外部に行く用事の出先のことだった。真新しいリクルートスーツに身を包んだ子たちがわんさかいて、エントランスがごったがえっていた。その中で起きた――衝撃。
「すみません!」
「いえ、大丈夫ですか?」
ぶつかった拍子で鞄を落とした彼女。周りの視線に恥ずかしそうに俯いて、見あげてきた瞳とぶつかった。その時頬を一瞬で染めたんだろう、色味は判別できないけれどその表情には慣れている。
「はい、これで全部かな」
「す、すみませんでした!ありがとうございます!!」
慌てて頭を下げて立ち上がって面接官の声に反応した。ぞろぞろとスーツ姿の子たちはその後を付いていく、彼女はもう一度僕に振り返って小さく頭を下げて小走りに走って行った。
去ってから気づいたんだ。
足元に一冊、ブックカバーがかけられた文庫本が落ちていたのに。
(渡し損ねた……今から面接か。でも名前もわからないしな……)
なんとなくぱらぱらとその文庫を開いて、そのタイトルを見て目を見開いた。
【愛が重くてもいいんです!~囚われの令嬢は鬼畜王子に溺愛されたい~】
僕はその本を自分の鞄にしまい持ち帰った。